プロローグ 私刑--テミヤゲ--
某県 棘岬高等学校
六時間目の授業が終わり 終礼の挨拶を迎えた時刻
就活もしくは進学先を決めた三年生達 自由登校に胸を膨らませるそんなクラスに
扉を引いて入って来た担任教師が教壇に登ると それは始まった
「皆さん席に着いていますね?」
「どうしたんですか先生!! 来るの遅いじゃないですかぁ!!」
一人の生徒が笑いながら心配をしてくれた
「ごめんなさいねぇ林さん 色々と心構えが出来ていなくて」
担任は生徒の茶化す言動にも全て謝るそんな教師だった
名前は弱竹亜純
ストレートロングな濡鴉の髪色と端正な容姿で男子ウケが良く
赴任すればその当初から噂が鳴り止まない女性であった
「今から話すことは重要な話なのでよく聞いて下さい」
「「「「「 ………… 」」」」」
三十人余りの生徒達は静かに耳を貸す
こういう場合は誰かが何か悪さをしたのだろうと
戦犯捜しは無関係な人間からすれば 脳汁が溢れるビッグイベントなのだから
「先日…… 私の娘 万里紗が殺害されました まだ十歳の子供です」
「えっ……?」
一人の生徒が声を漏らした事により
静寂な室内に緊張感が走る
「性的暴行の跡があったことから犯人は男性であると確定しています
しかし今回の事件 私は複数犯だと思っているんです
そして遺体はゴミ処理場へと捨てられ 危うく荼毘に付されるそうでした
従業員さんには感謝ですね 私の知らないところでそこまで済まされていたら発狂ものです」
「「「「「 ………… 」」」」」
「犯人達は怖れたのでしょう 何もかも好き放題してスッキリすれば自分達の過ちに気付いた
未成熟の者達は都合良く自我を育めて大層 愉悦に浸っていることでしょう
最悪自分達の行いを正当化して これからもバレずに生きて社会に出て行くのでしょうね」
「あの…… 先生?」
顔は前を向き 目線はずっと下を向いていた
目玉を見開いた彼女の印象は まさに身を焦がす復讐の鬼の形相
「私はこの中に犯人がいると思っているんです」
「「「「「 えぇ?!!! 」」」」」
予想通り始まる 戦犯捜し
「お前だろ谷村!? 放課後に横澤をイジメてるの知ってんだぞ!!」
「はぁ違ぇよ!!」
「私も谷村君が怪しいと思います」
「俺も…… てかこの中に殺人やる奴なんて谷村しかいねぇだろ?! なぁ横澤?!」
「僕も…… 谷村君…… 谷村さんだと思います」
クラスの人差し指は全てイジメっ子の谷村に集まった
「お静かにお願いします」
弱竹の一声はクラスを黙らせた
「私の娘が亡くなったその日…… 地区のボランティアに参加していました
覚えてますね? 皆さんも全員参加だったゴミ拾いの日です」
彼女の目は上を向かれてクラス全員を見渡す 睨んでいた
「私はあの日 実は監督責任を問われていました
何故なら生徒が数名 姿を消していたからです
何処かでサボっているのだろうと 早計なあの日の私を殴りたいですね」
「「「「「 っ…… 」」」」」
「いなくなった生徒は十八名 私のクラスだけですよ こんなにサボった人は
赤松君 伊崎さん 遠藤君 海老名さん 大淵さん 加賀屋君 小島さん
佐藤さん 須藤君 菅谷君 谷村君 手島さん 戸塚さん 野々村さん 鳩山さん
麿樒君 村上君 横山君
皆さんはあの日 何処で何をしていましたか?」
誰も口を開かなかった 弱竹はほぼほぼそれが証拠だと納得する
「学級委員長の棚橋さん」
「はっ…… はい!!」
「いつもは退かずに注意を促す貴女が 何故その日だけスルーしたのでしょう?」
「っ……」
棚橋は周囲を気にする素振りをしていた
しかしここで黙っていれば 自分に飛び火するだろうと懸念した彼女は
「その十八人はある程度…… 落ちている河川敷のゴミを拾い尽くしたと言いました
なので自由時間だと言い張って姿を消したんです やる事やった人に注意は出来なかったので……」
「ノルマをクリアすれば好き勝手にして良いと? では貴女は私に何と報告しましたか?」
「……谷村君達は遠くの方までゴミを拾いに行きました ……もうそろそろ戻って来る筈です」
「何故嘘を吐いたのですか?」
「…………」
「もういいです 話を戻します
ゴミ拾いのボランティアの日 私の娘も同じ時間帯に姿を消しました
私と娘の最期の会話は〝お昼ご飯は何にしようね、クラスの皆と何か食べに行こうね〟でした」
誰とは言わないが 鎖骨周りから微量に汗が流れ始める
誰とは言わないが 机の下に隠している手は震えていた
「つまり娘は 貴方達に信頼を抱いていました
何をすべきか分からない時は聞きに行くほど
道に迷ったとき 助けを求められる人間の中には 貴方達も含まれていたんです
……これは憶測ですが 娘は十八人の内の誰かに接触したんじゃないかと私は見ています」
既に一方的な詰め将棋 ジワジワと生徒達は教師に攻められていく
「最後のチャンスです 私の娘を傷付けたのは誰ですか? 殺したのは誰ですか?」
「「「「「 ………… 」」」」」
終礼のチャイムが鳴った後も 自白する生徒は一人も現れなかった
「さすがに根拠の無い生徒を…… 教師が無闇に疑い続けるのも酷い話ですもんね?」
「「「「「 ………… 」」」」」
「なので私は教員を辞職しようと思います
……というよりも既に退職届を提出したので既に今は教師ですらありません」
「「「「「 …………?? 」」」」」
詰め寄られる行為から突然 混乱へと誘われる三十余人
すると生徒の一人がくしゃみをした 別に気にする事でもないのだが
ふとそのくしゃみをした生徒を別の生徒が凝視する
「ギャァァァァァ!!!!」
生徒の鼻とそして口から大量の血が吹き出てきた
出血してる生徒も何がなんだか分からず 分からないまま机の上に倒れる
「おいどうした鳩山!?」
「死…… 死んでる……??」
数人が弱竹の方を見た 今までしたことのない冷酷な笑みを彼女は見せる
「遅効性の毒物を今日のワクチン接種の注射に混ぜさせて頂きました
一気に殺すなら遅効性が定石ですって…… 推理小説で覚えました」
生徒の一人が廊下に出ようとドアに手を掛ける
しかし全く開かず しかも窓の向こうに見える廊下には校長が立っていた
「助けて下さい校長先生!!」
「っ……」
しかし校長は見て見ぬフリ
次第に次々と血反吐を吐瀉する生徒は倒れていき
物の数分で三十余人の死体が 教室の方々に転がっていたのだった
鍵を開けて入ってくる校長はその惨状に堪らず嘔吐する
「ご協力感謝します校長」
「私は私情に流された ただそれだけの事です」
「味方になって頂いて嬉しかったですよ これで私への過度なセクハラ行為は闇の中ですね」
「だが納得はまだしていない 本当に君は根拠も無くこれを実行したのかね?!」
「ありますよちゃんと…… 犯罪者達の動きを記録してくれた協力者がいますので」
静まった教室に響く血を叩く音 死体の中から一人の生徒が立ち上がった
「〝トロッコ問題〟はご存じで? そこの生徒はギリギリのところでレバーに手を掛けてくれたのです
大量の犯罪者達を無罪放免のまま社会に出すまいと 正義を掲げてくれました」
「っ…… まさか君が……
……警察と ……無駄かもしれないが救急車を呼びました
本当にこれで良かったんですね?」
「えぇ…… 死刑は確実…… ですが……」
弱竹はもう一度クラスの惨状を一望する そして
「アハッ……!! アハハハハ!!!!
ギャハハハハハハハハハハハハ!!!!」
他の教室から出て来た生徒達がこの状況に悲鳴を上げ
駆け付けた警察官に弱竹と校長は取り押さえられた
2025年1月9日 県立棘岬高等学校 生徒大量毒殺事件
首謀の弱竹亜純は実刑判決を下されて拘置所に送られる
だが彼女に協力した謎の生徒は姿を消す
その後の開校を再開した棘岬高校の何処にも その生徒の姿は無い




