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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
イリヤ・イワノビッチ・イワノ「越えてはならぬ領域」(全8話)
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8魂の問いかけ(了)

 イリヤ・イワノビッチ・イワノフの数奇な運命は、私のように時空を超えて歴史を見守る者にとって、きわめて象徴的な事件と言える。人間の飽くなき探究心が、どれほどの功績を生み出す一方で、同時に取り返しのつかない惨劇を生むのか――その両極を、彼の人生は見事に示しているからだ。


 人工授精の研究においては間違いなく先駆的な実績を残し、畜産の世界を大きく前進させた。その功績自体は称えられるべきものだった。しかし同時に、彼が目を向けた種間交雑という禁忌のテーマは、世の常識と倫理を踏み越える危険をはらんでいた。しかもソビエト政権という時代背景も、彼の運命を一層劇的に転落させる要因となった。


 人間の限界を知りたいという欲望は、いつの時代でも科学を躍進させてきた原動力だ。だが、その際に必要なのは、理性と倫理という歯止めである。イワノフは、その歯止めを自らの内側で失ってしまった。同僚や社会からの警告に耳を貸さず、研究の先にある“危険な夢”を追い求め続けた結果、彼の人生は孤独と絶望へと落ち込んだのである。


 こうした悲劇は、必ずしも過去の話ではない。現代においても、遺伝子工学やバイオテクノロジーの分野で、イワノフと同様の境界線に触れる研究が続けられている。人間と動物のキメラ、克服しようとする未知のウイルス、さらには人工知能と組み合わせた生体実験など、科学が発展するほどにタブーの境界は薄れ、いつか再びイワノフのような悲劇が生まれてもおかしくない。


 だからこそ、イワノフが遺した“苦い教訓”には耳を傾ける必要がある。科学には大いなる可能性がある一方、その可能性が倫理的制御を失ったとき、人間社会に大きな禍をもたらすという事実を、私たちは決して忘れてはならない。イワノフの死は、科学に身を捧げた一人の研究者の単なる失敗談にとどまらず、全人類が共有すべき警鐘として歴史に刻まれたのだ。


 私はこの物語を、そっと締めくくろうと思う。イワノフという男が求めた“種を超えた融合”は、実現し得ない幻想として葬り去られた。しかしその足跡は、現代に生きる私たちの選択にも深い影響を与え続けるだろう。人間の欲望と好奇心は、科学を進歩させる原動力であると同時に、制御不能に陥る危険を孕む。イワノフの悲劇は、その真理を壮絶な形で証明したに過ぎない。


 人類が本当にこの悲劇から学ぶことができるのか――その答えを知るのは、未来の人間たち自身である。私は超越的な観察者として、この世界の行く末を見守りつづける。イワノフの悲劇が二度と繰り返されぬよう、人々が理性と倫理をもって科学の進歩を制御できることを願いながら。(了)

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