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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
エンキドゥ「静かに紡がれる友情の叙事詩」(全8話)
32/44

4森の守護者

ウルクで友情を育んだ二人の勇士は、新たな冒険へと旅立つことになった。ギルガメシュは不朽の名声を得るため、神々の聖域であるレバノン杉の森へ赴き、その守護者たる魔物フンババを討とうと計画したのである。エンキドゥはその名を聞いて目を曇らせた。彼は野に生きていた頃、一度だけ森から響く恐ろしい咆哮を耳にしたことがある。それは自分と同じく神に造られし存在、森の守護者フンババの声であった。以後エンキドゥは決して森に近づかず、フンババも境界を越えなかった。互いの存在を遠くに感じながらも、不思議な均衡が保たれていたのである。


今その因縁の名を耳にし、エンキドゥの胸にはためらいが生じていた。野の友とも呼ぶべき存在と刃を交えることになるかもしれない。しかしギルガメシュの決意は揺るがない。王は武具を整え、従者たちに遥かな森への道案内を準備させた。エンキドゥも友の期待に応えるべく、内なる葛藤を胸に秘めて従った。神々はこの大胆な挑戦を黙して見守っている。王の母ニンスンは太陽神シャマシュに祈りを捧げ、二人の無事を願ったという。私は出立する彼らの背に、運命の影が静かに寄り添うのを感じ取った。


幾日も歩みを進め、ついに二人はレバノン杉の森の入り口に到達した。天を衝く巨木が果てしなく連なり、濃密な芳香が鼻を満たす。だが美しい森は不気味なほど静まり返っていた。鳥のさえずりもなく、木の葉一枚動かない。ギルガメシュは腰の剣に手をかけ、エンキドゥも身構える。森全体が侵入者を注視しているかのように張り詰めた空気だった。


突然、森の奥より大地を震わす轟音が響き渡った。フンババの咆哮である。空が薄暗く染まり、木々がざわめく中、山のごとき巨体が姿を現した。顔は焦げ木のように黒く、両目は炎のように赤く光り、口からは硫黄の煙を漏らす。巨腕は杉の幹ほど太く、一歩踏み出すごとに地響きが起こった。そのあまりの威容に、ギルガメシュでさえ一瞬足をすくませた。


「久しいな、エンキドゥよ」巨人の低い声が遠雷のように森中に響いた。エンキドゥははっと息をのんだ。フンババは明らかに彼の名を知っている。エンキドゥが戸惑い立ち尽くす間に、ギルガメシュは雄叫びを上げて剣を抜き、猛然と突撃した。


怒れる守護者も猛然と応じ、巨大な拳を振り下ろす。地面が砕け土砂が舞い上がったが、ギルガメシュは間一髪でかわし、剣でその腕に斬りつけた。迸る黒い血にフンババは激怒し、大杉を引き抜いて薙ぎ払う。衝撃で二人はたじろいだが、なお果敢に立ち向かった。空がかき曇り、雷鳴が轟く。エンキドゥは戦いを望まなかったが、その願いも空しく、友と共に命を懸けて巨人に挑むしかなかった。


激闘の末、ついにフンババの巨体が地鳴りとともに倒れ伏した。ギルガメシュの剣がその喉元を貫いたのだ。守護者の赤い瞳から光が消え、荒い息だけが残った。エンキドゥが近づくと、フンババはかすかに微笑んだように見えた。喉の奥から低い声が漏れる。「……友よ……」エンキドゥは巨大な手をそっと握りしめ、その頬を一筋の涙が伝った。フンババは静かに目を閉じ、長き役目を終えた安堵の息を吐く。森は静寂に包まれ、樹々が哀しげにざわめいた。


ギルガメシュは傷だらけの体で勝利の雄叫びを上げ、フンババの首を刎ねて高く掲げた。エンキドゥは黙ってそれを見つめ、胸に去来する思いに言葉を失っていた。王はエンキドゥの肩に手を置き、共に森を後にしようと促す。二人は神々への供物として立派な杉の幹を切り出し、それを抱えて帰路についた。私は静かにその後ろ姿を見送った。二人は勝利に浸っていたが、その陰では神々の裁きが近づいていることを、まだ知る由もなかった。

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