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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
イリヤ・イワノビッチ・イワノ「越えてはならぬ領域」(全8話)
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4アフリカの地での実験

 1920年代後半、イワノフはソビエト政府からの一部支援を取り付け、再びアフリカへ渡った。表向きは「畜産の高度化研究」や「熱帯地域における動物実験」などの名目で、しかしその真意はメス猿との人工授精実験の継続であった。アフリカの研究施設では、複数のチンパンジーやゴリラが飼育され、これまでの失敗を検証しながら改良を加えた形で再挑戦する方針だったという。


 実験の記録や詳細はあまり公になっていないが、断片的な文書や当時の証言によれば、イワノフは“ヒューマンジー”を実際に胎内で成長させようと試みたものの、やはり成果は得られなかったと伝えられる。そもそも生物学的に考えて、種間交雑は相当な遺伝的類似性がなければ成立が難しい。猿と人間が近縁だといっても、染色体数や遺伝子配列の違いは無視できるものではない。現代の科学から見れば、これらの試みが成功する確率は限りなくゼロに近かったと言える。


 しかし、イワノフはそれでも諦めなかった。失敗の原因をさまざまに分析し、研究材料や設備が不十分なのだと考え、更に実験体を増やす計画を打ち出したともされる。各地の動物園や研究施設との連携を図り、外国の研究者とも情報交換を行いながら、「いつかは必ず成功させてみせる」と周囲に語っていたという。しかし、その背後では、よりいっそう多くの生物や人間が“実験材料”として扱われる危険性が高まっていた。


 また、実験に協力させられた若い助手たちの中には、道徳的な疑問を拭いきれず、内部告発をほのめかす者もいたという。実際に告発が行われたかどうかは定かでないが、この噂はやがて当局の耳にも届いた。スターリン政権下のソビエトにあっては、国家にとって不都合な研究や人物は、危険視される対象となり得る。イワノフの実験は、科学的な成果を生み出す以前に、社会秩序を乱す“不穏な行為”と見なされ始めた。


 当時、科学的好奇心を理由に倫理を逸脱する危険性は、決してイワノフ一人の問題ではなかった。優生学や遺伝子研究、脳科学の分野でも、過激な手法で人間の可能性を試そうとする動きが欧米各地で見られた。しかしそれらが公的に表立って行われるには、多くの研究者が抱える葛藤や社会的批判が伴う。イワノフの試みは、その中でも最もセンシティブな“人間の本質”に直結するテーマゆえに、強烈なタブー感を放っていた。


 アフリカでの繰り返しの失敗と現地事情の難しさが重なり、イワノフは次第に追い詰められる。猿を扱うには費用もかさみ、ソビエト政府からの補助が続かない限り研究継続は困難だった。しかも世界情勢が暗雲に包まれ始める中、ソ連当局の目は彼の研究を「どこまで国家にとって有益か」という観点で見るようになった。自分の研究が国益に寄与しないと判断されれば、一瞬で切り捨てられる――そんな恐怖がイワノフを苛む。


 その結果、彼はより過激な手段に出ようとする。なんとかして“形になる成果”を示すために、さらに実験回数を増やし、体外受精的なアプローチを検討し、あるいは人間の卵子を入手して注入する計画までも口にするようになる。そうした噂は少しずつ外部に漏れはじめ、事態を危険と見た周囲の研究者たちや政府関係者が、一気に彼を切り離す方向へと動き出したのだ。

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