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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
アレクサンダー・ボグダーノフ「越えざる境界の果てに——鮮血に刻まれた逆説」(全8話)
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6運命の血液交換

 1928年、ボグダーノフは運命を決定づける実験に踏み切る。彼自身の血と、ある被験者の血を相互に交換する計画であった。その被験者は若く、健康状態も比較的良好とされていた。しかし、ここで大きな不確定要素が潜んでいた。後年の研究者たちは、「その被験者は実は感染症を持っていた可能性が高い」と指摘する。あるいは血液型の細かな相性に問題があったのかもしれない。

 当時のソ連の医療施設でどれだけの検査が行えたのかは定かでない。ウイルスや細菌感染の有無を正確に突き止めるには、培養技術や顕微鏡観察、さらには血清学的な検証が必要だ。だが、混乱期にあるソ連でそれらが十分に行われていたとは考えにくい。

 実験は粛々と行われた。ボグダーノフは意気揚々としていたという。「これまでの実績から見ても、今回も成功するだろう」と自信を持っていた。だが輸血が終わって間もなく、彼の体調には異変が生じはじめる。高熱と倦怠感、吐き気、さらには強い頭痛が襲い、やがて黄疸の症状が現れたとの証言もある。

 現代の医療知識をもってすれば、これは明らかに感染症による肝障害や溶血反応を疑う事態である。血液型の不適合であれば急性の溶血が起こり、場合によっては命に関わる深刻な症状を引き起こすし、感染症であれば肝炎や敗血症などの重篤化が懸念される。

 彼の周囲にいた医師たちは懸命に治療を試みたが、症状はみるみる悪化した。誰もが、あのボグダーノフなら“自らの身体で状況を乗り越える”と信じたが、それはあまりにも楽観的だった。この頃には既に彼の体内で細菌かウイルスか、あるいは血液型不適合による免疫反応が激化していたのだろう。

 輸血後、劇的な体調不良に苛まれる彼の姿は、まるで人間の傲慢さが罰を受けているかのようにも見えた。もちろん、彼自身は理想や科学への信念に基づいて行動していたのだが、それでも結果的には「越えてはならない領域」を侵してしまったのかもしれない。

 死の床につく直前、ボグダーノフが何を思ったのかは記録にさほど残っていない。ただ、最期まで「若返りの可能性」を口にしていたという証言もあれば、「間違っていたかもしれない」と呟いたという噂もある。史実の断片だけでは真実を断定するのは難しい。

 だが私の視点から見る限り、彼の心の中には最後まで「自分の試みは人類のためになるはずだ」という意志が残されていたように思える。だからこそ、悲劇の様相は一層深い。もしも十分な感染症対策や血液型の適合検査が可能であったならば、あるいは彼は死を免れたかもしれない。しかし、当時の技術や社会状況が、彼の研究に一線を引くことを許さなかったのである。

 こうして1928年、アレクサンダー・ボグダーノフは帰らぬ人となった。享年55。若返りを求めた結果として、逆に命を縮めてしまったという皮肉以外の何物でもない結末。彼の実験自体はその後も断片的に検証され、一部の研究者の参考となったが、決定的な成果が得られることはなかった。

 まさに「いつかは行き過ぎた技術に手を出し、制御不能になる」という人類の愚行の縮図のようでもあった。理想と野心が入り混じる中で、彼は最後の一線を越えてしまった。その先に待っていたものは、誰も望まぬ悲劇——自らの身体を賭した実験によって引き起こされた命の終焉だった。

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