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煩わしい基本設定は聞き飛ばす






 夏休み一日目。当然のような顔をしながら温度計は30度近い値を指し示している。所謂猛暑日で、薄暗い私の部屋の中には蒸し暑い風が回っている。

 電気すらつけられていない部屋の中はある一点を除けばいつも通りだ。ほつれた敷布団、参考書のフリした辞書が置かれた寂れた机。豆電球がキレてからもう二、三ヵ月はつけてないライト。埃かぶったコンセント。最低限のヴァーチャルリアリティに接続する為の神経接続線。そしてバカみたいにデカい段ボール。

 親がいない間、私がせっせと隠しながら運ぶのにとても苦労したバカデカい段ボールが部屋の中心に陣取っている。中身は恐らくというかなんというか、注文通りのヴァーチャルリアリティ用のゲームデバイスなんだろうが…幾ら初めて見るにしても、小さすぎる気がする。


 『届いた?手数料はそっち持ちだからね』

 「いや、それはいいんだけど…」

 

 電話から響く彼女の声は特になんも思っていないような声だ。

 配達された時に渡された伝票は『久我 雲雀』名義となっている。彼女の本名をここで初めて知ることになるとは思わなかった。律儀に本名が入ったアカウントで注文してくれたことにただならぬ気遣いを感じる。

 それ以上に意味不明なのが、伝票に書かれている商品名が『椅子型(チェアタイプ)接続デバイス』なのだ、これは私の予算では到底買えない物だ。


 「私のお金だと買えないんだけど」

 『チェアタイプ便利なんだよ、私の好みで勝手にカスタムしたけど、文句はうけつけないからね。』

 「いや…えだから....お金は....」


 通常、VRデバイスは小型化すればするほど値段が指数関数的に増加する。莫大な演算処理を行わなければいけないうえ、精密機器であり、精神に接続する関係上。絶対に高品質にしなければいけない。当然演算処理に扱われる冷却装置や主CPUは巨大化すればするほど安定する。だからこそ値段があがるのだ。


 SF作品によくあるような『ヘッドセット』と俗に呼ばれるようなモノは、有名な大会優勝商品のようなものでようやく出来る程になる。

 一般的に用いられるゲーム用のデバイスはベッド型だ。俗に『クローゼット』だとか言われる。硬く、四角く、なんなら立ったままか横になるかを確定で強いられる。決して快適とは言えないデバイスだ。

 そしてこれは『チェア』とか『椅子』とかって呼ばれるもの、カスタム性が強く快適性が強い。カスタムが強くなればなるほど青天井に値段が上がっていくので、カスタム愛好者にとっては沼らしい。


 そして別にソフトがついていないという訳でもない。デバイスには既にダウンロードされている通知が来ている。


 段ボールから取り出して、ちょっと組み立てるだけでわかる。明らかにカスタムが過剰だ。椅子として座るだけで健やかに眠れそうだ。


 「……私が出したお金以上のお金がかかっているんだけど」

 『あっはは!一緒に遊ぶんなら最低限の格ってのがあるんだってば!あんまりにもラグすぎると一緒に遊ぶのも酷いから……』


 まるで気にするなとでもいうような豪胆な金の使い方にビックリする。容姿からしてそもそも私とは違う世界に生きていそうな彼女を選んだのはあるが、ここまで違うとすこし嫉妬してしまう。

 彼女にとってはなんでもないような金で、友達に出すなら惜しくないと考えているのか、それとも勉強を教えてもらう為にこれだけ出したのか。


 「お金はどう用意したの」

 『気合……ってのは冗談だけど、あんた私の苗字覚えてないの?私も悪い子(反抗期)ってやつだからさ』

 「あぁ~……なるほど」


 久我。どこぞの金持ちが先祖にでもいたのだろうか。私にはわからないが、とりあえず勝手に使ったと暗に言われている気がするが、私は気が付かないのだ。私も悪い子だから。うん。


 通話を続けるうちに椅子を組み立て終わり、コンセントをつないで、生活用として使うには苦労しない程度の初期設定も終わった。

 

 「初期設定始めたいんだけど」

 『了解。いったんバーチャルに入って合流、いい?』


 チェアに座ると、背中側が少しだけ熱くなったように思って。

 若干の気持ち悪さと共に、意識が落ちた。


***






 「ウェールカムヴァ―チャリティ!わははは!!!」

 「あんたテンションどうしたの」

 

 少しあきれたような声と共に後ろに振り返る。

 青い感光の後に、すこしだけ殺風景な家の中に意識が飛ぶ。あらかじめ設定された時間加速によっておおよそ現実世界での20分の1程度にまで減速しているパーソナルスペースに、唯一フレンド登録されていた久我がいた。元より名義が彼女の物なので当然と言えば当然である。

 しかし個人で時間減速が使えるデバイスでヴァーチャル空間に入る。つまるところそれはゲームデバイスによってヴァーチャル空間に入ったことと同義であり、なにより私憧れの空間である。はしゃぐなと言われる方が無茶である。ちょっとくらい頭をおかしくしてもしかたないのだ。


 「はしゃぐのはいいけど先ず基本設定終わらせてからね」

 「は~い!」


 少しばかりテンションがハイになっている私の事を置いて説明を始める。

 基本設定というのはおおよそ四つあること。『接触判定』『アバター』『アカウント』『描写設定』というのが主な分類であること。各ゲームによって詳細なものが設定できるが、大本がここを参照されるので決して適当に設定しない事。

  

 「一つ目、接触判定。これを設定しないとそもそもこの世界で物を触ることはできないから、初期設定では『1』に設定されてる。この数値が高ければ高いほど、所謂『現実度』がってやつ高い……って言われてるから....」

 「なるほど」


 ある程度聞き流して、所謂高ければ高いほど仮想空間での現実度が高いと言われてとりあえずつまみを思い切り上げるだけ上げる。

 自習用に使われるヴァーチャル空間では確か味気のない10とかそこらだった気がする。ゲームをするなら上げれるだけ上げた方がいいだろう。


 「……っていう訳で初心者は30か35位……って聞いてる?」

 「聞いてる」

 「わかった、次アバターだけど……あんたの好みでいい、自由だし」


 アバターの話で私のことをじろじろ見たら急に投げやりになった。彼女自身が御洒落だからだろうな。

 

 「次の描写設定。文字通りの設定。例えば気持ち悪い虫が『しかくくてくろいもの』になったりする。これも好み、自由でいいよ」

 「虫だけ?」

 「設定されてたらそれになるってだけだから、そこはゲームによってまちまちかな」


 とりあえずつまみを下限まで動かしてから質問する。

 小さければ小さいほど現実的になるなら、それなら上限まで動かすだろう。


 「アカウントに関しては私が設定したから、何も触らなくておーけー。よし!ようこそヴァーチャルに、これであんたは胸はってゲームの世界にいけるよ」

 「よぉし!!!それじゃあさっそく!!」

 「と言いたいところだけどちょっとストップ。」


 もういけるという言葉を貰ってから既にソフトを起動させる画面までおおよそ一秒にだって満たない時間で移動したというのに、待ったがかかる。

 振り返ってから少し不機嫌そうな顔をしていたのだろう私を見てバツが悪そうにする彼女は、私に向かって謝り始めた。


 「ごめん。私赤点で補習」


 口を開こうとしたら彼女は有無を言わさずログアウトしていった。

 忘れていたが、彼女は赤点常習犯だった。目の前には理想郷があるのに、わざわざ今日一日おあずけ....?


 「…すこしだけ、すこしだけ」


 手の上には<WSO>のパッケージがあり、もうすでに起動できる状態である。

 少しばかり手が滑って、ちょっとばかり早くプレイするだけ…


 いざ行かん!!魔法の世界へ!!

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