第80話 母の思い
約一時間半 船に揺られて渡島してくれた客達が泊まる三部屋は
月が昇るほど真っ暗になっていった
厨房隣の自宅スペースの茶の間にて従業員の三人がお茶で乾杯していた
「何とか今日は乗り切ったなぁ…… 時間が空くと接客に緊張するぜぇ」
「夏限定の旅館なんて初めてですよ大将 普段は何されてるんですか?」
「市場の食堂で働かせて貰ってるんだ たまに漁にも出るぞぉ?」
奥から残った塩辛を白飯に乗せて美祢葉が戻って来る
「万が一遭難しても 料理人がいれば無人島も怖くないって人気者だもんねお父ちゃん」
「ヘヘへ……!! だからペテ!! お前も少しは料理の腕を上げてろ」
「自分の名前が分からないんで不躾ですが ペテ公って何なんですか?」
米にがっつく大将 代わりに美祢葉が答えてくれる
「ペテナイフ 小さい…… まぁ新米の小僧って意味ね
お父ちゃんが若い頃はよく周りから言われていた愛称なの」
「愛称な訳あるかい!! 上下関係がハッキリしてる料理人の世界で見下されてたんだよ」
「でもそこそこ良い腕前になって帰って来たんでしょ?
そしてお母ちゃんと一緒にこの旅館を立ち上げたんだもんねぇ?」
「母さんが亡くなってもう畳もうってときに美祢葉が後を継ぐって言って来てなぁ
強要したり泣きついた訳でもねぇのに物好きだよなぁ……」
「だって別に高校出てもやるたいこと無かったし……
それに大勢の人に〝借金〟してるんだから 早く返さないと」
「お前がそれを心配する必要は無い!!」
「ちょちょ……!! 上で寝てるお客さんが起きますって……」
茶の間の隅に布団を敷き 大将は寝てしまった
茶碗を片付ける美祢葉の後に続いてペテ公は皿洗いを手伝う
「何か…… 最近も皿洗いした様な感覚です」
「それは普段は皿洗いしてないってことだね?
駄目だよぉ? 台所は常にピカピカに!! 衛生面はしっかりしないと」
「……借金あるんですか?」
「うん……」
手で美祢葉は自分の胸の中心をトントン指で叩く
「移植したの…… 臓器移植……」
「そうなんですか……」
「私の今の心臓…… お母ちゃんのなんだ……」
「えっ?」
「小学校の頃に病気になって移植しなきゃ生きられないって言われてね
何年か入院しててそんなある日 お母ちゃんが交通事故で危篤状態になって
原因は心労が祟って道を逸れて崖に衝突 運転免許証にはドナー登録済みだった
医者の判断もあって亡くなった母親の心臓をそのまま使ってくれたの」
「……ごめん 辛い話をさせてしまって」
「いいのいいの…… 私もこの事を誰かに話したいから……
でも移植するにも金が掛かってね お父ちゃんの懐は私の入院費でどっか行っちゃった
ネットワーク基金をしてくれるって本土の役場の人達も言ってくれたんだけど
お父ちゃんは何を思ったのか 断って島中の人達から金を集めたの」
「それが借金……」
「借りたら返さなきゃいけない…… だったら身近で親しい人間に借りようとしたんだって
結果集まるからやっぱりお父ちゃんは人気者なんだよねぇ」
「それはすごいですね!」
棚に皿を収めて台所を洗う彼女は 困り笑いでペテに言う
「参っちゃうよね…… この借金の事実を聞かされたのは私が高校に入ってかなり経ってからなんだよ?
そんなの聞かされたら私もここで働いて恩返ししなきゃいけないじゃん……」
「だから旅館の手伝いを?」
「うん…… この時期以外は近所のスーパーで働かせて貰ってる
すぐに借金を全額完済ってことにはならないけど 貢献したい」
「…………」
「それに旅館を残し続けたいのはお母ちゃんの意思もあると思うんだ」
「意思?」
「あくまで都市伝説かなって思ってたんだけど
臓器提供してくれた人間の記憶が受給者に受け継がれるらしいの
だからお母ちゃん…… ホントはもっとお父ちゃんと一緒にこの旅館で働きたかったのかなってさ」
茶の間でイビキを掻いて寝ている大将の隣に美祢葉 その隣にペテ公と布団を敷いていく
電気を消せばゴザッテ旅館は 月明かりも消えた真っ暗闇に包まれた
「……ねぇペテちゃん 親子の心臓移植は間違いだったと思う?」
「どうしたんです急に?」
「時々ね お母ちゃんに会いたいって思うの
でも胸を触ればここにお母ちゃんの心臓があるから いつも傍にいるんだって納得するの
だけどたまに本当に会いたいのは臓器だけじゃないんだよねって矛盾と闘ってる
結構辛いの…… 助けて貰っておいてワガママかな私?」
「……難しいですね」
落とし所に辿り着けない話を模索し合いながらも安眠に就き 夜が明ける
8月13日
今日からお盆 本土から帰省した人達のほとんどは墓参りに行ってしまった
そのタイミングで澤良親子もペテ公を連れて近所の墓地へ
「お前のお陰で美祢葉は今年も元気だぞ……」
座って手を合わせる二人 ペテ公も少し距離を置いて立ちながら手を合わせた
枝豆やら迎え団子を食べて旅館に帰ろうとしたとき
「お父ちゃんは仕込みでしょ?」
「おう」
「じゃぁペテちゃん!! 【賽の河原】にもお供えしに行こうよ!!」
「賽の河原ですか……?」
拳より少し大きい丸い石が無数に流れ着く不思議な浜辺
飛翔島では霊が集まる場所として ミステリースポットとなっている
潮の流れが原因なのか 丸い石がそこだけに流れ着く光景はやや不気味で
そして何の因果か ペテ公こと安斎賢也が打ち上げられたのもその場所だったという




