第十二話 計画
会議室に漂う雰囲気の異様な圧迫感が拓扉の胸を締め付けた。
しかし隣に座る勘九郎はいつもと変わらない冷静な顔つきで、テーブルに映し出されている画面に触り何やら操作をしている。
「それでは、始める前に会議の目的、そして概要を説明させて頂きます」
薄暗い部屋の中、大きな円状のテーブルに座る十人の大人。
微かに明かりを灯しているのは、天井についている薄い円柱のプロジェクターから、スポットライトのように落ちて映し出されている立体映像。球体の画面は、ゆっくり回転しながら、勘九郎の言葉をなぞるように白い画面に文章を黒文字で映し出している。
部屋の中を静かに、滑らかに動く一体のアンドロイドは動くドリンクサーバーで、手を挙げたり、テーブルに映っている画面のコップの絵のアプリケーションをタップすることで呼ぶことができる。飲み物はスープからお酒まで、思いつくほぼ全てに対応できる。
大体皆の手元にそれぞれのオーダーが届き終わるのを確認すると、勘九郎はまた言い出した。
「まず、根本的な計画の意図について。これは、火星での貧困や人口増加の為の食糧難、食料に費やす費用の問題解決の為、栄養食を主食として生活していく文化を植えることで、貧富の差を解し、また国庫金の安定を測る議案です。
この会議は、世界各国で行われ、アヌの指示のもとであらゆる国々の食文化に対する意見の収集を行なっています。
会議の方針は、三つの派閥の考えに沿って行えとのことでした。
一つは、国際連合専門機関。GWHOから四名以上の参加。続けてWTOから四名以上の参加」
GWHOの文字が、画面に大きく映される。
今の時代、学業は自宅でアンドロイドや、ネットを利用して学習するものも多いが、やはり教育の一環として実際のコミュニティの中で生活する必要があると、学校は廃止されなかった。
しかし教育内容は劇的に変化した。読み書き、数学、化学、英語。グローバル化した時代に必要なことを多く教え込む以上、無駄な学習時間は省かなければならない。道徳、芸術の類は知識ではなく、生活の営みの中でそれぞれが考え、経験するものとして除外された。その中でも物議を醸したのは歴史だった。
近年まで最低限の時代の流れを教える教育は施されていたが、進歩して内容が濃くなっていくいく化学、数学や、求められるハイスペックな人材を育てる為に省かざるを得なくなったのだ。決め手は進化論が崩れたことだった。
歴史など、果たして真実かどうかもわからぬ知識を学んで何になるか。そもそも人類のたどって来た道を学ぶことがより良い未来の為の糧となるという考えは、道徳の類に違いない。
歴史は、若者達の間でテレビの中の物語として、固く認識された。
そこで、世界的権威のある歴史家達が揃い新しく設立した機関がある。これまでの誇り高き人類の栄光の奇跡を守り、これからを記録していく団体として。
正しい地球の歴史を守り保管する国際連合専門機構。Gredian world history Organization GWHO。
NWSが創設されて以来、様々な分野の世界規模の大きな団体として名乗りをあげた。その中でも他の追随を許さない巨大な組織がある。
WTO。world technology Organization
いわばテクノロジーの集合体であり、NWSの次に大きな権力を持つ。
ついてはあらゆる専門分野をテクノロジーによって管理している。創立当初、巨大に膨れ上がった国際政府NWSの政治の監視の為にもともと設立されたが、NWSが議論した政策を実行、実現に向けての具体的計画案を、数々の名のある専門家が担うなかで、重要機関として浮上。その中であらゆる分野を吸収せざるを得なくなり、自然な流れのまま巨大化したのだ。
農業、漁業、林業、工業、医療、生態系の管理。その全てに最先端のテクノロジーを用いて、平等な線引きを行い、監視をしていく。しいては世界情勢のバランスを取る国際連合機関である。
「まぁ、要するに未来の目と、過去の目から見た意見を聞こうという魂胆です」
画面には文字と、関連するイラストや、絵、写真などをスピーディに並べていく。
「そして前にお話した、『個人的かつ、独断ですでに始まっている件』これこそ、三つ目の派閥。当事者です。いわゆる、陪審員とでも言いましょうか」
「なるほど。実際火星に住む者達の意見も参考しなければいけませんからね」
初めに口を開いたのは、WTO日本支部幹部、切島剛。実質日本でテクノロジーのトップにいる男だ。
「切島さん。初めまして。確認したいのですが、貴方はアヌの存在を知っていたんですよね?」
「ええ、私、というかWTOの役職者は知る義務と守秘義務が与えられます。まぁ、世界規模のバランスの管理が仕事なので、律法や政策の意図を知る必要がありますからね」
サイドを刈り上げ、トップをオールバックにした髪型に、銀縁の細い眼鏡が絵になるクールな四十代の男。
聞きやすく冷たい声で切島は言った。
「では、何も知らないのは私達だけのようですね」
GWHO日本国理事長。永田政宗。渋い藍色の着物に茶色の帯を締めた風格のある叔父様。短髪の白髪と歴戦の武者のように険しい顔のしわが、威風を放つ。
「お久しぶりです。永田さん。娘がお世話になっております」
「とんでもない。良い子に育ったようで」
「ええ。お陰様で」
「君の突発的な考えには毎度驚かされます。少しは淑やかな自分の子を見習うべきです」
「これは失礼」
「はは」
勘九郎と政宗の愉しい会話が、静かな部屋に浮いた。
「ゴホッ。失礼。永田さんとは長い付き合いで、娘の名付け親なんです」
勘九郎は軽い咳払いをして場の空気を和ませた。
「えー。では本題に戻ります。先程の当事者という話に戻りますが、事実は少し違うんです
アヌの言う『当事者』とは、問題に直面しているものではなく、この議論の根本的な真理に直面しているものを指すものでした」
立体映像が文字を転がして並べた。
—MEAL—
「食事。要は、火星だから、地球だから。という問題ではなく、『食』というものの倫理についての話になる。と言いました。
もちろん私も、火星で計画の影響をうける人々の参加を求めるものだと思っていたのですが、それでは厳正な話し合いにはならないと言われました。あるものは皆が平等になるならばと賛成かもしれない。あるものはあれが好きだこれが嫌いだと反対かもしれない。しかしどれも食べるという行為の真の意味を熟知した答えではない。現状と環境に基づいて、個人が優位になる方を選ぶしかない。それでは『食』に対して真の議論とは言えない。そう言いました。
そこでアヌが選んだのは、食の原点を知る人々でした。お金という手段を用いた社会ではなく、本来の生物の原点。弱肉強食。食べて、排泄して、寝る。これを繰り返し生活するたくましい人間を指していました」
槍を持ち、ツルと葉で陰部を隠した部族が、鹿を追う映像が流れる。森から草原へ。熱帯雨林から砂漠へ。肌は褐色で、泥にひどく汚れ、顔をよくわからない白色の絵の具で模様を描いた狩猟部族の勇ましい様を、画面に次々にながした。
大人達は、静かに映像を見つめる。
「しかし、私たちの記録では現在狩猟を主に生活する部族はいないはずでは? 」
永田は腕を組んだまま言った。
「まさにそうです。近代化した地域が多く、少数部族のほとんどが一世代前の都市部の生活を行うようになった。よって参加条件に当てはまる方は数える程しかおらず、お年を召されたものも多かった」
携帯電話を片手に、ハンドバックをもつスーツを着たアフリカ人。颯爽と歩き、ひらひらとなびく長いスカートがスタイルの良さを象徴する凛々しい女性。
神秘的な後光を放つ樹齢千年のバオバブの木の隣には、綺麗なビルが並び、懐かしい雰囲気のスーパーマーケットがビルの間をうめている。
「そこで、はじめたのがSSTP」
「はっ。なるほど・・・ 」
永田は呆れたように息を吐くと、口角を軽くあげて頷いた。
—self sufficient traning program —
「いつの時代も、何か物事を創始する時はいくつもの結果パターンを想定して、入念な準備を怠らないようにするのが定石です。目的や理想を立て、それだけに集中してしまうと、そうならなかった場合のリスクとデメリットは重くのしかかります。
これも、決して一つの目的だけの為に決行したのではありません。深刻化している若者の就職率の低下。豊かになりすぎた故の我田引水、我執、独善。当たり前にあるものへの隠忍自重、感謝、慎み、憐情が欠けた今の若い世代は、度々起きる事件こそまだ小さなものではあるが、やがて大きな問題となるだろう。
ただ生きる。ただ飯を食う。ただ友人と遊ぶ、ただ恋人とセックスをし、ただ仕事をし、ただ仕事を辞める。そこに、なぜか。なぜという質問に答えられる人間がどれほどいるか。
理由の探求。それから逃げずに悩むことのできる若者。強いて言えば、答えを探し続けることのできる若者。要は教育の一環で、自給自足、体精錬学習計画。表向きにはそれがSSTP。
そしてそれが意味するものは、食の倫理を考えることができる人間の育成。
もし、この世に食事が必要でなくなったら。真に命の重さを知った人間は、どんな答えを導くのか。
全ての生物は等しく命を奪って生きていることを深く理解している人間を産み出し、本会議にて第三者としての役割を果たして頂く為」
勘九郎は湯気の登るコーヒーを両手で包むと、一口すすった。
「しかし、本人達に確認もとらずに陪審員をさせるとは、如何なものですか」
永田は問う。
「もし、陪審員と彼らが知ってしまった場合、また周囲の者がそれを知っていた場合何かの思想のもとに利用されてしまう可能性があります
彼らには、未来や、過去に縛られずに、純粋な意見と思いを育んで欲しいのです」
「意見、いいですか?」
切島は冷静に人差し指を挙げた。
「生きることにわざわざ理由や、意味を求めるなんて愚行だとおもいませんか? それに貴方の言う我田引水にもそれなりの理由のが・・・ 」
「おっと、愉しそうな議論は置いといて、概要を先に説明させていただいてもよろしいでしょうか。皆さんのお忙しいスケジュールを加味しまして、現在プログラム進行中の彼らを待つ間、様々な専門的な知識と意見の共有をする時間としております。つきましては出席者の紹介をさせて下さい」
勘九郎は嘲るように言う切島を遮ると、机の画面を操作して、リストを配布した。
ガラッと椅子を膝で引いて勢いよく立ち上がり、緊張した様子で改谷は読み上げ出した。
「GWHOから、理事長、永田政宗様。秘書、米倉真子様。広報、福島忠則様。監査、山本周泰様」
名前を呼ばれると次々に軽い会釈をした。
「続いて、WTO。当局幹部、切島剛様。幹部補佐、エリアスベッテンドルフ様。秘書、ミッシェルフレッチャー様。監査、津島大聖様」
改谷は、硬い動作で椅子を引き出し、膝をカクリと曲げて座った。
「では、第一回、栄養食実用化会議を始めます」
白紙にもどった画面は、これからたくさんの言葉で埋め尽くされるのだろう。
静かな部屋の中では普段は聞こえない壁についた大きな空調管理機の起動音の存在を露わにする。
しかしここに座る大人には聞こえないようだ。全神経を何かの合図にむけている。
そのオーラは一瞬判断が遅れれば、死んでしまうかのように張り詰めていた。
一方は腰の刀の柄に手を添え抜刀する直前のように。
一方はホルスターのコンバットマグナムの上に手を構えるように。
始まりのその笛の一声が響いた時、堂々と馴れ馴れしく、大人達は敵の白刃のみえる瞬間を待った。




