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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第一三話  群れ(プライド) 1

 

 たとえば、ある朝目が覚めると全く知らない場所にいて、そこで過ごさなければいけない時。まずは身の安全の確保をする。雨風をしのげる拠点探す、または作る。それはより良いものに越したことはないだろう。

 そして水。飲み水が確保できる場所が付近にあるのが望ましい。

 次に火。体温を保持し、行動力と思考力を維持する。

 これらを安定させて、始めて食糧を本格的に集める事ができる。

 これはサバイバルに欠かせない重要な優先順位だ。

 仮に、君はとても良い環境の拠点を見つけたとする。しかしそこには既に人が居て、ひとり精一杯の生活をしていた。

 選択肢は三つ。

 殺して奪うか、共用するか、諦めるか。

 しかし奪おうにも、恐ろしくそいつは強くて返り討ちにあった。

 共用するにも、共同生活は見解の相違によるストレスや互いの価値観の違いの壁がそびえ立つ。乗り越えるには双方、それなりの高い精神性が必要だ。

 諦めるにも、生きるという人生の大前提になり得る可能性を目に前にして、投げ出す馬鹿はそういないだろう。

 人生には是が非でも諦めず、食らいつかなければならない時がある。

 ここぞという一雫の希望を、決して取りこぼしてはいけないのだ。

 

「ということで、居候させて下さい!」

 

「嫌です」

 

 風が心地よい正午前、空の家の前で大きな荷物を背負い、頭を下げる坊主の男。

「お願いしますよおおおおおお! 」

 勝平は涙ながらに訴えてきた。

「えー。お前第一印象最悪だぞ」

「いつお前がまた襲ってくるかわからないじゃないか! 」

 アンガーは空の隣で、軽い威嚇をした。

「絶対ない! しません! 」

 意識を失っていて知らなかったけど、あの戦いの後、俺とアンガーを家まで運んでくれたのは勝平らしい。どんな血迷いなのかわからない、だけどそこだけは感謝している。

 あれから三日経ち、俺達はとりあえずいつも通りの生活に戻りかけていた。

 魚をとり、川の水を飲み、時々お腹を壊して、蟹を捕まえ・・・

 その矢先に、勝平はまた俺たちの前に現れた。

 助けたという事実の手土産と、居候という懇願を荷物に。

 でもなぁ・・・

「今まで住んでたところじゃダメなのか? 」

 空は腕を組んで言う。

「いやぁ・・・ 自分的には、一生懸命作ったんすけどね・・・ 寒いし、硬いし、出掛けて戻ってきたら、半分くらい牛に壊されてるし」

「んー、また作ればいいだろう? 」

「もう三回も作り直したんだよおおおお! うわああああああ! 」

 勝平は地面にうなだれると、なぜか草をちぎって食べ始めた。

「おええええ! これは食べれない・・・ あぁ、腹減った・・・ 」

「腹減ってるのか? あんなに仲間がいるなら、狩りには困りそうにないけど」

「あいつら、自分たちだけ食べて、俺の分残さないんだよ・・・ 」」

「・・・ 」

 あまりに堂々と弱音を吐く勝平の姿に、敵だった空にも憐れみを産んだ。

「アンガー? 」

「ダメ、ゼッタイ! 」

 首をブンブン横にふって答えた。

「今まで生活出来たなら、大丈夫なんじゃないの? 」

「限界だあああああ! んもおおお限界だ・・・ 家がいい、布団で寝たい。床でもいい。とりあえず外気に触れない場所がいいいいいい! 」

「ほとんどわがままじゃね・・・ 」

 空は、頭をかいて困った。

「何が一番問題なんだよ」

 勝平は、伏せた顔を上げてこっちを向いた。

「虫・・・ 」

「虫かよ! 」

 空は肩を落とした。

 「お前はあいつらの怖さを知らないんだ・・・ こんな立派な家に住んでるから! 寝ようとして目を瞑ったら、耳元でガサガサ聞こえてきて、でも暗いから何も見えないし、我慢して寝てたら鼻ん中入っとこようとしてムカついて探し回ってたら、もう陽が昇り始めて明るくなってる。輝かしい太陽の顔を見上げて、俺は絶望した。今日も眠れなかったってな! 

 そのあと身体中に違和感を感じて見てみたら、大きく腫れ上がった赤い斑点が、数え切れないほどあったんだよ!

 かきむしる俺の隣で、平然としていたあいつの姿を見た時、俺は怖くなった。あの言葉にできない気味の悪い形に、無数のドットでデザインされた目、なんといっても、今までの人生の中であんなに巨大な虫を見たのは初めてだ! 脚の一本一本に生えた毛までわかるくらいでかいんんだよおおお!

 あんなのと・・・ あんなのと一晩いっしょに寝てたなんて考えたら・・・ ひええええええええええ! 」

 勝平は頭を抑えて丸くなった。

「ここだって虫くらいでるぞ? まぁその度にアンガーが、なぶり殺してるけど」

「頼みます! なんでも手伝いますから! なにとぞ、なにとぞおおおお! 」

 あまりに必死な勝平に、強めに出られなくなった。

「まぁ、今から川に行くからさ、魚でも食べて、考えようか」

「手伝います! 」

 元気の良い返事と共に立ち上がった勝平は、目をキラキラと光らせた。

 腹減ってんだろうなぁ。

 空は買い物かごとネット、酒瓶を持って出かける用意をした。

「ええ! こいつも一緒に行くのー? 」

 アンガーの警戒は簡単には消えそうにない。

「とりあえず、腹が減ってたら可愛そうだろう? 」

「じゃあオイラ行かないよ! 」

 アンガーはツンとそっぽを向いた。

「分かったよ。留守番、よろしくな」

 空は少し微笑んで言うと、家を出た。

「さ、いこうぜ」

「持ちます! 」

 二人が去って行き、静かになった家の中にアンガーは残された。

「わかんないなぁ。自分のナワバリに知らんやつを入れるなんて。食い物だってやろうとしてるんだぞ? 全然わかんないぞ」

 ムスッとした顔で、その場で伏せて休んだ。

 ・・・

 もし、あいつのワナで、途中でハイエナと落ち合って空を襲ったら・・・

 鳥の鳴き声に焦りを感じ始めた。

「しょ、しょうがねぇな! 」

 アンガーは、ドタバタと勢いよくドアを押し開けて、後を追った。

 勝平と空は特に話すこと無く、森の道を一列で歩いていた。

 陽の光の温度が、少し上がった気がする。ここは季節も変わるのかな。って聞いた方がいいかな。いや、俺からは何も言わない方が・・・

 妙に気を使って、空気が重く感じた。

「名前、聞いても、い、いいですか? 」

「いつまで敬語なんだよ。いいよ。空。花時丸空」

「空、か。俺は、四阿勝平! 」

「そっか」

「・・・ 」

 そっか。じゃないよな? やべぇ続かねえ。

 空は平然とした顔を貫いて、気まずさを隠した。

「空さん」

「ん? 」

「ライオンが追ってきてますが」

 振り返ると、低い草木の隙間に白い毛並みが混ざっている。

「ふっ。バレてるぞ。アンガー」

 空は笑った。

 アンガーは首を伸ばして顔を出すと、何か言いたそうな顔をしたまま隣にある大きな木でボリボリと爪を研ぎ始めた。

「あいつらしい」

 空はまた歩き出した。

「アンガーっていうんですか?」

「うん。そう。ハイエナ達は名前はあるのか? 」

「あります! アル、イル、ウル、エル、オル、カル、キル、クル、ケル、コル、サル、シル・・・ 」

「なるほど! い、いっぱいいるもんな! 」

「リーダーはメスのアルです」

「メスがリーダーなんだな」

「そういう決まりらしいんですよ! 」

「へぇー」

 やっと会話に脂がのったころ一行は川についた。いつものようにキラキラと透明な純白の水がせせらぐ。

「じゃあ、勝平。この網を・・・ 」

「バッシャーン!」

 勝平は荷物を降ろすと同時に川へ飛び込んだ。

「ちょ! 勝平待て! 」

「俺に任して下さい! 絶対捕まえますんで! 」

 勝平はバシャバシャと水面を必死で殴る。

「それじゃあ捕まりっこないって! 最近は数も減ってきてるし! 」

 話を聞かずにひとり、勝平は魚、いや水と奮闘した。

「止めなくていいの? 」

 アンガーはいつのまにか隣に来ていた。

「なんか必死だからなぁ」

 時間が経つにつれて、透き通っていた水中が、砂と泥の煙幕で見えなくなっていった。

「こりゃダメだな」

 座って話しながら、長い草を猫じゃらしにしてアンガーと空は遊んで暇を潰した。

 それからすこし経ってやっと頭が冷えたのか、勝平はずぶ濡れになり落ち込んだ様子で帰ってきた。

「とれませんでした」

「そりゃそうだろうな! 」

 アンガーは怒った。

「素早いだろう魚は」

 空が立ち上がりざまに言う。

「取れると思ったんですけどね・・・ すいやせん」」

「まぁ、気持ちはわかるよ」

 空は穏やかに言うと、川の様子を伺った。

「今日は、もうたぶん魚は逃げて隠れちゃったから、諦めて別の食べ物を探そう」

「ええ! 」

 勝平とアンガーの声が被った。

「ほんと、すんません! 」

「オイラただでさえ魚でも足りないのにいいい! 他に一体なにがあるって言うんだあああ! 」

 申し訳なさでいっぱいの勝平と絶叫するアンガー。冷静さの欠落を感じた空は苛立った。

「捕まらんものにいつまでも時間かけてたって意味ないだろ! 次いくぞ! 次! 」

 空は荷物を持って川を反対岸まで横断すると、川に沿って海方面に歩いた。続けてアンガーと勝平も後を追った。

「何かあるの? 」

「昨日浜を見渡してたらさ、この浜辺は岩だらけだったんだ。磯っていうのかな。もしかしたら、良い窪みになって、魚とか貝とか取れるかもしれない」

「そりゃ名案っすね! 」

「次はひとりで突っ走るなよ? 」

 はじめて歩く道は、道とは言えず何層にも重なったハードルバーのように雑草が張っている。走ろうとしても、すぐに絡まって転けてしまうだろう。

 汗ばむ湿度の中で、一歩づつ草を踏み倒し、かき分けて進んだ。

 ようやく開けた場所にでると、藻の生えた黒っぽい岩石の足場が海まで続いてた。所々に砂が溜まっていて、磯の独特な生っぽい匂いと空気感が漂う。

 岩は上下左右に凸凹で、尖った場所も多かった。いつの間にか靴が割れて、裸足で生活していた空も、なるだけ平らな場所を選んで歩かねば耐えられないほど岩の尖りは痛かった。

 アンガーは器用に軽々しく飛びまわり、空を越して先にいった。

「いたたたた! 痛いっすね! 」

「危ないなまじ」

 手をつきながら、高低差のある岩を渡る。岩と岩の隙間に深い溝があり、わずかな隙間から海水が入りこんでいる。水底には砂が薄暗く見え、細い流木が岩に挟まり、波が押し寄せるたびに浮き沈みしている。岩肌に打ち付けられる波の強さは音でわかる。その度に泡のようなものが数個出来てはすぐに割れてを繰り返えす。

「落ちるなよー」

 怪我は免れない。

 やっと岸辺につき、かがんだまま海を覗いた。

 海面までは二、三メートルある。波は強く満ち引きをして、水飛沫が、顔の近くまで飛び上がってくる。浜辺よりも海の色が黒く見え、不安を抱かせた。

「ひえー。高いっすね! 」

 勝平が注意深く覗いた。

 空は遠く見渡し、いつも自分達が行く浜辺のSOSの文字を見つけた。

 うわぁ、Sっていうかほとんど5だなぁ。

「なんかあるか探そう」

 空は岩を歩いて周囲を探索し始めた。勝平もゆっくり安全に海岸から内に戻ると、岩の隙間を探した。アンガーは海岸に沿って一人で先に行った。

 高低差で見えないけど向こうにいるはず。

 追うようにして、岩の溝を調べながら移動した。

 覗いて行く数個の深い穴にある細かな流木は何度も波に打ち付けられたせいか、皮が繊維状に解けている。それが波に揺られる様は、大人の女性の長い髪の毛のように見える。空はそれをイメージすると、穴の中がひどく怖くみえた。

「空さん! 」

「はい! 」

 ビックリして固い返事をした。

 「ウニがいました! 」 

 空は慎重に勝平の元へ向かった。

 片足を穴に突っ込んでいる勝平が指す方には、浅い水の中で岩肌に張り付いたウニが三匹見える。

「うわ、怖! 」

 隙間なく棘を張り巡らせているウニ。長く真っ黒で微妙にうごめく無数の針が、近づくなととても攻撃的に訴えてくる。

「どうやって取ればいいんだ 」

「棘って毒あるんすかねぇ? 」

「わかんねえ・・・ 」

 空は先程から蓄積する恐怖に対抗すべく、穴にあった長い流木を拾うと、ウニを数回突いた。

「岩についてる裏側って棘あるんかな」

 なんとかウニをひっくり返そうと、ウニの体に木を当てて動かそうと力を入れた。

「あれ動かないぞ」

 勝平は穴の中にすっぽり入り、ウニの近くにいって別の小枝でひっくり返そうとした。

「ほんとっすね! 動かねえ! 」

 勝平は足場を確認して腰を落とすと、思い切り力を入れ始めた。

「んんんんんん! 」

「お、おい。あんまり・・・ 」

「うわっ! 」

 小枝は折れて、勝平は岩肌に背を打ち付けた。枝の破片が風邪を切る音を立てて空の顔のすぐ横を飛んで行った。

「お前まじ危ねえぞ! 」

「す、すんません! 」

 謝る勝平の足元に、空はウニの体の破片を見つけた。

「おい、ウニも割れてるぞ! 」

 本体のウニは半分の大きさに割れていた。そしてその中と周りの海水には、一般のに言うウニの黄色い部分が浮遊している。

「食えますかね? 」

「食べよう食べよう! 」

 勝平は揺れるウニの身を海水と一緒にすくった。

「食べますか? 」

「え、食べていいよ? 」

「いやいいです! 」

「なんだお前」

 空は不満げに、勝平がすくったウニを少しつまんで食べた。

「うん。ほとんど海水だなこれ。気持ち程度にウニの風味がある」

「まじすか」

 勝平も手を口に近づけてすするようにウニを食べた。

「しょっぺ! でも上手いっすね! 」

 空と勝平は岩の窪みの中、天然ウニ三匹の踊り食いを堪能した。

 窪みから出ると、また二人は探索を開始した。見つけては覗いてみるも、岩肌に張り付くゴツゴツした貝と、岩のを見分けるだけの時間が続いた。

「なかなか何も無いなぁ」

「そうっすねぇ」

 疲れてその場に座る空と勝平は、激しい波の音を聴きながら磯の先を見ていた。

 するとそこからアンガーが現れ、走ってこちらに向かってきた。

「ん? なんだあれ」

 アンガーの背には赤いなにかが斜めに乗っかっていた。

 近づいて来たアンガーは血相を変えて必死に走って来た。

「なんか紐が引っかかってとれなくった! 」

 空と勝平の周りを走り回り、振り解こうとしている。

「紐じゃねえよタコだよ! 」

 空は嬉しそうに言うと、アンガーを捕まえて、ヌメヌメのタコをはがした。

「でかしたアンガー! さすがだぜ! 」

「やりましたね! 」

 タコをカゴに入れると、早速持って帰って食べることにした。

 夕暮れのを知らせるように傾いた太陽が、優しいぬくもりで世界を照らし出す。鳥たちも、森の小さな動物たちも、帰る準備をしているのだろう。

 少しだけ道筋のついた森を抜けて、川を渡り、空達は家についた。

「カゴがタコスミで真っ黒だ! 」

「俺、なにをしましょうか! 」

「じゃあタンクから水を汲んで竃で沸かしてくれ。後、今日取ってきた水をタンクに入れてくれるか? 」

「御意! 」

 勝平は過度なやる気のせいで焦るような動きをする。

 空はまたなにか失敗するのではないかと見守りながらも、タコを木のまな板に置いた。

「捌き方しらねぇなぁ・・・ まいっか」

 抑えている手に絡めてくるタコの足からは、恐怖を感じる。

 殺さないで。元の場所に返して。

 そんな声がきこてくるほどに。

 空は、前に襲おうとした子供の水牛の顔を思い出した。

 魚は弱って動かなくなりやすかったし、焼くだけだったから、抵抗はさほどなかった。カニも殻が割れてしまえばあんまり。タコは、足があるせいで、もがく姿がとてもかわいそうにみえる。

 俺は本当に、命を殺して生きているんだな。

「ごめん」

 空は石包丁を強く握りしめると、足の一本に強く叩きつけた。すると胴体はビクビクと痙攣し始めた。

 早く終わらせないと。

 筋のようなものが繋がったままになっていて、なかなか切り離せなかった。石包丁を上下に動かして、擦り切った。

 切断した足は、トグロをまいてウネウネと動いた。

 同じようにして、哀れみと葛藤しながらも八本の足を胴体から切り離した。

 それらを枝にさして、竃の焚き火で焼いた。

 タコ足の丸焼きと、白湯の完成だ。

「いただきまーす! 」

 焚き火明かりだけが部屋を灯す中、勝平とアンガーと空は、やっと食事にありついた。

 直径四センチのタコの足の付け根。空は一思いにかぶりついた。

 ものすごい弾力と歯ごたえだった。

 絶妙な塩加減に、想像を超える上品なタコの風味。素材そのものの価値がとても光る、美味しい一品だ。

 おそらくここで食べた中で一番歯ごたえと腹持ちのある食べ物だろう。

 白湯は、川の水の沸かしたものだが、地面に落ちたヤシの実を飲んだことによる下痢事件をきっかけに、生水が怖くなった空の警戒からだった。昼間は我慢できずにそのまま飲んでしまうのだが。

「うっうう・・・ 」

 勝平は泣いて食べていた。

「どうしたんだよ」

「いや、思った以上においしくて・・・ クズッ。なんか優しい味だなぁって・・・ 」

「っへ。人間は泣き虫だな! 」

 アンガーは、葉っぱの上に置かれた渦巻いたタコ足を、器用に奥歯で噛み切って食べながらいった。

「はは。まぁそうかも」

 静かな森の中、充分にお腹を満たした食事は、勝平への警戒を少し解き、細い一本の繋がりを得た。さながら、しぶとく繋がったタコ足の繊維のように。

 暗い森は危険だと、空の提案で勝平は泊まることになった。

 アンガーは不機嫌そうだったが、一応許してくれた。

 皆が横になった薄暗い部屋の中は、真空のように静かだった。時折、名前も姿もわからない動物の甲高い鳴き声が遠くに聞こえる。

「空さん、まだ起きてますか? 」

 勝平は仰向けで、頭の下に両手を敷いたまま、ボソッと言った。

「うん、起きてる」

 側臥で寝ている空が静かに答える。

「聞いてもいいですか? 」

「いつまで敬語なんだよ。なにを? 」

「・・・ なんで俺にとどめを刺さなかったのか」

 空は目を開けて、消えかけた焚き火が照らす薄暗い壁をみた。

「なんでだろうな。そんな度胸なかった。とか。まあよく考えたら、仮想空間だから現実では死にはしなかったんだよな」

「死なない、はず。でも怖かった。痛かったし、苦しかった」

「だよな。誰だって怖い。仮想だからとか、現実だからとか関係ない。心が此処にあるなら、此処は真実なんだよ」

 勝平は何も言わず、考え込んだ。

「話変わるけど本当なのか? 賞金がでるのは」

「説得力はあった。けど、ここから出て帰った時、本当にもらえるのかどうかは・・・ でも政府が出す補助金は本当だと思う。だからここに来てるやつは大体貧乏なはず」

「確かに、俺も片親だから、たぶんそれで来たんだろうな」

「必死になってた、俺。ここに来る前からずっと」

「そうみたいだな」

「空さんが言ってくれた『なりたい自分』俺なりに探したけどイマイチ分からなかった」

「そっか」

 勝平は体を起こした。

「でも、変わりたい。変わらなきゃって、やっと思えたんだ」

 空は目を開けたまま、傾聴した。

「その理由を、空さん、あんたが教えてくれた。ありがとう」

「なっ。お礼なんて! 」

 空も起き上がって答えた。

「俺お前のこと害悪っていったんだぜ? 」

「ああ! 全くその通りだ! 俺はクズ。だから変わりたいんだ」

「まぁ、なんか、ためになったならよかったのかな」

 空は頭を描きながら照れた。

「じゃあお前も入れ! 」

 梁からアンガーが元気よく言った。

「オイラたちの群れ(プライド)に」

 ここ最近空に訪れた数々の葛藤は苦しく濃密なもの。しかし激しい決闘の報酬は、それぞれの思いを胸に、出逢うべくして出会った心の居場所だった。

 消えてしまいそうな焚き火の焔は、新たに結ばれた縁の祭壇に譲渡された。

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