2名誉と探究心の狭間で
イワノフの名を高めたのは、家畜の品種改良における人工授精技術の発展だった。馬や牛、豚など、畜産において大きな役割を担う動物に対して効率よく受精を行うことで、品種改良のスピードを格段に上げることに成功したのだ。当時のロシアは、帝政の末期から革命前夜にかけて国際競争力を高める必要性を強く感じていた。国内の産業が未熟とされる中、農業と畜産の生産性を飛躍させることは重要な国家プロジェクトでもあった。
彼の研究は、一部の貴族階級や政府高官から支援を受けるほど高い評価を得た。まだ科学的根拠が乏しかった人工授精の分野において、イワノフは動物生態や生殖のメカニズムを詳しく調べ、実験結果を積み上げていった。その努力は、やがて「国内最高の生殖学者」としての評判を確立させていく。
しかし、彼が本当に求めていたのは、単なる家畜の改良ではなかった。学問的欲求に駆られたイワノフは、「動物と人間の間にどれほどの境界があるのか」を知りたいという欲望を秘めていたのだ。これには当時流布していたダーウィンの進化論の影響もあっただろう。もし類人猿と人間とが近縁であるならば、両者を交配できる可能性もあるのではないか――そんな仮説が、イワノフの頭を離れなかった。
この時点で、すでに彼の中には警鐘が鳴っていたはずだ。人間の尊厳や倫理は、科学研究の名の下にないがしろにされてよいのか。それを考える理性は、しかし彼の好奇心と探究心には勝てなかった。その一方で、ロシアの社会情勢も混乱の極みに近づいていた。日露戦争や第一次世界大戦の疲弊が国全体を覆い、帝政への不満が高まる中、1917年の革命を経てソビエト連邦が誕生する。この大動乱の中、人々が必死に求めたのは、国を再建するための新たな科学技術だった。
イワノフは、そうした時代の大きなうねりを自分の研究に活かそうとした。革命政府の求める「強い国家づくり」と、自身が望む「種間交雑の実験」は、まさに利害の一致を見せるかに思われた。動物の生殖管理技術を高度化し、農業生産を向上させれば政権にも貢献できる。その一方で、自分の理論をさらに先へ進め、人間と猿との交雑という禁忌の扉を開くことも不可能ではないかもしれない――イワノフの胸中には、そんな計画が密かに燃え上がっていた。
当時の科学アカデミーや研究機関の一部には、イワノフのように大胆な発想を評価する声があった。むしろ「新しい世界を切り拓くために、旧来のタブーを打ち破るべき」という革命的思考が科学界にも浸透していたからだ。だが同時に、その行為は「人間の神聖さを汚す暴挙だ」という声も大きかった。イワノフは賛成派と批判派のはざまで揺れ動きながら、あくまで自分の計画を推進しようとする。その姿は一見強靭に見えるが、内心は迷いと執着が入り混じっていたのではないだろうか。まさに彼の好奇心と名誉欲が、ゆっくりと破滅への扉を開き始めていたのである。




