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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第九話 間引


「お前、家持ちかー」

 勝平はニヤついて言った。

 バレてる! 

 空とアンガーはゆっくりと茂みから出た。

 まずいな・・・ また合うとは思っていたけど今日かよ。早かったな。心配なのはアンガーだ。

 空は緊迫する感情をまぎらわせる為、思考を巡らせ続けた。

 落ち着け。落ち着くんだ。

 ハイエナの数が多すぎる。この間みたいにはいかない。

 アンガーは怯えているが、まだ限界ではなさそうだ。

「この家もらうわ」

「は? 俺達の家だぞ。そう簡単にあげられない」

「あ? 殺されてーのかお前」

 余裕のある歩き方で、勝平とハイエナは近づいてくる。

 アンガーの曇る表情が、空を急かした。

「だ、大体、なんで攻撃してくるんだよ! 話し合いでどうにかできないのか? 」

 空達は後ろに下がりながらも、どうにか打開の穴を探す。

「ちっ。こないだも言ってたけど、お前が言ってる意味がわかんねぇんだよな」

 勝平は、頭を掻きながら舌打ちをして言った。

「じゃあお前何しに来たんだ? 」

 何しに? 勝平の言葉に少し緊張を解いて言葉の意味を考えた。

「此処にきた理由が、お前にはあるのか? 」

 食いつくように空は聞いた。

 すると勝平は足を止めて驚いた表情をした。

「お前、まさか何もしらねぇのか? 」

 そう言うと勝平は笑い出した。

「マジか! こんな奴いるとは! 可愛そ! 」

「何か知ってるのか! 」

 欲しがる思いを前面に出し食いつく。

「はっはっは! はぁ・・・ 笑った」

「知ってるんなら教えてくれよ! 」

「せやなぁ・・・ 死んだら教えてやるよ」

 その途端、指を指した勝平に合わせてハイエナ達は猛進してきた。

「またこれだよ! 一旦下がるぞアンガー! 」

 森の茂みの中を走り出した。倒れた木や太い根っこを飛び越え、天然自然障害物競走開始。

 この森での生活のお陰か、スムーズに駆け抜けていく空とアンガー。しかしハイエナも負けておらず差はひらかない。 

 飛ぶように走るアンガーを追って空も急ぐが、ハイエナは刻々と迫ってくる。

 チクショウ! 一体何を知ってるんだあいつ!  

 近づいてくる痛みの記憶が、空を締め付けていく。

 また追いつかれる! 

「アブねっ! 」

 左から飛びかかってきたハイエナを、間一髪しゃがんで避けた。

 いつのに間に! ・・・ いや、左右と中央の方向から同時に追ってきてたのか! 草木を避けて走る以上、俺達は真っ直ぐには走れない。だから左右のどちらかに木を避けた時、近づいた一方が攻めてくる。

 まさに狩り《ハント》されてんじゃねぇか! 

 この状態じゃ後ろを見せて走っていたら返って危険だ。そう判断した空は、ついに足を止め振り返った。アンガーもそれに気づいて振り返りざまに止まった。

 一瞬で距離を詰めてきたハイエナは、空に迷い無く飛びかかってきた。空はうまく間合いを取りながら避けた。

 しかし多数の攻撃の全ては捌き切れない。次第にかすり始めるハイエナの爪と牙は、以前にも増して鋭く光る。

 だめだ! アンガーと話す暇もない! どうすれば! 戦うのか、逃げるのか。何を選ぶんだ!

 その時、真横に飛んでいるハイエナの存在に気がついた。

 しまった! 集中切れた!

 噛まれる!

 顔をしかめて防御に構えた腕の先で、ハイエナは、突如方向を変えて吹っ飛んでいった。

「アンガー! 」

 猛スピードでそのハイエナに体当たりをして、空のとなりに着地した。

「いいんだな? 」

「一緒なら、大丈夫! 」

 アンガーは恐怖を隠した笑みを浮かべて返事をした。

 すぐさま十以上のハイエナが集まって囲み、威嚇する。

 背中合わせで敵の動きを見張った。互いの緊張の空気はハイエナの荒い息に混ざる。

 もう後がない空は開き直るように心で唱える。

 こいよ。

 敵を鋭く睨みつけた。

 恐怖を受け入れる事で自分を震え立たせた。そのわずかな気迫の振動を合図に、一斉に攻撃を開始した。

 以前と同様に、雑な蹴りと殴りを繰り返す空。痛みと振り払い方に多少の慣れを得たからか、一斉に噛み付かれたり、身動きが取れなくなるような王手の一歩手前で、体勢の植え直しができるようになっていた。

 アンガーは戦いの経験すら少ないものの、野生の勘と言うべきか、集中すればするほど動きは俊敏になりどうにか背中を取られないように立ち回り続けていた。

 その中で空は少しづつ頭を回した。生きる為に。生きる為には。逃げる為には。勝つ為には。

 普段は穏やかに鳥が歌う森。しかし今この場所では全てのものが、触れたら刺さりそうな程尖って見える。

 

 



「質問の意味がわかりませんね」

 新東京のとあるビルの会議室。こちらでも殺伐とした空気は漂っていた。

「人間に食事は必要かだと? 必要に決まってるでしょうが 」

「果たして本当にそうでしょうか」

 勘九郎は冷静に言う。

 「人間はこれまで多くのものを食してきました。水を飲み、草を食べ、木を食べ、虫を食べ、魚を食べ、肉を食べ、特殊ではあるが人を食べ、鉄を食べ、薬物を食べ。食べれるものは地球上のほぼ全てを食べて来た。その欲は止まることを知らず、食べ過ぎた事で種を絶滅させた。それどころか食べ過ぎたせいで自ら病気になり、死亡する人間もいた。

 しかしそれだけの犠牲の上に食べて来たにも関わらず、人間が生きて行く為に必要な最低限の栄養素は約四十種類程しかない。サプリメントやドリンクとして必要なカロリーさえ摂取すれば、人間は生きていける。

 何十年も昔から分かっていた。分かっていて今まで通り殺し、創り、殺しを繰り返して来たんです。なぜか?

 好きな物を食べたいからです。

 牛や豚には草しか食べさせぬくせに。犬や猫には残り物を食べさせたがるくせに。食べ物がなく町に降りてきた鳩は害虫だと撃ち殺し、名札のない動物が街に出れば、無条件に害獣だと捕まえ殺すくせに。

 人間だけは自由に好きなものを殺し好きなように食べる事が許されている。

 ・・・ しかし今更食文化を無くすことなど不可能です。そうでしょう? 明日から肉、魚、米は食べれない。嫌でしょう? 私も嫌です」

「何が言いたいのかね」

「ふっ。失礼。今のはアヌの言葉も交えました」

 少し吹き出して勘九郎は答えた。

「ですが、もし文化、文明そのものが発展途上であれば、どうですか?」

 静まる会議室で、皆の視線が勘九郎に集まった。

「火星なら」

 突拍子のない内容に静まり返る大人達。勘九郎の何処か漲る自信に満ちた目だけが、言葉を訴えかけてくる。

「つまり、火星で食事を止めさせようという事ですか? 」

「ええ。そうです永田さん。議案は、火星完全栄養食実用化について。その為に皆さんには集まって頂いたという事です」

 円になっている席にの中心に火星が立体に映し出される。

「勝手ながら皆さんには、この大きな決断の礎になって頂きたいと思っております。もちろん拒否権はあります。次回の会議に出席しなければ、その方は『降りた』と判断させて頂きます。無論、情報の漏えいは断固断罪させて頂きます」

 まるで爆弾を持たされたかのように重くのしかかった議案は、大人達をきつく椅子に縛り付けた。

「今日はお忙しい中、急な呼びかけにお集まり頂きありがとうございました。個人、また機関の代表として意見の総括、参加有無の時間としまして、本日はこれにて散会と致します」

 ゆっくりと回る火星の裏から低い勘九郎の声が、透けてくる。

「次回の召集をお待ち下さい」

 出口に歩く勘九郎に続いて拓扉も急ぎ足で向かった。

 目の前に浮く惑星にどれだけ目を凝らしても、生き物の姿は見えない。それ程小さなか弱い生物の小さな考え。食べるものを変えようとしているだけ。その小さな決断は、この巨大な惑星に目に見える変化をもたらす程に至るのか。

 神のみぞ知る。いや神ですら知らぬ。

 刻のくしゃみなり。

 と、誰かが言っているようだ。

 拓扉はメガネのブリッジを手で抑えて、上がる口角を隠した。





 グラグラと揺れる視界。気持ちが悪くなりついに膝をついてしまった。最大まで膨らんで最小まで縮む肺が、サンソガホシイ、と激しく訴えてくる。

 空は倒れ込んだアンガーを背に、群がるハイエナ達を阻んだ。

 分かってたろ。数の強さには勝てないことくらい。それでも結構粘ったよな? ハイエナもそれなりに疲労してるし、まだ俺とりあえず生きてるし。

 痛みは感じない。重力しか感じない。しかし至る所に滲む血を見ると、怪我は思う以上に多いようだ。

「アンガー? 」

 返事はない。ただ呼吸するお腹の膨らみだけが見えた。

 くそ。ここまでなのか。せっかくお前の事少しわかったのにな。

「へへっ。全く。キツイぜまじ」

 空は不気味に笑うと、ゆっくりと立ち上がった。

 それをみたハイエナの数頭が、悔しがるように数歩後ろへ下がった。野生の感が、こいつは危険だと察知させた。

「まじかよ。まだ生きてやがるぜ」

 木の陰から勝平が言葉と同時にひょこっと出てきた。怪我ひとつなく、余裕のある顔をしていた。

「俺もさぁ、流石に人間の切り裂かれた死体は見たくないわけよ。だからあんまり早く追いかけないけど。お前すげぇわ」

 足で草を踏み道を作りながら勝平は言った。

 「へぇ。それはどうも」 

 嫌みを込めて返事をした空は、このタイミングでの人間という戦力の登場に絶望的な危機を感じた。

 動物的で単純な攻撃をしてくるハイエナ達に、より戦略的で的確な指示が出されたらもう終わりだ。どうする? 逃げる。倒す。どうやって?

「教えてやろうか。ここの秘密」

「は? 」

「ご褒美だ。可愛そうだからな」

 無意識に癖になっていた思考の回路を、勝平のサプライズプレゼントが打ち消した。

「教えるって言っても。何から言えばいいんだ? 」

 勝平はこめかみを掻きながら言う。

「こ、ここは何処なんだ? 」

 震える両足を堪えて、空は聞いた。

「それそれ。まずここは現実じゃない。仮想空間だ」

「か、仮想空間・・・ 」

 目を見開いて驚く空。

「あーでも、VRとは全然違う奴で、これは娯楽とかじゃなく、国柄みでやってる奴なんだよ」

「何が違うんだ? 」

「ほら、その、なんていうか・・・ 要はリアルさが全然ちげーんだよ! 難しい事はよくわかんねぇ! 点滴繋いでまでゲームしねぇだろ? 俺たちは病院で健康管理されながらやってんだよ」

 まじかよ。これがゲーム? 今。この世界が? 

「本当によく出来てるよなぁ。触れるし、暑いし、痛いし、ウメェし、くせぇし。リアルすぎだよなぁ」

 空を見上げて勝平は言った。

「な、なんで俺たちはここにいるんだ? 」

 ふと我を取り戻し、勝平につられて天に吸い込まれそうな魂を戻して空は言う。

「おお。それも言わなきゃいけないな。はっきりいって、お前が此処にきた理由はしらねぇが、俺は自分で志願してここに来たんだ」

「志願・・・ 」

「政府が、便利になって忘れ去られた、現代では考えられないような時代を勉強する為の模擬プログラムとか言って、世界中で始まったんだよ。まぁ、キツイ訓練になるから、選考はなかなか厳しかったんだけど。受かったら補助金が出て、そのまま高卒の資格も手に入る。楽勝だよな」

「勉強? こ、これが授業なのか? 」

「課外授業ってやつさ。当たり前にある衣食住を、自分の力で創り上げる。生きる事に感謝するとか? そういう自然と共存しているっていう感覚が、若者には無いんだとさ。大人になっても働かずに遊び呆ける奴らに、少しでも影響を与える人材になるようにっつってな」

「な、なるほど」

「っていうのは真っ赤な嘘」

「え? 」

「そういう話の設定だったんだ。実は裏があったのさ」

「裏? 」

「最終テストに受かった奴ら一人ずつ個室に呼ばれてさ、いきなり偉そうな奴らが来たんだ。立派なボディガードつけてよ。そいつが言ったんだ。『これは勉強などではない、ただのギャンブルだ』って」

「ギャン・・・ 何? もう全然わかんないぞ」

 オセロのようにひっくり返る話についていけない。

「まぁ聞けよ。そいつが言うには、名目上政府公認のプログラムの一種だが、それは大々的にギャンブルを行うための大嘘。実態は、金持ちがティーンエイジャーを駒として遊ぶ、サバイバルゲームだったんだ」

「サバイバルゲーム・・・ なんか嘘っぽいな。だいたいなんで仮想空間でやらなきゃいけないんだよ」

「知るか! めんどくせぇからじゃなねぇの? 」

「そんな言葉信じらんねぇな。仮想空間ってだけでもまだ納得いかないのに」

「お前が信じても信じなくも、あいつらは山の金目の前に積み上げて俺たちに言ったんだよ。最後まで生き残った一人には、一生遊んで生きれる富をやるって」

「だから、殺しに・・・ 」

「そういうこと。うちは親もロクでもねー奴だし、貧乏で姉貴とバイトして生きてきた。そんな生活とはおさらばしてぇのよ」

 ハイエナの一頭を撫でながら勝平は言った。

「だから、死んでくれや」

 勝平が空を指差しすと、ハイエナ達はまた一斉に襲いかかって来た。逃げる暇もなく、間合いに駆け込んできた。

 肉体的な裂傷。真実という精神的な打撃。

 整理のできない現実、偽りの世界。

 ただ一つ分かっている真実は、このままでは死ぬということ。

 迫り来る絶望の代役に、空はまた拳を握った。


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