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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第十六話 急降


 顔を袖で拭う。汗が目にしみる。

 黒ずんだ雑巾を土間に投げる。

「なんの種っすかねえ? 」

「んー」

 麻袋から小さな麻袋六つを取り出し、種を見た。

 色違いのゴマにしか見えない。大きな種は米にしか見えない

「育て方とかわかりやすか? 」

「分からん。とりあえずテキトーに蒔いてみるか」

 空と勝平は部屋で二人きり。布切れを雑巾にして床を掃除した後の休憩中だ。

「じゃあ、耕さないといけないっすね! 」

 空と勝平は、外へ出た。

 掃除中邪魔だからと外へ出てもらったアンガーたちはじゃれあって遊んでいる。

「集合ーー」

「へい! 」

 空の掛け声でハイエナとアンガーは近寄ってきた。

「今から畑を作ろうと思います。耕すぞー! 」

「おーー! 」

「ハタケってなんですかー! 」

 返事だけは良いものの、内容を全く知らないようだ。

 それから空と勝平は実際やってみせた。

 土を手で掘り起こして、片側に土を盛る。硬い地面は木の枝をなどをスコップにして、また向こう側も掘り起こして盛る。

 そうして三つほど列を作ってみせると、器量の良いアル、イル、ウルは、隣の列を耕し始めた。アンガーも真似をしてそれなりに作り始める。

 自分の排泄物を砂に隠す時の猫のように、動物達は後ろに下がりながら掘る。

「みんな・・・ なんて働き者なんだ」

「空さん! 俺たちも負けてらんねーっす! 」

 怠け者だと言われるわけにはいかない。

 動物たちに比べればゆっくりだが丁寧に耕した。

 「カペイ! 終わったぜ? 」 

 カペイと呼ぶのは大体カルからコルまでのやんちゃ坊主たちだ。

「おまえこれ耕したっていうか散らかしてるだけじゃねえか」

「うるせぇぞカペイ! 」

 野次を飛ばすのもコイツらだ。

「全くお前らは。アルのなにを見てきたのか」

「・・・おいカペイ。アネキを悪く言うのは絶対許さねえぞ・・・ 」

「てめぇのこと言ってんだろうが! 」

 カルたちは勝平とうまが合いそうだ。

「ウチの男どもは情けないねえ? 」

「ホントホント」

「時期にカワイイカワイイセルちゃんに馬鹿にされるわよ・・・ セルちゃん!? 」

 セルは同じところを掘りすぎて頭が見えないほど埋まっていた。

 なんやかんやあった後、日が暮れるまでには耕し終えた。土の解れ具合は個人差があるものの、見栄えはギリギリ畑と呼べるものだろう。

 空と勝平は種を蒔いた。一定感覚を明けながら二センチほどの深さに。

「これでいいのかな」

「育つものによっては変わってくるでしょうけど、基本はこんなもんじゃないっすか? 」

「よく知ってたな」

「ジジイが家でやってたんですよ。趣味で」」

「まぁ今時手作業じゃやらねーもんな」

 出来たばかりで、下手くそなガタガタの畑。

 爪の中まで泥だらけになった。曲げていた腰の疲労感が、達成感を上乗せする。

「よし。次は飯だ! 」

 嬉しさは次の仕事が終わるまで取っておこう。

「アタイらは上にいくよ? 」

「わかった」

 上というのはサバンナのことだ。アルたちとアンガーはサバンナで狩りと食事を済ませてくる。

 空たちは海や川の魚介を食べる。

 人間も肉は食べたいが、捉えた獲物を調理しなければならない。しかし狩りを行った戦場の真ん中ではできない。持ち運ぶのも一苦労だ。しかし動物はその場で食事を済ませることができる。

 近くに水辺があり食料が手に入るのならばそれで済ませるのも良い。しかし人間はそれで満足できても、肉食動物にとっては不満かもしれない。

 お互いの許容範囲を理解し生活していく。難しいようで実は単純なことなのかもしれない。

 それぞれの体力の限界に合わせた生活。

 要は、なるようになるのだ。

 「空さん! ヤドカリっす! 」

 「デカッ! 」 

 両手で覆えない程大きなヤドカリを浜で見つけた。ハサミは拳くらい大きい。挟まれたら切り落とされてしまいそうだ。

 家についた空と勝平は食料を出した。

 晩飯は海藻とハマグリと巨大ヤドカリ。

 今朝浜で見つけた業務用食用油の缶は、大きな鍋の代わりにする為洗って半分に叩き切った。しかし綺麗にはならなかった。よくわからないシミのような汚れは、外にも内にもあるが、諦めることで許した。

 それに川の水を入れて沸騰させる。海藻を茹でた。そしてハマグリと巨大ヤドカリをそのままいれた。

「御免! 」

 入れる瞬間は顔が歪む。動き回るヤドカリを殺す瞬間は。

 今日は勝平がやってくれた。

 真っ赤に茹で上がったヤドカリを最後に、調理は終了。

 アンガーたちを待たずに、空たちは晩飯を食べた。

 その後、少ししてアンガーが、ドアを器用に開けて入ってきた。みんな無事に帰ってきたようだ。

 アンガーの口元の血を見ると、狩は成功したらしい。

 ぞろぞろと入ってくる動物達。砂や泥はもちろんそのまま連れてくる。

「ねーーーー。少しは気を使ってくんない? 」

 空は上を向いてうなだれた。

「アニキは綺麗好きっすねえ! 」

 ケルが馬鹿にしたように言う。

「おい! 空さんに何いってんだ! 」

 勝平がケルを怒る。

 そこから暫くいつものやりとりが続いた。

 綺麗好きか。たしかにそうかも。

 ていうか、人間目線の綺麗を動物達に求めるのも確かに無理なことかも。

 空は床へ仰向けになった。

「まいっか」

 大体いつもこの言葉で終わる。

 大したことじゃないんだ。大抵のことは。

「空」

「ん? 」

 アンガーは空の近くに寝そべった。

「人間って羽が生えた奴いるの? 」

「羽? いないだろそんなやつ。あ、でも最新の飛行用バックパックは起動したら羽みたいに見えるらしい」

「空さんそれ知ってます。高いけど最近一般販売された奴っすよね! 」

「おもしろそうだよなぁ。だれか買ってくれねえかな」

 スケボーやキックボード。それらと同じような移動手段の一つとして発売されたフライングバックパック。使用には免許が必要だ。

「ヒコウヨウバ・・・ よくわかんないけど、昨日それ見たんだ」

「え? どこで? 」

「月の真ん前を飛んでたぞ」

「僕達もみたよ」

 シルとセルも目を丸くして言う。

「まじかよ。もしかしたら持って来てる奴がいるのかもな。持って来れるか知らないけど・・・ 」

 空を飛べるのか。一体どんな感じなんだろう。

 部屋の中は少し暑い。たくさんの生き物の体温がこもっている。しかし窓を開ければ虫が入ってくるので我慢した。

 代わりに焚き火を消した。

 月明かりがぼんやりと窓から床を照らす。 良民するには床が汚い。

 

 次の日。皆で海に向かい少し泳いだ。

 アンガーたちも少しづつ海水に慣れて、首まで浸かる深さまで進むようになった。

 相変わらず空と勝平は海に漂う。

「腹減ったっすねー 」

「そうだなー 」

「めっちゃ痩せたような気がするっす」

「おれも」

「俺たちの現実の体はどうなってんだろう」

「多分、点滴みたいなので生きてて、何も食べてないでしょうから痩せてるんじゃないすか? 」

「そうか」

「空さんはこのプログラムのこと、本当に何も知らないんですか? 」

「うん。なんかそこの情報だけなんもないんだよ。その他のことならなんでも覚えてるんだけど」

「なんでそんなことに」

「なんでだろう。そういえば、ここに来てる人ってみんな俺たちくらいの歳なのか? 」

「応募書にはそう書いてあったっすよ。高校生くらいって」

「何人くらい? 」

「八? だったような」

「結構いるんだな」

「全然会わないっすねー 」

 プカプカと浮く体。思考さえも楽に浮遊した。

「どんな人たちなんだろ」

 貴重な午前の時間は、波に揺られて消えた。

 午後からアンガーたちは遠出すると言い狩りに出かけた。

 空たちは川に行き魚を調達した。

 家に着くと生簀代わりの壺に魚を入れる。ポリタンクの水も蓄え、薪と着火材用の枯れ草も集めた。明後日までは火と水は足りるだろう。

 畑にはまだ変化はない。水をやらねばと、川と家を往復した。

 勝平は上半身裸で過ごしている。空もズボンはまだ履けるが、白色のシャツはボロボロでほとんどきている意味がない。

 時々着れそうな服が流れてくると着替えているが、サイズはダボダボだったり、小さすぎるものはタオルや雑巾、寝床に敷いている。

 寝床に関して前から考えていた。布を敷いても硬い床は、起きるたびに体のどこかを痛めつけている。これなら砂浜の方がまだ昼寝できそうだ。

 どうにかベットのようなものを作ることはできないか。

 そこで設計を考えに考えた結果、空と勝平は編み出した。

 まず、直線に近い木を探す。長さは背丈程で、太さは直径十センチ近くあれば良い。それを二本用意する。

 今度は同じく真っ直ぐで同じくらいの太さの木を自分の肩幅の長さにする。それを二本。

 それらを長方形に枠を組み、紐で固定する。

 この紐は、木の皮を使っている。

 まだ枯れていない折れた長い枝の皮を剥がすと、紐状になる。縦に裂くように切ると切れやすいが、紐を引っ張ってもなかなか切れない丈夫な皮だ。それを何本か束ねて使うのだ。

 しっかりと縛って固定し、枠を作ったら、今度は横に紐を巻いていく。

 枠を紐で巻き、板のようにする感じだ。

 そうすると背もたれと足の無いベンチになる。

 紐を張った弾力で、直接床に体が触れることがないので少しは良くに眠れるようになるだろう。

「おー。できたぞ」

「なかなかっすね! 」

 簡易に喜んだ後、二つ目を作成。しかしうまく枠を綺麗に組めず歪んでしまった。骨となる木の曲がり具合が良くないんだろう。

 材料を探す体力を考えて、勝平はそれで妥協し終了。

 家の中に運び、角に二つ置いた。

「おお悪くないな」

 設置性は悪くカタカタと動くがあまり気にしない事にした。

 ベットの足はまた次に作ろう。

 夕食は川魚、ハマグリ。どちらも直火で焼いて食べた。しかし腹が見たされず、川魚の骨をしっかり焦げるくらい焼いたのだが、蒸発して液体になり始め、口に入れても火傷するだけだった。

 ハマグリは焼き過ぎて水分が飛んでしまった。もったいない。

 食べ終えた二人は川水の白湯を飲みながらアンガーたちの帰りを持った。

 今日はやけに遅い。というか昼頃出て行ったわりには遅い。

 心配だ。

「大丈夫っすかね」

「だといいけど。なにかあったのかな」

 窓の外に目をやり、不安を募る。

「なんていうか寂しいっすね」

「だな。俺とアンガーだけだったときは、どっちかがいないと孤独でさ」

「そうっすよね」

 このまま帰ってこなかったりして。そんなわけないか。

 空は白湯を飲み干した。

「ガタン! 」

 ドアを強く開けたのはスル、セル。

 その表情をみてすぐに空は駆け出した。追うように勝平も家を飛び出る。

 全身に稲妻が駆けったように鼓動を早めた。


 不運というものは、本当に唐突にやってくることを知っていた。特に幸せというものを感じようとした瞬間や、予感がする時、その影から出てくるタイミングを伺ってこちらをじーっと見ている。

 でもきっと大丈夫だろう。大丈夫。いままでもなんとかなったんだから。

 きっと。

「空さん! 」

「急ぐぞ! 」

 スルとセルを見てわかることは、怖い思いをしているということ。

 ペットの動物は感情が顔に出やすくなった。犬はまさにわかりやすい。

 一方本来の野生動物は基本的に図太く、しぶとい。叩かれても、蹴られても、餌があれば狙い続ける。

 痛いという顔をしても、悲しい、辛いといったような感情は表に出さなくなる。

 でも時に体を支配するものがある。

 それは恐怖だ。

 全身が震えて、声が喉を通らなくなり冷静に思考を巡らせることができなくなる。

 スルとセルはまさにそれだ。

 空たちは川沿いを登りサバンナについた。そのまま先頭を走るスルたちを追う。

 家を南にすると北東の方角へサバンナを走った。夕日が大きい。

 真っ赤に染まった空に金色に輝く太陽は、蜃気楼の中でバオバブの木と揺れている。

 長く走った。相当遠いところまでアンガーたちは来ていたらしい。遠くに見えていた山がとても近い。太陽は三十度傾き、気温は下がった。

 生えている木々の色や種類が変わりはじめる。これはサバンナ地帯を抜けたことを意味するのだろう。

 家の近くの森に近いような雰囲気だが、もっと湿気が多い。

 山の斜面を西にして、太陽が影に隠れて行く。

 そしてスルとセルは先で足を止めた。

 追いついて荒れた呼吸を整える。地面の匂いを嗅いで何かに気づくとまた走り出したシルとセル。空たちも続いた。

 すると見えた。見えてしまった。

 横たわるカルたちの前に立つアル、イル、ウル、そしてアンガー。

 睨む目線の先には、灰色の毛の生えた大きな生き物がいた。

「はあ、はあ、おい! 」

 勝平は慌ててカルの近くに滑り込んだ。

「アンガー! 大丈夫か! なんだあいつ! 」

「空・・・ 来ちまったか。こいつは、今までとは何か違う」

 血に濡れたアンガーの体を見ると幾度かの攻撃を受けたのは理解できた。

 空はじっと敵を見つめた。すると違和感と気味の悪さが感情を支配し、冷静さを欠いた。

「な、なんなんだよあれ・・・ 」

 二足歩行だった。しかしカカトの長い獣脚。膝まで毛がビッシリ生えているのに、スネやかかとは筋のようで細い。荒々しく大きな呼吸をする度に膨らむ胸骨と肩。浮き出る筋骨。硬そうな短い毛。

 頭には動物の耳がある。口や鼻は犬のように伸びていて、鼻と眉間のシワが恐ろしく深い。

 鋭く刺す視線が、空と勝平を氷付けた。


 は? バケモンじゃねえか。


 身長二メートル以上。体重百キログラム以上。

 正真正銘の化け物だった。

「な、なんだか知らねえが・・・ 」

 勝平が口を開いた。

「俺の仲間になにしてくれてんだああああ! 」

「勝平! 」

 空たちの前に出ると勝平はゆっくり化け物に近づいた。

「止めな勝平! 」

 アルは必死に勝平に声をかけたが、勝平は聞く耳を持たなかった。

「ビビったら負けなんだよ」

 そう呟くと、化け物の顔を見上げて睨みつけた。

「空さん逃げて下さい! 」

 勝平は化け物の顔に右フックを叩き入れた。

「ば! 」

 馬鹿野郎。そう言いかけた瞬間、勝平は空の横を飛んでいった。

「え? 」

 何が起きたのか分からない。しかし勝平は右フックを叩き入れられなかったのだろう。拳が化け物の顔に当たる前に、化け物が拳を振り上げて、勝平の腹を殴り、遠くへ飛ばす方が早かった。

 ということなのか?

 それを合図にアルたちは猛攻撃を仕掛けた。

 致命的とも言えるハイエナの噛み付き。彼らの顎の力は成獣の牛の腰の骨すら噛み砕く。まだ成獣でなくとも、当然のごとく肉は裂ける。

 しかし化け物は腕に噛みつかれようが、足にこられようがもろともせずに振り飛ばし、殴り飛ばした。

 大きな体が尋常ではないスピードで空間を切る動作は、周囲の草木が引力で引っ張られるようにざわめいた。

 その光景は幼児が大人に立ち向かうように、猫がライオンに立ち向かうように、アリが像に立ち向かうように、勝利の可能性のカケラすら見えなかった。

 勝てない。どう転んでも勝てない。

 空は冷や汗とともに結論を急いた。


 どうすれば守れる? 


 安定して回転しない頭を叩いた。一筋のなにかを探して。

 

 唐突にやってくると思われる不運。しかし本当にそうだろうか。何からが不運という類に属するのか。

 予兆はあった。実はそこら中に散らばっているのだ。そして必ず意味はついてくる。

 風を感じ、耳を澄ませ、目を凝らせ。真実が見えるまで幾度となく問われ続ける。

 その真理を。

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