2野より来たりし者
エンキドゥは大地に産み落とされると、一人荒野を彷徨いながら成長していった。私は彼が森と草原を駆け巡る姿を遠くから見守っていた。彼は野生の獣たちと共に朝露を飲み、大地に茂る草を食み、昼は陽光を浴びて川辺で戯れ、夜は星空の下で獣たちに囲まれて眠った。その心にはいささかの邪念もなく、世界をあるがままに受け入れる純粋さがあった。野の賜物である彼の身体は岩のように屈強で、鹿のように俊敏であった。森の動物たちは彼を仲間とみなし、恐れることなく近くに佇んだ。エンキドゥは獣の言葉を理解し、彼らと喜びや悲しみを分かち合っていた。
ある日、私は彼に初めて人間の影が近づくのを認めた。乾いた大地に罠を仕掛ける狩人が、泉に集う獣の群れを目当てに森の奥深く入ってきたのである。狩人の網にかかった小鹿が悲しげに鳴くのを聞き、エンキドゥはその鹿を救おうと現れた。突然姿を現した筋骨逞しい毛むくじゃらの男を目にし、狩人は肝を潰した。人とも獣ともつかぬエンキドゥを見て、狩人はこれは神々の遣わした怪物かと恐れおののいた。エンキドゥは罠を素手で引き裂いて鹿を解き放つと、不思議そうに狩人を見つめた。彼に人の概念はなく、自らと異なる存在としてその小柄な人間を眺めたのである。狩人は後ずさり、祈るように空に何事かを叫ぶと、一目散に逃げ去っていった。
ウルクへ戻った狩人は、王にも神官にも事の次第を伝えただろう。やがてその噂はウルク中に広まったに違いない。野に恐るべき怪物がいる――人々はそう囁き合った。王ギルガメシュの耳にも届き、彼は不敵に笑んだという。何者であれ自分に敵う者はいないと豪語したであろう。しかし知恵ある神官たちはこの機を逃さず、ある策略を立てた。野の者に人の理を教え、ウルクへ導こうと考えたのである。こうして聖女シャムハトが狩人に伴われ、荒野の泉へと赴くことになった。
泉のほとりでシャムハトは衣を脱ぎ、その豊かな肢体を晒した。常ならば見慣れぬ人間に用心深い獣たちも、彼女から発せられる甘い香りに警戒を解かれ、静かに散っていった。エンキドゥは林の陰から現れ、その匂いに誘われるように女へと近づいていった。シャムハトは優しく微笑み、腕を広げて彼を迎え入れる。二人は抱擁し、温もりを分かち合った。エンキドゥにとってそれは初めて触れる人の肌、人の愛であった。時を忘れ、二人は草原に身を横たえた。私は夕闇が訪れ、夜明けが来てもなお、彼らが互いに求め合っているのを静かに眺めていた。七日七晩の悦楽の果て、やがてシャムハトは彼の手を取り、静かに囁いた。「さあ、私と一緒においで。ウルクの都へ行きましょう」――
その声は柔らかくも力強く、エンキドゥの胸に不思議な響きをもたらした。彼はゆっくりと頷いた。立ち上がろうとする彼の足は以前のように軽やかではなかった。長い交わりの後で力が抜けていたのか、それとも何かが変わってしまったのか、エンキドゥ自身測りかねていた。獣たちは遠くから彼を見つめ、近づこうとはしない。かつて兄弟のように寄り添っていた鹿や狼たちが、自分から逃げていくのを見て、彼ははじめて寂しさを覚えた。シャムハトは用意していた布でエンキドゥの裸身を覆い、人間の習わしを一つひとつ教えるように、彼の手を引いて歩き出した。こうしてエンキドゥは人の娘に連れられ、野をあとにした。私はそれを見届けながら、彼の眼差しに初めて明確な目的の光が宿るのを感じ取った。それは遥か彼方、ウルクの大いなる王へと向けられた光であった。




