反抗期の始まりと一人目の共犯者
「次、8番、神出」
少しばかりひっかかりを覚える椅子から立ち上がって、私の名前を呼んだ先生の元へ歩いていく。視なくとも結果がわかるテスト用紙を受け取り、また先生が思ってもいないだろう誉め言葉が私の頭を横に通過していく。
出来もしない愛想笑いを浮かべて、そのまま元の席へ戻る。後ろではまた先生が私より後ろの生徒にむかってテスト用紙を返却する作業に戻る。
席に戻り、デカデカと描かれた赤色の数字を探すが、そこには当然のように「98」と描かれていた。二点の失点、簡単なケアレスミス。これで私は各教科、統合含めて学年で一位。一番である。
くすんだように価値が感じられない『一番』というものになるのは、私が望んだことであった筈なのに、今ではその理由だって思い出せないのは笑われてしまうかもしれない。
「次、12番、久我」
ふと、先生に呼ばれた人へ視線が向く。
いかにも不良というような姿をしている彼女。髪を染めて、ピアスを開けて、暦が夏ごろであることを考慮しても短すぎると思ってしまう短いスカート。
確か前回の中間考査のテストでは下から数えた方が早いくらいの点数だったのを覚えている。少しばかり先生と話しているのをみるところを見るに、その点数が改善されてはいないらしい。
少しだけ時間が経過して、クラスの全員とにテスト用紙を返却し終わった先生が、これからの生活…所謂夏休みというものの生活における注意にをくどくどと言っている。昔からの慣習で今も続けれているらしいが、今はもう外に出る子供なんて数えるほどにしか存在しないだろうに。
数世代前に世界へ登場した完全感覚没入型ヴァーチャルリアリティ。世界のテクノロジーは意外にも進歩が速く、おおよそ数百年先の技術とまで言われたそれが『一家庭に一台』とまで言われる普及率になったのは、きっとその娯楽が、それまであったほぼすべての娯楽への代替であったからだろう。
普及率が上がれば、問題も当然の顔をして起こるが、それ以上に金が集まる。金が集まれば研究が進む。研究が進めば、それ以上にアップデートが為される。
『時間加速』夢の技術の一つ。『永遠を一瞬に』『一瞬を永遠に』というキャッチコピーは、あまりにも有名すぎる。
もとより人の精神は時間を自由とは決して言えないまでも時間を無視した挙動をしていた。『気絶』であったり『睡眠』であったりに代表されるそれを、人間に知覚できる方法で自由に扱えるようにできたのが、ほんの数世代前。家庭に普及し始めたのはちょうど二世代ほど前である。
当時こそ無制限に使われたり、餓死者が出たりしたせいで今でこそ法律なりなんなりで制限されたらしいが、依然としてそれは技術として確立されたもの。テスト勉強で大いに私も利用させてもらうくらいには普遍的になった。
「以上!手っ取り早く言えばハメを外しすぎるな、何か問題が起きると先生も呼び出されて面倒だからな。小言もここまで!ぱぱっと夏休みにいこう!はい自由解散!」
先生の言葉と共にばらばら、がやがやとまばらに席を立ちあがり、友と一緒に帰る者。一人でささと帰る者。部活動に向かうものなどに多く分類されて、私はそのどれでもない。
既に立ち上がっている彼女に向かって足を進める。
「久我さん、ちょっと」
「っは?え、急に何…神出さん?」
さっさと帰りたかったのだろう。既に鞄を背負って席を立っている。それでは困るので、腕をがっしりと掴んでいる。
近くでみると、やっぱり私とは違う世界に生きているのかと思うほど顔が整っている。子供らしからぬ顔の整いに、それでも幼さの残る抑え目なメイク、鞄から揺れるかわいらしいキーホルダー、どれだけ細かくともワンポイントが確かにかわいいネイル、彼女を象徴するかのように映える色のついた髪。
そんな彼女に、今日こそ私は相談をしなければいけないのだ。
「貴女、ヴァーチャルリアリティに慣れてるよね」
「え?あ、あぁ…え?うん....え?」
彼女が身に着けている多くのアクセサリーは、現実で売買されているものではなく、ヴァーチャルな空間で売り買いされている商品だ。ネイル、キーホルダー、ピアス。そして多分メイク用品に至るまで、二つのブランドに固定されている。
薄すぎる理由と、ヴァーチャル慣れしていることと、それと私への関連付けがあまりよくできないのか、困惑したような表情を浮かべ顔をかしげている目の前の彼女に本題を告げる。
「私にヴァーチャルリアリティ"ゲーム"を教えて…………『反抗期』を手伝ってほしいの」
「は?なにいってんの?」
彼女は、多分今まで私が見た中で一番困惑していたと思う。
***
精神を二次元の世界へ飛ばし、あまつさえ感覚すらも再現し、ヴァーチャルショッピングも再現され、時間の支配すらほぼ可能となった人類が、そもそも単純な娯楽として見るゲームへの利用をしていないなんてコトは当然ない。
が、生活に必要な最低限の状態を再現すればいいだけの、所謂『生活用』VR機器に比べて『ゲーム用』のVRデバイスは比べ物にならないほど高かった。当然のコトながら、ヴァーチャルリアリティが普及しきった今現在の世界の中でも『ゲーム用』のデバイスは依然として嗜好品であり、高級品である。
この私『神出千才』は、所謂中流家庭の内でも、所謂下位に属する家庭に生まれた者で、生まれてこの方ゲームというものに触れたことがない。それがVRという最新技術ならば尚更だ。
今更それを恨むようなことはしないけれど。
「えぇ....と、それで『一番』に固執していたけれど、状況はちっともよくならないから…あ~……所謂反動?で爆発した....って認識でいい?」
「そういうことになる。」
がんばってテストを頑張り続けて15年、幼き頃にしたその約束を親が忘れたとか、金がないとか、生活できないとか、真面目にいきるのにゲームなんていらないとか、あんた友達いるの?とか、そういうどうでもいい理由ばかり聞かされて、私は『爆発 (しようとしている)』!!!
どや顔でそう語る私と少し対照的にしかめた顔をして私をみる久我さんは、言おうか言わまいか悩んだように口を開いたり閉じたりするのをすこしして、大きな声で言った。
「いや!一人でしろよ!!」
「そういう訳にもいかない。具体的には購入費用をあなた持ちって"体"にしたいの、もっと言えばやりたいゲームを一緒にやってくれる偽装を私が欲しいっていう我儘で……」
「…友達は…まぁいいけど……"てい"?あんた購入費用どこから出すの?」
少しばかり怪訝そうな顔をしている彼女に向かって、これまで10年間ほど貯めてきたお金を見せる。
「参考書買うって言ってくすねた金10年分……ッッ!!私はワルだ……ッッ!!」
「……あんた塾とか通ってるよね」
「一番を取り続けた信用があるからね」
あきれた表情をしている彼女に向かって、金を渡す。ついでに住所と、買ってほしいゲームの名前が書かれた紙を渡す。
「このソフトを二本分....つまりあなたの分買える上で、最高のデバイス買ってほしい。送り先住所はここに描いてあるところに」
「……一緒に遊ぶメリットないんだけど」
「あなた赤点常習犯でしょ、勉強教えるから」
少し大きなため息をついて、彼女は観念したように腕を下した。そういて私も彼女の腕を放す。
「…わかった、あんたバカね?」
「友達をもてて私は嬉しいかな」