8魂の残響(了)
あの石打ち刑の地には、いまも何かしらの跡が残るのだろうか。私の眼には、血と怒りと絶望が染み込んだ場所として焼き付いている。時間が流れ、木々が生い茂り、風が乾いた土を吹き飛ばしても、あの瞬間は永遠に刻まれているように見える。
そこに立つと、パラメーデースが最後に発した声が耳に届くようだ。「人間はこれほどまでに儚いのか」と――。もちろん、そんな言葉を彼が実際に放ったわけではない。私には、彼の瞳がそう語りかけていたように思えた。
その後の人間たちは、トロイア戦争の勝利を祝う物語を歌い、勝利者や武勲を称え、その栄光を各地の神殿に描いた。パラメーデースの姿は、そこにはいない。ちっぽけな石の記憶と、断片的な伝承だけが取り残されている。
私は神ではない。だが神々の思惑や、人間の一生を見渡す立場にはある。人間の世界は、言葉にし尽くせぬほどの感情と、刹那の光で成り立っている。戦争や陰謀ばかりではない。友情や愛情、慈悲もまた、人間の世界を彩る大切な要素だ。
それでも、数多の歴史の分岐点で、才ある者が正当に評価されず、あるいは非業の死を遂げた例を、私は嫌というほど見てきた。パラメーデースは、その代表的な事例のひとつである。彼には人々のために働こうという意志があった。だが、人々はその意志を理解できず、あるいは理解しようとせず、彼を“裏切り者”というレッテルで排除した。
オデュッセウスが悪人であったのかと問われれば、一概には言い切れない。彼もまた戦争を終わらせ、故郷に帰るために最善の知恵を尽くした。彼から見れば、パラメーデースの存在は“自分を脅かす障害”でもあったのだろう。だから、排除するしかなかった。それが人間の恐ろしさであり、悲しさでもある。
私ができるのは、ただ、こうして真実を淡々と語ることだけだ。それが人間の心にどれほど響くかは、知る由もない。それでもなお、語られずに消えていった真実を記すことが、私にできるわずかな行いなのだ。
パラメーデースの死を経ても、トロイア戦争は続き、やがてオデュッセウスの木馬による奇策が功を奏してトロイアは陥落した。偉大なる勝利、栄光の帰還――しかし、その陰には多数の犠牲があり、忘れられた英雄がいた。歴史は、往々にして勝者の物語として語られる。だが、そこに描かれない真実もまた確かに存在する。
今、私がこうして物語を閉じようとするとき、彼の姿が風の中に揺らめくように感じる。天へ昇った魂が、風を伝い、時代を超えて囁いているのだ――「人間が追い求めるものは、いったい何のためにあるのか」と。
答えは容易には出ない。人間の世界は常に闘争と裏切り、そして愛と救済が交錯している。パラメーデースの追い求めたものが正しかったのか、あるいはオデュッセウスの選んだ道が必然だったのか、それを断ずることは私にはできない。ただ、言えるのは、パラメーデースが智慧と誠実さを手放さずに生き、そして非業の死を遂げたということ、それだけだ。
こうして語り継がれる限り、パラメーデースの存在は永遠に証明される。忘却の闇から救い出すことは、人間の手に委ねられている。彼の最期を、ただの惨劇として終わらせるのか、それとも新たな光を当てるのか。私は、その選択を、今ここにあなたがたに委ねよう。




