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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
アレクサンダー・ボグダーノフ「越えざる境界の果てに——鮮血に刻まれた逆説」(全8話)
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4血液学への挑戦

 革命後のソ連では、多くの伝統的制度や価値観が見直され、あらゆる分野で「新しい試み」が推奨されていた。経済政策から芸術運動に至るまで、過去を否定し、未来を信奉する大衆の熱狂は、時に行き過ぎた実験をも生み出した。ボグダーノフの血液交換研究もまた、その文脈の中で進められていた。

 彼が目指したのは、「相互輸血」という形で複数の被験者の血液を互いに入れ替えることで、老化を防いだり、健康状態を改善したりするというものだった。通常、医学的には安全な輸血を行うため、血液型の適合性を確認し、感染症リスクを極力排除するプロセスが必須である。しかし当時のソ連における医学研究の環境は非常に不十分で、厳密な検査体制が整っていたとは言い難い。

 にもかかわらず、ボグダーノフは実験を幾度となく繰り返した。記録によれば、彼自身も十数回にわたり輸血実験に参加し、そのたびに体調や主観的な感想をノートに克明に書き留めていたという。例えば、「肌の艶が増した」「疲労が軽減した」「視力が向上した」など、まるで若返りの効果を思わせる記録も残されている。

 当然ながら、医学界の主流からは疑いの目が注がれていた。血液型の不適合による凝集反応や、実験参加者が潜在的に抱えている感染症の危険性など、現代の常識からすれば重大なリスクが山積している。だが、当時は「ソ連という国そのものが社会実験である」という空気も手伝い、科学の分野においても制限が緩かったのである。

 さらに、革命の英雄たちの中には、病で倒れた者や身体的苦痛に苦しむ者も多かった。第一次世界大戦や内戦の負傷者、過酷な投獄生活を送った者など、社会を支えるエリート層ほど健康リスクが高いという皮肉を孕んでいた。そんな中、ボグダーノフの輸血研究は「指導者層の身体を蘇らせ、さらには若返らせるかもしれない」と期待される節もあった。

 しかし、私が見守るかぎり、ボグダーノフの研究には本質的な盲点があった。それは、人間の身体が一枚岩ではなく、個々の遺伝的特徴や免疫状況、そして感染症の有無といった多彩な要因から成り立っているという事実を、彼は深く認識しきれていなかったということである。血液型の検査ひとつとっても、当時のソ連の医療体制では限定的な手段しかなく、微量のウイルスや細菌を検出することも困難だった。

 ボグダーノフはそれでも前へ進んだ。彼の個人的なノートには、当時の医学生程度の知識では把握しきれないほど多岐にわたる観察や仮説が綴られていたとされる。たとえば、「血液の交換によって内分泌系に好影響が及ぶ」「長期間の血液交換プログラムを組めば、細胞の再生が促進され、寿命が延びる」といった、現代においても先進的とされるテーマを先取りするアイデアが垣間見える。

 しかし同時に、こうしたアイデアは十分な実験体制や統計的検証を欠いており、ほとんどが「ボグダーノフの主観的な認識」に依拠しているのが実態だった。まるで孤高の探検家が地図も持たずに未知のジャングルを踏破しようとしているかのようだ。成功すればその功績は絶大だが、一歩誤れば命の危険が待ち受ける。

 彼は自分の身体を実験台に捧げ続けた。より健康な若者の血を自分に入れることで活力が漲り、老化を防ぎ、さらには新たな洞察力さえ得られる——そう信じた。自らの体感によってそれを確かめたいという探究心と、研究を進めれば社会全体の医療水準を引き上げられるという理想が、彼を奮い立たせたのだ。

 確かに、その実験は部分的には成功を収めていたのかもしれない。特に感染症を持たない、血液型適合性の高い相手からの輸血では、体力の回復や気分の高揚が得られた可能性がある。栄養状態の悪い時代には、一時的に新鮮な血液が身体にプラスの影響をもたらしたとも考えられる。

 だが、未知のリスクは依然として潜んでいた。それは感染症や血液型のわずかな不適合だけでなく、人間が「越えてはならない領域」を犯していることへの警鐘のようにも感じられた。何度も書くが、私はただ黙して見届ける存在でしかない。しかし、人間が自らの身体を実験の道具として扱うとき、そこには必ず制御不可能な領域がある。その危うい均衡がどのように崩れ、悲劇が加速していくかを見ていくことにしよう。

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