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超越者が紡ぐ物語  作者: あるき
アレクサンダー・ボグダーノフ「越えざる境界の果てに——鮮血に刻まれた逆説」(全8話)
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2幼少期と革命の息吹

 ボグダーノフは1873年、ロシア帝国下のトゥーラ県に生まれた。誕生した土地は決して豊かではなく、ロシアの多くの農村同様に厳しい気候と社会的格差に晒されていた。幼い頃から目の前に広がる貧困と不平等に、彼の心は揺さぶられることになる。

 当時、農奴制度が1861年に廃止されたとはいえ、実際には農民たちの生活はほとんど改善されず、小作人としての生活を余儀なくされていた。ロマノフ朝の支配による社会体制は硬直化しており、また貴族階級と農民階級の間には埋めがたい溝があった。こうした背景を目にした幼いボグダーノフは、いつしか「革命」という言葉に強く惹かれるようになっていく。

 やがて彼は才能を示し、高等教育の門を叩く。時代は19世紀末、自然科学や哲学がヨーロッパからロシアへと流入していた。特にドイツ観念論やマルクス主義の思想は若い知識人層の心を捉え、社会を変革する原動力となっていった。ボグダーノフもまたマルクス主義を学び、未来の社会を見据える始める。その一方で、医学に強く興味を抱き、科学的な方法論を学ぶことに力を注いだ。

 こうして培われた二つの軸——革命思想と科学的探究心——は、彼の人生を大きく左右する原動力となる。医学知識は“人を救う”ための手段として、そして革命思想は“社会全体を救う”ためのビジョンとして、彼の胸中で一つに溶けあっていった。しかし、理想という光が強く照らすほど、その影は深く暗い。彼は政治活動の過程で逮捕や亡命などを経験し、自らの思想を証明するためにも、さらなる科学的研究に邁進していく。

 やがて20世紀の幕が上がり、帝政ロシアは戦争と革命による混迷の時代へと突入する。1905年の第一次ロシア革命は失敗に終わり、しかし1917年に二度目の革命の炎が燃え上がったとき、ロシアの権力構造は一気に塗り替えられた。ボグダーノフはこの激動の時代において、医学者としての顔と革命家としての顔を使い分けつつ、歴史の歯車に巻き込まれていく。

 だが、私の目から見ると、彼の運命は政治そのものよりも、むしろ彼が追い求めた“血液”の神秘に大きく左右されていたように映る。医師としての技術と知識が、やがて血液交換という実験に結びつき、そこから新たな壮大な野望が芽吹いていく。若い頃からロシアの大地と民衆の苦悩を目撃し続けてきた彼は、「人間の限界を超えることで、より良い未来を築ける」と信じたのだ。

 当時、欧米では輸血技術が少しずつ進歩していたものの、それでも血液型の適合性や感染症のリスクを十分に把握するには至らなかった。特にロシアは研究資源や情報の共有が限られ、医学部での講義や文献を追いかけるのが関の山だった。一方で、あのレーニンやトロツキーなど、革命を主導する人々の間では、医療は革命を支える基盤とも見なされていた。ボグダーノフはそんな時代背景の中、血液研究の先端を自ら掴み取り、革命を支える医療技術を確立しようと努力を重ねる。

 しかし、誰しもが彼の研究を全面的に評価したわけではない。新たな理論や未知の治療法は、常に疑念の目を向けられる。特に「血液の交換によって若返りが得られる」という彼の着想は、まるで錬金術師の夢物語のようでもあった。革命の喧騒の合間に、彼は自身の理論を証明するためにさらなる試みを積み重ねていく。

 幼少期から始まった苦悩と理想、それは革命と科学が渦巻く中で次第に形を帯びる。彼の物語はまだ始まったばかりだ。

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