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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
エンキドゥ「静かに紡がれる友情の叙事詩」(全8話)
36/44

8砂塵に刻まれし友情(了)

やがて夜明けとともに、エンキドゥの胸は静寂に包まれた。長く苦しげだった呼吸は止み、その身体からは生命の温もりが次第に失われていった。傍らに寄り添っていたギルガメシュは、友の手から力が抜け落ちていくのを感じた。王は震える指先でエンキドゥの頬に触れ、その名を呼んだ。「エンキドゥ…」しかし返事はない。世界が凍りついたような静けさが訪れ、ギルガメシュの時はその瞬間止まったかのように思えた。私は永遠に続く一瞬を見つめていた。やがて理解が胸に突き刺さると、王は喉の奥から獣のような慟哭を絞り出した。その叫びは宮殿の壁を震わせ、天へと悲痛な響きを届けた。


ギルガメシュは友の亡骸にすがりつき、涙に暮れた。「なぜだ、エンキドゥ! なぜ私から去ってしまったのだ!」彼は声を上げて嘆いた。強大な王の嘆きに、傍らに控えていた家臣や侍医たちも皆、顔を伏せて泣いた。ウルクの街全体が深い悲しみに沈んだ。王はエンキドゥの冷たくなった胸を何度も抱きしめ、その頬に口づけて別れを惜しんだ。親愛なる友の名を呼んでは神々を責め、自らの無力を呪った。私はその姿を見守りながら、ギルガメシュという男が初めて味わう深い悲しみの底を覗き込んでいた。


やがてギルガメシュは王としての責務を奮い起こし、愛する友のために壮絶な葬儀を執り行うことを決意した。ウルク中から最高の職人と香料が集められ、エンキドゥの亡骸は丁重に清められた。王自ら香油を注ぎ、紅玉髄や瑪瑙で飾られた精緻な棺が用意される。葬列は王宮から大神殿へとゆっくり進み、先頭では太鼓と竪琴が哀悼の調べを奏でた。人々は道端にひれ伏し、涙ながらに英雄の最期を見送った。ギルガメシュは正装に身を包み、亡き友の棺の隣に寄り添って歩いた。その瞳からは一筋の涙が途切れることなく流れ落ちていた。


大神殿では壮麗な儀式が執り行われた。十二柱の神々に捧げる供物が山のように積まれ、エンキドゥの魂が安らかに冥界へ旅立つよう祈りが捧げられた。友のために殺ぎ落とされた名馬や牛、山羊の血が聖壇に注がれる。ギルガメシュは愛用の法衣を裂き、自らの装身具を棺に納めた。彼は声を震わせつつ、友への賛歌を歌い上げた。「エンキドゥは勇猛であった。エンキドゥは忠誠深く、限りない友情を私にもたらしてくれた」集った人々もこぞって彼の名を呼び、惜しみない賞賛と別れの言葉を捧げた。私はその光景を高みから見下ろし、人々の涙と祈りが天に昇っていくのを見届けた。


やがて荘厳な葬送の炎が焚き上げられ、エンキドゥの遺体は輝く火に包まれた。立ち上る黒煙は天へと昇り、轟々たる炎の音だけが静寂を破っていた。火が静まった後、残された灰は壷に納められ、王自ら墓所へと運んだ。墓前にひざまずいたギルガメシュは、静かに友に語りかけた。「安らかに眠れ、我が友よ。お前と過ごした日々は永遠に私の中に生き続ける」王は震える手で墓に触れ、その固い石に愛惜の涙を落とした。エンキドゥの魂は冥界への旅路を辿っていることだろう。私はまどろむような光景の中で、一羽の鳥が大空高く舞い上がり、やがて夕焼けの彼方へ消えていくのを見た。それは荒野に帰っていくエンキドゥの魂の象徴のように思えた。


時が経ち、ギルガメシュは深い悲嘆の底から顔を上げた。彼は決意していた。愛する友の記憶を永遠に残すことを。王は筆を執り、粘土板に自らの旅とエンキドゥとの物語を刻みつけた。堅牢な城壁にその名を彫り付け、後世の者が彼の勇名を忘れぬようにと願った。それでもなお、ギルガメシュの心には虚空が広がっていた。死という避けがたい運命に、初めて王は恐怖を覚えたのである。彼は一人城門をくぐり抜け、遥かな荒野へと歩み出した。もはや何者も彼を引き止められない。友の死が教えた人生の無常、その答えを求めて、王は果てなき旅路に身を投じたのだ。


私はその後ろ姿を見送りながら、長き沈黙の中で祈りを捧げた。砂塵舞うこの大地に刻まれた二人の友情は、時の風にさらされても決して消えることはないだろう。幾千年の後にも、人々は語り継ぐに違いない。王ギルガメシュと野人エンキドゥの魂が出会い、生涯を変えた物語を。私は時空を超える観測者として静かに目を閉じ、この地上に刻まれた永遠の絆に思いを馳せていた。 (了)

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