現実世界、喫茶店、久我にて
「何か、申し開きはある?」
「店員さん。ミルクティーください」
ログアウトしてから彼女から連絡があり、喫茶店で会う事になって久我に開口一番にそう言われる。
とりあえず落ち着いて店員にカフェオレを頼みながら席に着く。久我が何に怒っているのか、まだ確定していない。落ち着け私。
「これ、あなたよね。」
「かわいらしい人ですね」
彼女が取り出した小さいスマホに映った動画には、腰程にもなる長い髪。色こそ着いていないが、きちんと手入れが行き届いているらしい黒く綺麗な長い髪は、それだけで少々の高貴さすら感じる。初期装備とて、彼女の顔を整っていて、見ていて飽きない。
高貴さを感じるが、さりとて動きが遅いわけではない。噴水の中で踊るように笑う彼女。美しいだけでなく、燃えながら。
「これあなたよね」
「まぁ、リアルアバターなので。」
「お、喧嘩か?」
店員から受け取ったミルクティーを机に置きながら久我に向かう。久我はレモンティーを飲みながら悪態をついている。ストローから音を鳴らしてまで不満を知らせるところに少しかわいいと思ってしまうところに。彼女のかわいさがある。
「それで、私は具体的に何について謝罪すればよろしいので」
「先ずはあんたの嫌味ったらしいところから」
ミルクティーを飲む。ここのミルクティー美味しいな。
嫌みったらしいといわれても性格なのだから仕方ない。実際の所、私が悪いところはほぼない。久我に直接的な被害はないのだ。せいぜい物価が高くなったか、警備が強化されたくらいだろう。
「……結局何に怒ってるの?」
彼女は一息ついて、私に向かって声を荒げた。
「プレイスタイル位相談しなさいよ!!」
***
「私たち遊ぶ約束したわよね?!」
「したね。あ、店員さん、パンケーキお願いします。」
「悪役ロールプレイだって別に立派なプレイスタイルだけどさぁ!相談位してくれたっていいんじゃあないかなぁ?!」
久我は本当に不満を表すように机をバンバンと叩いて声を荒げている。
「私アンタの為に色々準備してたんだよ?!」
「準備?」
「私アンタより前に始めてたの!!」
聞くに彼女は、私にゲームが届く頃には丁度補習やテストで、最初から一緒にはできないだろうから、予めある程度進めておいたそう。
ゲーム内では彼女は優秀なのか、初日時点で学校の試験に合格した31人の内の一人らしい。魔法について調べて、図書館に入って、魔導書を手に入れて、言語について調べて、私にとって最適だろうチュートリアルチャートを組んでいたそう。
「アンタは私より優秀だから試験なんて余裕で乗り越えると思ってたのに…!」
「…まぁ、その、あなたの怒りについては理解しました。すみませんでした。」
「わかればよろしい。」
パンケーキが届いて、ナイフとフォークをさすと、ふわふわな感触が指を伝う。口に運ぶと……うん。やはり美味しい。
味わって食べていたら、対面から手が伸びてきて食べられた。
「美味しいですか?」
「私の行きつけだから美味しいに決まってるじゃない」
***
「仮称『広場の魔女』は約40秒程発火。何らかの方法で26の屋台に引火。隣接していた住居複数に延焼。被害については確認中……ってカンジ?やったね」
「消火までの時間は?」
「三時間ほどで、破壊消火。」
楽しそうな顔で紙を読む彼女は、読み終えるとケラケラと笑った。
広場の魔女とは、私の名前が分らないために仮でつけられた名前だそう。捕まっていない、魔法を使う、犯罪者を魔女とか魔人とか呼称するらしい。
「考えナシの馬鹿の間違いじゃないの?結果的にうまくいったとはいえ…」
「わかってる。衝動に任せすぎた。」
確かに、悪事をするにはヒドイ状況だった。真昼間、人が多い、人目につくような広場、仕様をあまり理解していない状態での魔法の使用。
初めて見る手段だったからこその油断。きっとあの先陣切っていた彼も、おそらくは最初の31人の内の一人……見た目は魔術師というより、騎士とか冒険者あたりであったが。
「被害甚大、単独犯、魔法の新たな仕様……プレイヤーもNPCも、上も下も顔がまっかっか。あんたもう表に出れないよ。」
「大丈夫ですよ、魔導書も手に入れましたし」
「大丈夫な訳ある訳ないでしょ?あんた言葉どうやって学ぶのよ。」
そう言って一枚手帳を捲り、幾つかの線を繋げた記号のようなものを描く。幾つかの記号を描いたかと思えば、その記号達の中心を横に一本、線を引いた。
鮮やかな筆跡だ、迷いがない。元となる字を知らないために良し悪しを判断することはできないが、おそらく綺麗と言えるだろう。
その記号を、少し記憶の中を遡って考えてみる。おおよそ記憶の中にある自然言語の中には存在しない。ゲーム中に見かけた気もしない。ちなみにこれは『自己発火』を文章で説明したものらしい。解読進捗が芳しくないのか、いまだ全文は理解できていないらしいが。
「……これは?」
「少なくとも、私の魔導書には適用された文字だよ」
曰く、魔法は便利で、何事にも代えがたき平等な技術だからこそ、いつぞや、魔術師はそれを憂いたそうだ。魔法を特別な技術で、神秘で、奇跡で、不思議なものであるべきであると。魔法を知恵あるものが使う技術だとするために。
故に、旧い慣習として、そして国としての法として『何人も魔法を妄りに使うべからず』と。
「それで、魔法について記す物は、全てをその……暗号文字で記すと?」
「そう!さすが理解が早い!私はこれを理解する為に二回試験受けたからね!」
「でも屋台のおじさんは自己発火の魔法教えてくれましたよ?」
「魔法黎明期に生まれた単純な魔法達は規制範囲外……ま『黙認』だったけどね」
「だった?」
「アンタがこれ仕出かしたからだよ!!」
そうして再びスマホに映った映像を私に見せつけてくる。やはりかわいい。
「アンタのせいで上も下も真っ赤になってるって言ったわよね、今『学院』としては魔法の規制派が強く動いてる。プレイヤー、ノンプレイヤー問わずね。」
「なんでそんな詳しいんですか?」
「コミュ障のアンタと同じにしないでくれる?それに私、腐っても『31人』の内の一人なんだけど。」
「一つ聞いてもいい?」
「なに」
「なんでキリよく『30』じゃないの?」
気分よく喋っていたのに急に苦虫を噛みつぶしたような顔をする。表情がコロコロ変わる彼女は見ていて楽しいが、機嫌がいいのか悪いのか、判断に困る。
ふと思えば、あの成績が悪い久我が、いくらゲームとはいえ始めて見る試験を……はじめて……二回試験を受けた……まさか
「まさか、久我さん」
「ま、まって!皆まで言わないで!お願い!」
「……いつも通りでしょう?」
テスト期間を終えると、職員室から聞こえる慟哭、悲鳴、あと謎の音。先生の怒号が飛び交うよりももっと大音量で、他人にすら思ってもいない事が丸わかる謝罪が聞こえるのだ。
風の噂でしか聞いたことがなかったが、土下座、謝罪、靴を舐めたり、どんな手を使ってでも再試験をもぎ取るその手腕……というか舌先三寸。
そして再試験を受けても、頑なに最低限の点しか取らない、勉強しない。故に順位は常に最下位か、それに準ずる。ついた渾名は……
「『最下位』」
「プレイヤーネーム『フラン』だよ、その称号はマコトにイカンだけどね。」
スマホで『最下位、フラン』と入力するだけで幾つかの情報がでてくる。曰く爆弾を作った女、曰く唯一ゲーム内ですら条約を適用される女、曰く化物目利き、曰く発想が人間の上限値。随分な言われようだ、私よりひどいんじゃないか。
「随分な有名人ですね、存外私の事言えないですね」
「待って、私が一番良く分かってるから。」
ログイン初日から、私と同じくらいの問題を起こしていることで様々な……というか私よりひどい二つ名がついている。意図して悪い称号も、善い称号もすべてを自ら喧伝している。ゲームだからってハイテンションになるのは、私だけではないようだ。
『芸術家』『犯罪者未満』『祭り屋』『御洒落好き』『噂好き』『ウソツキ情報屋』彼女を表す言葉が幾らでもでてくるが、やはりというか、なんというか、彼女を表す一番の言葉は『最下位』そして…
「『秀才』ですか」
「一回も名乗ったことない奴だよそれ。」
「でも二番目に有名ですよ。」
通常試験で最下位を取り、土下座をして、靴を舐めて、曲芸までして"通常試験より難しい"再試験を受けて『唯一』再試験を合格した秀才。なぜ通常試験で本気を出さないのかわからないで有名。
「アンタに比べりゃ全然凡愚ですよ~だ」
「現実でも留年してないじゃないですか、内申点がどうなってるかは知りませんけど」
「留年したらさすがに怒られるから、アンタんところもそうでしょ」
さすがに彼女の家でも留年したら怒られるようだ、怒られるだけで、別に学校をやめるとかではないところが最高に彼女らしい。おそらく留年を嫌うのも、年下と一緒になりたくないとかそういう理由に違いない。
「そういえばもう一つ久我に聞きたかったことが。」
「何について?」
久我の話を聴いていて一番わからなかったことだ。
国の法律、そして法律が作られる以前から古い慣習として残っていた、魔法の秘匿方法。記すための言語を、そもそも読めない言葉にする。確かに至極納得する方法だ。多分私でもそうする。
「これって題名も暗号化されてますよね?」
「……題名から内容が推察出来たら暗号化の意味ないじゃん」
「私の魔導書、ラテン語で書かれてたよ。なんなら英語でした」
「まっソレガチで言ってんのバカなの?!?!?!?」
***
結局その後。久我にゲームの中で一緒に遊ぶ約束。あと私のいる場所を教えて解散した。
ちなみに会計は久我が持ってくれてた。持つべきものはやはり友達である。