1 静寂の視界
私は見下ろしている。場所はニューメキシコ州、ロスアラモスの研究所。時は第二次世界大戦末期。人間たちは、ついに核分裂という新たな炎を手にしようとしている。ごく些細な元素の変化が、信じがたい破壊力をもたらす事を彼らは知り始めた。ある者は恐れ、ある者は歓喜し、ある者は利用しようとしている。私はただ、その行方を観察するのみ。声をかける術など持たない。なぜなら私は“それを超える存在”として、ひたすら眺めるだけの立場にあるからだ。
枯れた大地の上に急ごしらえで建てられたバラックや実験施設。そこには世界中から集められた科学者がひしめいている。その中心に、ほどなく一人の若き物理学者がやってくる。名をルイ・スローティン。遠くカナダから渡ってきたという。私には、彼がどこか焦りと熱情を同時に抱えているように見えた。
彼がまだ研究所に入る前、軍と国家の都合が複雑に絡むプロジェクトがすでに動いていた。マンハッタン計画という名で呼ばれ、巨大な資金と人的リソースが投じられた国家的プロジェクトだ。原子核物理学におけるノーベル賞級の学者も集まり、競うように核兵器開発に邁進している。見れば見るほど、人間の欲望と恐怖が渦巻いているのが分かる。
この場所には一種の緊張感と喧騒が張りつめていた。私の眼には、狭いコンクリートの建物に押し込められた研究者たちの心が、静かに燃え広がる炎のように映る。彼らは戦争を終わらせるために、あるいは自分の知的好奇心を満たすために、あるいは祖国への献身として——理由はさまざまだが、究極の兵器を作ろうとしている。
しかし、この“究極の兵器”は、封印されてきた災いの力を解き放つかもしれない。すべてが未曾有の領域に足を踏み入れているのだ。臨界質量、連鎖反応、中性子の減速材……そうした理論的知識は彼ら自身も理解している。だが、その知識が彼らを守りきれるかは疑わしい。
その日は、まだ穏やかな朝だった。薄曇りの空の下、ルイ・スローティンが研究所のゲートを通過する姿を、私は遠くから見ている。おそらく彼は期待感に胸を膨らませ、ここで新たな実験に携わることを誇りに思っているのだろう。すべてが、始まりの風景。だが私は知っている。彼がまもなく自らの運命を切り開き、危険な実験に手を染め、やがて越えてはならない一線を越えようとすることを。
私は彼ら人間の行為を制止できない。ただ観察しているのみ。彼らが掴む火は、やがて多くの命を焼き尽くすかもしれない。その運命の分かれ道が、今まさにこの研究所にあるのだ。ここから先、人間の世界は、取り返しのつかない段階に突入していく。私はそれを、ただ眺めている。
こうして、ロスアラモスの静寂の中に足音を響かせるルイ・スローティンを起点に、一つの物語が動き始める。核分裂というドラゴンの尾を、無造作に、しかし好奇心を押しとどめることなく掴みかける——その行為の代償に、まだ彼は気づいていない。




