オフィーリアは気に入らない
オフィーリアは気に入らない。
退屈な毎日、退屈な日常。うんざりするほど、穏やかな日々。
オフィーリアは気に入らない。
とても気遣いのできる侍女たちに、執事長。
私が書き物をしていると、息抜きにとタイミングよく紅茶と軽食を出してくる。そんなところも気に入らない。
オフィーリアは気に入らない。
この屋敷に嫁いできた時は殺風景な庭だったのに、今では辺り一面にガーデンローズが咲き誇っている。
その中から一番綺麗な薔薇を毎日1輪摘む。
オフィーリアは気に入らない。
気晴らしにと侍女に勧められ、降りた街で声をかけてくる住民たちが気に入らない。
オフィーリアは気に入らない。
花屋で女店主がいつものように白いカーネーションを包んでくれているのを待っていたら、彼女の影から小さな子が不思議そうにこちらを見つめてくる。
オフィーリアは気に入らない。
街の教会で神に祈っていたら、シスターや神父さまが憐れみの目で見つめてくるのも気に入らない。
オフィーリアは気に入らない。
墓石の前で最近の出来事を報告する。
このあまりにも白い時間が気に入らない。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
「旦那様、行かないでください!どうして旦那様が行かねばならないのですか!!」
「オフィーリア分かっておくれ。君が、街の者達が穏やかな日々を送れるようにするのが領主の務めなんだ。」
気に入らない。
「奥様…もう休まれては…。」
「旦那様は今頃、戦場で大変な思いをされているのに私が休むことなど、許されません。」
「ですが…いえ、疲れに効くハーブティーと軽食をお持ちいたしましょう。」
「…ありがとう。」
気に入らない。
「旦那様…この庭少し殺風景ではありませんか?」
「あははは…僕はこういう事に全く無沈着でね。その、君の力を貸して欲しいと思ってるんだけど、どうかな?」
「はぁ、いいでしょう。私が嫁いできたからには百人力でしてよ!さぁ、旦那様準備を始めますわよ!」
「僕も?今からかい!?」
「当たり前ですわ!この広さの庭園を造り替えると数年は掛かります!旦那様にも協力してもらわなければ。それに一緒に造った方が愛着も湧きますわ!」
「ふふふ。僕の奥様には敵わないな。」
気に入らない。
「領主様の奥方様!とっても甘いリンゴを仕入れたんでさぁ。よかったら持ってってください。」
「あら、ありがとう。いただくわ。」
「いやぁ、この街も奥方様のおかげでどんどん良くなっていってんで、ありがたいです!これで領主様がいてくれりゃあ…。」
「ちょいと、あんた!その話は…!奥方様、うちのバカ亭主が申し訳ありません!!」
「ええ。いいのよ。大丈夫。リンゴありがたくいただくわね。」
気に入らない。
「奥方様、こんにちは。いつもの白いカーネーション、今から包みますので少々お待ちくださいね。」
「ありがとう、急いでいるわけではないからゆっくりでいいわよ。」
こちらにお掛けくださいと差し出された椅子に腰掛ける。ちらっと女店主の方を見ると彼女のスカートを掴む小さな子が物珍しそうにこちらを見ている。
「その子、いくつになったの?」
「3つになります。今日はナニーが風邪を引いてしまったので店に連れてきているんです。」
「大きくなったわね。そう…もうここに通うようになって4年も経っているのね。」
「もうそんなに経ってますか…時が経つのが早く感じてしまいますね…はい、お待たせしました。」
「同感だわ。」
女店主から花束を受け取ると、小さな子にさよならと手を振って店を出た。
気に入らない。
教会堂の鐘が鳴り響き、祈るのを止めた。
ステンドグラスが陽光に強く照らされて聖堂内が色褪せる。
色の海に取り残されたようで自身が溶けて消えていくような、不思議な感覚。いつもの事ながら、未だに慣れそうにない。
「奥方様、いつも神は力強い御手で我らを守られておられます。希望を捨ててはなりません。気を強くお持ちください。」
「神父様、ありがとうございます。ですが、あれから4年経ちました。もう…疲れました。」
気に入らない。
澄みきった空と眼下の街を一望できる丘の上。
主のいない墓には旦那様の名が記されている。
遠征先から唯一届いた知らせは、落石事故による生死不明の便りのみ。
添えられた白いカーネーションと1輪の薔薇を新しく持ってきた物に挿し替える。
「ねぇ、旦那様。今日は私の愚痴を聞いてくださらない?」
彼女は思いあぐねながら呟いた。
「私、本当に気に入りませんの。」
オフィーリアは気に入らない。
「今日、神父様に希望を捨てないよう言われました。ですが、貴方がいない今どうやって希望を見出せばよいのでしょう!」
オフィーリアは気に入らない。
「いつも貴方に贈る白いカーネーションを買う花屋で3歳の子に会いました。私が初めて買いに行った時に店主はまだ妊婦でしたわ。貴方が早く帰ってこないから気付けば4年も経ってしまいました!」
オフィーリアは気に入らない。
「私果物屋の主人から褒められましてよ!貴方から預かった領地は貴方がいた頃より栄え、民達も活気に満ちていましたわ!そう、貴方がいない事以外は完璧でしてよ!」
オフィーリアは気に入らない。
「貴方と一緒に作ると約束したローズガーデン、結局私1人で完成させてしまいましたわ!早く見に帰ってきてくださいませ!」
オフィーリアは気に入らない。
「執事長や侍女たちはよく気が利いて助かってますわ。ですが、まるでいつも見張られているように感じます!そんなに私が死に急いでいるように見えるのかしら!?」
オフィーリアは気に入らない。
「貴方のおかげで、たしかに穏やかに暮らせていますわ!でも貴方がいないと全てが単調でつまらないのです!楽しくないのです!!庭の手入れも、領地の経営も、民との会話も、何もかも!!」
ですから
どうか…どうかお願いします。旦那様に会わせてください。
「奥様!大変です!だ、旦那様が!!」
侍女の叫ぶような声に弾かれたように顔を上げる。
まさか。
そんなはずは。
「オフィーリア。ただいま。」
ああ…ああ…
オフィーリアの喉から嗚咽が溢れた。
この4年間死に物狂いで生きてきて、涙を零す暇もなく、溜まりに溜まった感情をせき止める術を彼女は持っていなかった。
「落石を避けようとして谷に落ちてしまってね。命は助かったけど、片腕を失ってしまってね。」
「旦那様。」
「挙げ句に敵陣近くに落ちてしまってね。一時はどうなる事かと思ったけど、君の顔が浮かんでね。君に会いたい一心でここまで戻ってこられた。」
彼女は彼の薄汚れた服を握りしめ、振り絞るように呟いた。
「……だんなさま。」
「ん?」
「帰ってくるのが遅すぎます!!!うわ〜ん!!」
泣きじゃくる彼女の頭を愛おしそうに彼が撫でる。
この4年間あった苦しみや辛さを、一瞬で喜びに変えてしまった旦那様。
オフィーリアは気に入らない。




