表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
アレクサンダー・ボグダーノフ「越えざる境界の果てに——鮮血に刻まれた逆説」(全8話)
25/44

5野心と疑念

 ボグダーノフの研究は一部の知識人や医学者の興味を引いたが、同時に批判の対象ともなっていた。革命後の混乱した時代とはいえ、慎重派の医師や学者は「血液交換など、まだ理論的にも実証的にも不十分な研究に大きなリソースを割くのは危険だ」と警鐘を鳴らしていた。しかし、当時の社会には“偉大な実験”を推し進める熱気があり、それがボグダーノフにとって追い風となる一方、周囲の疑念をかき立てる要因にもなった。

 彼は「自分は正しい」という確信を持っていた。革命を成功させたソビエトの新時代に、社会そのものを変革するだけでなく、人間自身をも進化させる可能性を示そうとしていたからだ。人々が平等と理想に向かって進む未来像を描く中で、“より健康で長寿の人間”が生まれれば、社会運営の効率も向上し、人々の幸福も増大する——それが彼の主張だった。

 しかしその裏側には、時折彼自身も拭い切れない疑念が芽生えていた。果たして輸血によって本当に若返りが得られるのか? ABO血液型以外にもRh因子やその他の抗原抗体反応が存在する可能性は? もしも見落としている何かがあれば、その代償はあまりに大きい。

 医学における“エビデンス”という概念がまだ十分に確立されていなかった時代、彼は「実験結果こそが真理を証明する」というスタンスを取った。実際に繰り返し輸血実験を行い、その都度、自らの体調や被験者の症状をチェックする。何度かの成功体験があったからこそ、次への挑戦に踏み切れたのだ。しかしそこに「偶然」が介在していた可能性を考慮できたかどうかは、定かではない。

 一方で周囲の視線も冷ややかなものが増えていった。特に指導的な立場にあるボリシェヴィキの幹部たちは、革命後の統治に忙殺され、ボグダーノフの研究に十分な支援をする余裕がなかった。彼は次第に孤立し、研究資金や施設も限られた環境での活動を強いられるようになる。

 その状況は、研究への執念をさらに燃え上がらせた。疑念と野心が背中合わせになりながら、ボグダーノフは「では、最後の証明をするしかない」とばかりに自らの血を実験に捧げ続ける。そこには科学者としての論理性よりも、革命家としての突き進む情熱が上回っていたのかもしれない。

 私が見ている限り、彼は時として異様なほどに冷静であり、また時として炎のように熱狂的だった。人間の心に潜む二面性が、そのまま彼の姿に表れていた。これは医学や科学の分野において致命的なギャップともなり得る。冷静さが必要な場面で情熱が暴走し、情熱が求められる場面で冷徹な計算が働く。

 その中で、ボグダーノフは一つの重要な着想を得る。「複数人の血を互いに交換することで、社会そのものが一体化する」という、奇妙な理論である。まるで血液によって人格や能力、そして経験さえも共有できるかのように考え、社会的ユートピアの構築に近づく手段だと信じた節がある。

 もちろん現代の常識からすれば、血液を交換しても記憶や人格が移るわけではない。しかし当時としては、血液が「命の源」であり、「個人のあらゆる要素を内包している」と考える風潮があったため、その着想自体を一笑に付すことはできなかった。むしろ「なるほど、革命後の新しい人間のあり方を、血液レベルで再定義するのか」と肯定的に見る人もいたかもしれない。

 しかし、慎重な医学者や思想家からは「それはあまりに危うい思想だ」と批判された。人間の身体だけでなく、精神や社会を含めてコントロールできるという発想は、まさに“神の領域”に挑むも同然である。人がその一線を越えたとき、取り返しのつかない事態を招く可能性が高い。

 そうして訪れる悲劇は、より具体的な形をもって姿を現す。ボグダーノフの野心と疑念が交錯する中で、彼の運命を大きく変えるある実験が行われるのである。誰もが内心では感じていたはずだ——いつかこの日は来るのではないか、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ