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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
エンキドゥ「静かに紡がれる友情の叙事詩」(全8話)
35/44

7友の名を呼ぶ夜

病に倒れたエンキドゥの容態は日を追うごとに悪化していった。高熱は彼の精悍な身体を蝕み、その勢いは止まることを知らなかった。昼なお暗い病室で、彼は荒い息を繰り返しながら寝台に横たわっていた。かつて野を駆けめぐった強靭な四肢は重く鉛のように沈み、雄々しかった眼光は熱にうかされて焦点を失っていた。医師たちの手厚い看護も薬草も効きを見せず、宮廷には徐々に絶望の色が広がっていく。私は彼の傍らに立ち、その魂が痛みに苛まれるさまを見守っていた。エンキドゥは時折低い呻き声を漏らし、うわごとのように友の名を呼ぶ。「ギルガメシュ……」乾いた唇から絞り出されるその声に応えるように、王は常にそばに付き添い、その手を固く握りしめていた。


ギルガメシュは昼夜を問わず友の寝台の脇に控えていた。彼はエンキドゥの手を握り締め、何度も神々に祈りを捧げた。「どうか彼をお救いください。罪があるなら私が代わりに罰を受けましょう…」——王の声は震えていた。偉大な英雄であるギルガメシュが、このように弱々しい懇願の声をあげる姿を、私は長い観察の中でも目にしたことがなかった。しかしいかなる祈りも虚しく、返答は冷たい沈黙のみであった。太陽神シャマシュの光が病の床を照らしても、エンキドゥの苦悶は和らぐ様子がない。逆に夜ともなれば悪夢が彼を苛んだ。


ある夜更け、エンキドゥは突然目を見開き、荒れた声で泣き叫んだ。「私をここに連れて来たものを呪ってやる!」その怒りの対象は最初に彼を人間の世界へ誘った者たちであった。彼は朦朧とした意識の中で、自分を見つけ出した狩人のことを呪い、そして自分に愛を教えたシャムハトの名さえ口にして罵った。「あの女に出会わなければ、こんな苦しみを知らずに済んだものを…!」エンキドゥの声は恨みに満ち、病室に響いた。私は胸が締めつけられる思いでその言葉を聞いていた。そばにいたギルガメシュもまた、その呪詛の言葉に眉を曇らせた。しかし丁度そのとき、窓から差し込む一筋の月光が、苦しむエンキドゥの顔を静かに照らした。不思議と彼の荒れ狂う心は静まり、代わりに込み上げてきたのは深い後悔の念だった。「いや…違う…あの方がいなければ、私は一人野に死んでいただろう…」エンキドゥは涙を零しながらシャムハトの名を呼び、「私に人の情と友を与えてくれた…ありがたい…」と、掠れる声で呟いた。彼は自らの呪いを撤回し、恩恵をもたらした存在を心から祝福したのである。


エンキドゥはやがて親友ギルガメシュに向き直った。死が間近に迫っていることを悟り、震える手で王の腕を掴む。「聞いてくれ、ギルガメシュ…」彼は息絶え絶えに語り始めた。自らが見た悪夢の数々を。冥界の陰鬱な光景——かつての王や神官たちが埃を食らい、闇の中を彷徨う姿。自分もまた翼を毟り取られた鳥のようにその中に囚われた恐怖。エンキドゥは涙を浮かべ、「私の行く先は暗く寒い…友よ、私は死ぬのだ」と震える声で言った。ギルガメシュは必死に首を横に振り、「そんなことはない、神々が君を癒してくださる」と繰り返した。だが王の瞳にも涙が滲み、もはや自らの言葉を信じられない様子であった。


夜が更け、エンキドゥの息は次第に弱まっていった。ギルガメシュは絶えず彼の名を呼び続けた。「エンキドゥ、私の友よ、私を置いて行かないでくれ…!」王はその額に触れ、自分の体温を分け与えるかのように抱きしめた。ふいに、熱にうかされたエンキドゥの瞳が一瞬だけ正気を取り戻した。「ギルガメシュ…」彼はか細い声で友の名を呼んだ。絞り出すような最後の力を振り絞り、「あなたに出会えて…本当によかった…」と微笑もうとした。その瞳には微かな光が宿り、友への感謝と愛情が浮かんでいた。ギルガメシュは嗚咽を堪え、「私もだ、エンキドゥ…私もだ…」と震える声で返した。二人の手は固く握り締められていた。エンキドゥの目蓋が静かに閉じられ、喉が微かに何かを言おうと動いた。しかし言葉は途切れ、彼の意識は深い闇の中へと沈んでいった。私はその瞬間、世界の色彩が音もなく失われていくのを感じ取った。まるで天地が息を潜め、偉大なる友情の行方を見守っているかのようであった。

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