36話 可能性
「ん、あれ?・・・鹿とペリエッタ?」
「うむ、無事に修行を終えて今帰ってきた」
「・・・・はぁああ?お前、まだ一カ月しか経ってないんだけど」
そう、マッシュに最低でも5年はかかると言われた俺の修行は、なんとわずか一カ月足らずで終了してしまったのだ。
―少し時を戻して
半月ほど経過した頃からマッシュが何も言わなくなっていたのが気になってはいた。だが、俺としては確実に強くなっているし、最初こそすぐにノックダウンしていた頃に比べれば、今では最後まで立てるまでには成長している。マッシュから修行を終了すると宣言されたのはそんな矢先の事だった。
「もうお前に教える事は無い」
5年はかかると言ったアレは何だったのだろう。と、言うよりもマッシュの言葉のニュアンスから察するに、その言葉の意味はけして良い意味で言った事が無い事が分かる。
「鹿、ソアレの言うよりお前は確かに伸びしろはあった、いや、その辺は想定以上だったと言ってもいい。お前は人が一年で到達する域にわずか半月足らずで到達してきた。正直、教えながらもゾクゾクしてたぞ」
「だが・・・急速に上がっていく伸びしろがある日を境に急に止まった。気づいていたか?」
「いや、寧ろ俺はまだまだやれるとか思っていたんだけど・・・」
マッシュは大きくかぶりを振る。
「念のため様子を見ていたが、やはりお前の成長は止まっている」
「つまり、伸びしろも恐ろしく早いがその分、その上限もすぐに頭打ちになったという事だ」
・・・・え?じゃあ、もうこれ以上頑張っても。
「お前は、これ以上は強くならない。いや、なれない」
「おそらく、お前の生命としての寿命が関係しているのだろう。人だったなら100年の中の一年は100分の1。だが、鹿としての一年は10分の1、この配分がよりお前の限界の到達点を低くしてしまったかもな」
「そう言う訳で、俺の興味もすっかり失せちまった。これ以上は無意味、修行はこれで終わりだ」
「・・・・それじゃ俺は、魔族には」
「・・・魔族と戦うなら、せいぜい足止め程度が精一杯って所だ」
・・・それから俺はやるせなく、龍玉泉を後にした。鹿にしてはよくやったと自分を褒めるべきか、それとも結局畜生風情がどれだけ努力した所で、所詮はこの程度なのかと卑屈になる気持ちが頭をごちゃごちゃにしていく。マッシュの言った言葉はショックだったが、ある意味嘘を言われるよりはマシだったのだろう。
だが、俺は今、無性に白銀に対し腹を立てている。
なにが『無限の可能性』だ。
結局、どれだけ頑張っても報われっこない。俺は元々そんな事は重々承知で生きてきた。だが、あの男の声でちょっと可能性を信じてしまった結果、また落第点を下された。
一番心が傷付くのは誰かに否定された時じゃない。
本当に辛いのは自分がダメである事を認めざる終えない事実に直面した時なのだ。
だから、そうならないよう、何事もなあなあで生きてきた。
それが凡な生き方。傷つかない唯一の生き方だったのに・・・。
鹿だから涙は出ない。だが、こうしてトボトボ歩ている中でもペリエが頭を撫でてくれるのが何とも歯がゆい。前なら俺がペリエの頭を撫でていたと言うのに・・・何故こうなった?そもそも主従関係は何処に行った?
今なら自暴自棄で肉にでもホルモンにでもなりゃいいとさえ思う。いや、さすがにそれはない。
・・・全く、何が『無限の可能性』だ。
だが、これから先、俺は一体何を頑張れと言うのだろう。
・・・・まぁ、愚痴ばかり言っても仕方ない。最後こそ冷たかったマッシュだが、こういう事を想定していたのか、切り札的なものは教えてくれた。もっともそれを使う時は・・・。
―時を戻す
「成程、それでのこのこと帰ってきた、と?」
「・・・ああ」
「そうか」
そう言うとロドリーは自分の手に思いっきり息を吹きかけている。
「おい、鹿・・・歯食いしばれよ」
バッチーン!!!
「ア“ーーーー!!!・・・・・」
・・・いきが できな・・・!
ロドリーは何を思ったか、急に俺の背中を全力で張り倒した。
殺す気かこのクソドワーフは!
「鹿のくせにしかめっ面なんかしてんじゃねーよ!限界ってのはな、超えてからが勝負なんだよ!!」
「教えた奴に何言われたか知らねーけどな、お前の事はお前しか分からねぇだろうが。上限だの限界だの言われたぐらいで諦めてるんじゃねー!」
「でも今回は時間もあまりねぇから丁度良かったわ。ほら、行くぞ」
いきなり張りてかまして怒号を起したかと思いしやすぐさま冷静になるロドリー。切り替えが怖い。
「・・・はぁはぁ(ようやく息継ぎできるようになった)、何処へ?」
「ジゲンの所だ、『人魔会談』の予定が決まった」
「・・・本当か!」
それからロドリーに色々と聞くと、ジゲンはのろりくらりと返答を遅らせ、その間、マーチル・ホーンという魔族について徹底的に調べ上げたらしい。第六魔貴族の中では最年長かつ、ごく最近に前の魔貴族を破り頭角を現してきたとの事。前評判通り、人類との繋がりも幅広く商人達は太客として良い商売をさせて貰っているとの事。「人類との共存を」という言葉は彼の一言目らしく、本気かどうか謎めいてはいるが武力行使を行わない所から、人が言っている魔族の穏健派というのは主にこの魔族の事を指しているとも言われている。
そして、ロドリー達がソアレから持ち出した情報とマーチル・ホーンが会談に望む有力な情報なるものをすり合わせた結果、やはりマーチル・ホーンは『進化の技法』を持ちだし、交渉に臨む事は確実であるとの事。マーチル・ホーンが一体何を望んでいるのかは不明だが、彼の行動から察するに、より人類と交易が可能な状態を望むのではないかという事。
そして、戦闘面では他第六魔貴族より遥かに力と技量は劣ると言われているが、『受けると必ず死ぬ魔法』という必殺の魔法を持っており、これと同時に奇策を用いて並みならぬ競合相手を葬ったと言われている。ソアレも言っていたかつてのオーレルアイゼン帝が身を挺して息子に見切った相手の心臓を斬る技と性質は良く似ているように感じた。対策無しで挑めば間違いなく全滅コースだろう。
と、言う訳で調べれば調べる程、評判通り胡散臭いヤツだという事だけが分かってくる。素性をしらべる為に一カ月費やしたというのにも納得だ。
「だが、奴には一つだけ不可解な事がある」
ジゲンは不意に呟いた。
「それは、奴が限りなく不死身であるという噂だ、受けると必ず死ぬ魔法は方法さえ分かれば対処可能らしく、現存している他の第六魔貴族には効いてない。だが、それよりも不気味なのは何度倒しても何処からかすぐに復活するという謎めいた噂の方が気になる」
「なんか聞いただけでも、そのマーチル・ホーンなる悪魔、攻守ともに最強なんじゃないのか?」
「聞いた通りだけならな」
「だが、同時にこうも思わないか?『軽い』とも」
「軽い?・・・どういう意味だ?」
「そのままの意味だ、必殺の魔法に不死身、結果は最強だがその言葉に何の重みも感じない。両極を二つくっつければ完全無敵、まるで子供にでも思いつきそうな戦略だ」
「私はこの必殺の魔法と、奴の不死、この二つは密接に何処かで繋がっているような気がしている。一介の下位魔族に過ぎなかった奴がここまでのし上がってきた秘訣、そこには何らかのからくりがあるはずだ」
からくり?一体それが何だか知らないが、必殺の魔法に不死身の体ならば今の俺とは真逆、そういうヤツこそが『無限の可能性』を秘めているんじゃないのか?俺がそんな所まで到達するのに一体何十、いや何百、何千回転生しなければならないのだろう?
まぁ、また思いつめた顔しているとロドリーから洒落にならない檄を飛ばされるので愚痴はこの辺までにしとくか。
「それで、互いにけして対等では無いと判断した為、会談は帝国王宮内で行う事にした。あとは向こうの出方次第という事だ」
「会談に臨む人選は決まっているのか?」
「私とジェミニ、他の兵団代表は部屋の中にて直立待機、念のためお前たちも別室で待機して貰う、一応客間は多く設けるつもりだが、向こうの客が多かった場合はあえて相室で待機して貰いたい」
「・・・まぁ、さすがに講和中に人を襲う奴なんて連れてこないとは思うが、きっとソアレとは違った冷酷な連中ばかりなんだろうな」
こうして、会談の手筈は着々と進み、いよいよ明日、その日が訪れようとしていた。恐らく史上初となる人と魔族との公式会談である。
その中で大きな可能性を探るきっかけが生まれるのもまた明日こそ、である・・・。
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―強欲の記憶
一方的な暴力を前に、助け合って何とか生き延びてきた仲間達も次々と冷たくなっていった。それでも強者による暴行は止まらない。躯になればその肉体が形を残す事がなくなるまで嬲は繰り返される。私は震えながら死んだ仲間の死体に隠れて震えていた・・・。最後に残ったのは本当に偶然に過ぎなかった。だが、それもそう長くは持たない、生きていると知れば連中はきっと逆上し一斉に襲い掛かるに違いない。そうなれば私は四肢を引き裂かれ、心臓だけが動いているような悲惨な目に合うかもしれない・・・。
余りの恐怖に目から大量の涙が溢れ、歯は今にもガチガチと音を鳴らしそうな程に震えていた。もう、あれ以上は気がどうにかなりそうだった。
だから、私は手に入れた。
極限の状態で、死を目の前に感じて、必死にどうすれば生き残れるかを、世界の理の全てを調べ尽くすように追い求めた。
そして、私は、溶けるように仲間の躯と一つになった。
そしてひっそりと、躯の魂の残骸の中へと身を潜める。
不条理な痛みや苦しみは全て仲間の死体が朽ち果てるまで引き受け、私はこの暴風が通り過ぎるのをただひたすら待った。
・・・・・私は、生き残った。
喘ぎに喘ぎ、ついに生きる術を手に入れた。
だが、その瞬間・・・
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
大粒の涙と共に、信じられない程の咆哮をあげ、何度も何度も地面を両手で強く叩く。大事な仲間が踏みにじられ、何も出来ずに震えるだけの自分。この世に生を受けただけなのに毎日が暴力に侵される日々。怒り、悲しみ、諦め、友情、恋愛、恐怖、そして絶望・・・全ての感情が一気に全身に流れ込み、怒りで体が震える。
「殺してやる・・・皆・・・殺して!!!」
この世に存在する魔族は一匹残らず殺し、滅ぼす。
私はあの時、神にそう誓った。
そして、私はもう既に形さえも維持してない仲間たちの躯を集め始めた。
そして、それを自分に覆い重なるように身に纏わさせた。
そして、また一枚、一枚・・・薄く・・・何重にも・・・。
死んだ仲間の無念、悲しみを無駄にせず、一緒に引きつれるように・・・。
―会談前夜
マーチル・ホーンは自分の所有する居城で昔の記憶を思い返していた。無我夢中の時はけして振り返る事も無かったが、それが今こうして鮮明に、冷静に思い返す事が出来るのは自分が紛れも無く強者へと昇り詰めたからに他ならない。最初は純粋な弔いのつもりだったはずが、今では死体が浮かぶ度にそれを回収していく。最早、それに対しての感情などは一切無い。
「・・・いよいよ、明日ですね」
血のように濃いワインを口にしながらそんな独り言を呟く。
その言葉の思惑など、今は誰も知りようも無く・・・。




