第72話 ギフト
6月24日 AM0:12 北陰市
暁風寮の前はテープが張り巡らされ 人を寄せ付けぬ場所と化していた
門脇が殺され 取調後からはほったらかしなのだろう
行き場所に手を焼かれる孤児達にとって温かかったマホロバも
心霊スポットで有名になりそうな建物を見れば 遠い過去とも思わせる有様
「さぁて…… 何が出て来ることやら……」
安斎は玄関扉に手を置く しかし引き戸には鍵が掛かっていた
周辺を見て回り 裏手の窓が不自然に開いているではないか
中に入り懐中電灯を点ける 彼が一目散に向かったのは芽神の部屋だが
「誰もいねぇ…… てっきり例の場所ってここだと思ったんだが……」
他に思いつく場所など限られている 例の場所 特別な場所
ピンときた安斎は物置部屋に入り そこから屋根裏部屋へと登った
「……随分と毛を逆撫でされる演出だなぁ 今はもう佐田光子って呼んだ方がいいか?」
「芽神で良いですよ安斎先生 お久し振りです」
殺風景な空き部屋 天窓から差し込む月の光
真ん中で椅子一つ置いて座っている芽神がいた
「何でここに呼び出した?
俺達が弱竹に会いに行く事も知ってての回りくどい手だな」
「再度警告を言い渡しに……
これから先はもう寺田昌治や門脇さんの様な 小さい事件とは比べ物にならないわ」
「小さいだと?」
「癪に触ったかしら…… でも事実よ」
怒りが沸点に達しそうになる安斎はグッと堪えた
目の前の謎に包まれる人物から聞き出さなければならない事が多いからだ
「まず何だ…… 俺がお前と同級? どう見たって中学生なんだがなぁ」
「今日は時間をたっぷり使いたいから話して上げる
まず私は正真正銘 佐田光子です 芽神咲彩は偽名です
そしてどうして〝30歳〟の女性が幼い姿のままなのか
正解は低身長症 別名〝小人症〟
成長ホルモンの異常による発育不全で生まれ持った不老の身体なの」
「かっこよく言ってるが難病だろ? おぉすげぇとはなれねぇよ」
「特に不自由無いし 汎用性が高いから私は神からの贈り物だと思っているわ」
「そらようござんしたね…… んで? お前と二大財団との繋がりは?」
「もうちょっと興味持って欲しかったんだけどなぁ……」
足をブラブラして気怠そうに芽神は語り始めた
「小学校の時に転校したじゃん私? 覚えてる?」
「いいや…… 同窓会で聞いた お前も誘われてたぞ?」
「覚えてる人いたんだ…… 嬉しいなぁ……
実はこの小人症がその頃より発覚が分かって親に海外留学されたの
ミラノの北西に位置するスイスとオーストリアに挟まれた小さな国【バランタイン公国】
古くから貴族が治めるメルヘンチックな場所だったわよ」
「……そんな場所に行ってたのか
そうとも知らない同級は東海林妖の神隠しに遭ったと思い込んでいたぜ?」
「まぁ小学校の時の転校生なんか いつまでも覚えていられないし
尾鰭が付いた酒の肴くらいに認知されるだけマシだよね
……でも待っていたのは信じたくない 寵愛とは真逆の末路だった」
「…………」
「小人症は100万に一人という難病…… 研究者目線で言えばレア物だよね
化粧品が万国共通の覇権を取りつつある近代で 不老は何よりも魅力を放っていた
だから近辺の医療機関はバランタイン公国の山奥に人知れず研究所を建て
その研究員達に大枚を貰った うちのクソ親共は私を躊躇無く売り渡したのよ
渡航費用も込みでご苦労なこと…… 最後の最後まで私は疑いすらしなかったわ」
「……取り敢えずお前が楽長に銃をぶっ放したい気持ちは理解した」
「でしょ……? 研究は忖度無かった
小人症の原因は様々で脳腫瘍・クッシング症候群・骨や軟骨の病気・慢性腎不全・甲状腺機能の低下
栄養不足・心理社会的な原因・ステロイド剤の長期内服などなど
だけど先天性は両親の身長が低いなどの 体質によるものが約70%を占めるらしいの
だから遺伝子を調べる為 大量の採血を必要とされ 貧血に襲われようと無理に研究は進められた」
「辛かったな……」
「外傷よりも精神的苦痛がほとんど 生活は制限されるし
研究者達の陰口を覘くと 産める年頃になればもう二・三人ストックが欲しい……
だから同じ小人症と交配させようなんてのが一番キツかったわ」
「見境ねぇなぁ」
「そして結局研究は失敗した…… 代わりに恐ろしい物が私の身体に潜んでいることが分かったから」
「…………」
「動物で主に見られる人類史上未知の小さな毒腺が私の身体にあることが分かった」
「未知の毒腺?」
「蛇や蠍や蜂…… そういう生き物に見られる 要は体内で毒を分泌出来る器官があった
なので結論は自分で生成しておいて自分の人体にとって有害な毒
その影響で成長は止まり 肉体の組織を維持する為に栄養が行き渡っている……
アルメシュランゲ症候群…… 〝可哀想な蛇〟って病名を付けられちゃったわ……」
「もしかしてお前に噛まれたら危ない?」
「それも実験された…… 噛んでも雑菌しか入らなかったらしいから大丈夫……
でも出血した血液には含まれていたそうだから ほぼほぼエイズみたいなもんだよねぇ」
「中々酷な人生を生きてんだな……」
「勿論私の毒も金になったらしいわ
殺傷力が高いから闇ルートや軍事利用に使われる予定だって…… 小耳に挟んだ」
「……ん?」
「私の毒…… アルメシュランゲベノムとボツリヌス菌を組み合わせて生物兵器にした
その得体の知れない研究所で生まれたのが〝死穢の妖精(失敗作)〟よ」




