6裁き
オデュッセウスは、あからさまにパラメーデースを陥れたわけではなかった。むしろ彼にとっては、他の将軍たちが自発的に「パラメーデースは裏切り者だ」と判断するように誘導することが大事だった。自分が黒幕として疑われぬよう、用意周到に状況を整えた。
結果、パラメーデースの知略がいかに優れていても、多数派の意見を覆すことはできなかった。主導権を握るアガメムノーンやメネラオスらも、内心ではパラメーデースを信じたい気持ちがあったかもしれない。だが、いまや“証拠”なるものが示され、大勢が裏切りを疑っている以上、感情論で彼を庇うリスクは大きい。
こうして、軍議の席では誰一人としてパラメーデースの味方をしなかった。わずかにディオメーデースが異議を唱えようとしたが、オデュッセウスが反論を封殺したという逸話もある。何が事実なのか、もうわからなくなるほどに議論は混乱し、人々はパラメーデースを断罪する方向へと突き進んだ。
パラメーデースが何を想い、どのように最後の弁明をしたか。その詳細は後世の悲劇作品で種々描かれているが、正確には伝わらない。ただ、彼が堂々とした態度で、一切の裏切りを否定したのは確かだ。
「私はこの戦のために数多くの知恵を捧げてきた。それが私の本望である。もし私が裏切り者であるというなら、その証拠はいずれ虚構であると示されよう。しかし、今のあなた方には見抜けまい。私を殺しても、この戦は勝利できまい……」
そう語った、とある悲劇詩人は描く。歴史学的には脚色があるだろうが、いずれにせよパラメーデースは意気消沈してはいなかったと言われる。自分が死ぬことで事態が動くなら、それもやむを得ない、そう覚悟していた節すらある。
だが、彼が抱いていた最後の希望は、人々が理性と正義を取り戻すことだった。自分を死なせるにしても、せめて真実を見極めようとしてほしい――それが叶わないと知ったとき、パラメーデースは深い虚無を抱えたはずだ。
裁きはあっけなく、石打ち刑という形で決まった。ギリシア世界において、裏切り者や神への冒涜者に科せられることの多い処刑方法である。大勢の兵士が輪になり、次々と石を投げて行く。狩りの獲物に対するように、集団で血を流さずに処刑するのだ。
パラメーデースは縛り上げられ、罵声の中で最期を迎えることとなった。私は、超越者としてその光景をただ見つめていた。彼の目は最後の最後まで澄んでいたように思う。まるで「これが人間の愚行なのか」と、静かに呆れ、嘆くような視線にも見えた。
石が彼に当たるたびに血が散り、彼の体はゆっくりと崩れ落ちた。彼の周囲には、もはや味方は一人もいなかった。彼が築いた数々の功績を思い返す者は、その場にはいなかった。オデュッセウスは冷ややかに、あるいは巧みに悲痛な表情を装っていたかもしれない。
人間という生き物は、仲間だと思っていた人間を、一瞬にして敵として処断することができる。そこには理性も慈悲もなく、ただ暴走があるのみ。パラメーデースは、そして息絶えた。




