第30話 能ある鷹は爪隠す?
「じゃ、作戦を変更するよー。
深奥の魔界の魔族が退去勧告に同意しなかったら、そして同意しても嘘をついたら、さっきの作戦通りで。本当の意味での奇襲はできないけど、交渉次第では先に手を出してもしかたがないと思う。それでいいかな、ケイディ?」
私、さっきから仏頂面になっているケイディに声を掛けた。私、こう見えて気配りできるんだからね。
「しかたない。消極的賛成だ。戦うなら先手で一掃射したいが、そもそも弾数が限られているからな。だが、相手と話が通じる前提が正しいとは思えん」
うう、やっぱりシビアだなー、ケイディは。この感じだと、弾丸の供給が潤沢ならもっと反対したのかもしれないな。
でも、消極的賛成はしてくれたんだ。
そこへ、フランが元魔王の肩の上から声を上げた。
「その細い流れを遡ると、ぼくたちの村だよ」
よし、いよいよだな。
流れを遡ってもう1時間ほど歩く。登り坂ってのは結構きつい。
賢者は杖を持っているのがデフォだし、戦士も長巻を杖にしている。もうさ、私の武器が竹のものさしでなかったら、同じように杖にできたのにね。
まぁ、それでもまだ私はいい方だ。武闘家は、手足に仕込んだ武器が重いに違いない。ケイディは銃を胸の前で抱えていてその体勢がぴくとも崩れないし、元魔王の辺見くんもフランを肩に乗せたまま黙々と歩く。
改めてみんなの歩く姿を見ていると、いいパーティーだなーって気がするよ。
とにかく、トータル10日間しか余裕がない中でこの1時間の価値は大きい。ここで、それに見合うだけの深奥の魔界の魔族の情報を得なければ、だ。
で、私たちの1時間の歩く距離は、跳ねるかずりずりとしか動くことしかできないスライムの子にとっては絶望的な距離なんだろうね。
「その岩の陰を回り込んだら村が見えます。村からもぼくたちが見えます」
その声に、私たちは立ち止まった。
「じゃあ、予定どおりで。
まずは退去勧告します」
「勇者がするの?
もう少し交渉とか、きちんとできる人の方が良くない?」
なによ、橙香。私が交渉役ができないと言いたいの?
「ほっぺた膨らませているんじゃないわよ、阿梨。アンタ、嘘つきにころっと騙されるでしょ。だから、騙されない人がいいんじゃないの?
でないと、ぽろっと言っちゃいけないことを言っちゃいそうで不安だわ」
「いいんだ、勇者で」
「えっ、なんで?」
割り込んできたケイディの言葉に、橙香は納得がいかないようだ。
「魔族ってのは魔法を使うんだろ。その中には、人の心を読む魔法だってあるかもしれない。そういうときに、裏のない真っ直ぐな考えの勇者が交渉役になってくれれば、相手の警戒レベルを上げなくて済むではないか」
「あ、なるほど。
阿梨だもんね。相手から不要に警戒はされなくて済むわ」
……どういうこと?
まさか、私が単純でウマシカだから、敵に舐められていいってことじゃないよね?
「……橙香、アンタ、『能ある鷹は爪隠す』っていうの、知らないの?」
「はいはい、知っているよ。阿梨は爪隠しているんでしょ。とりあえず、深奥の魔界の魔族との交渉、頼むわ」
ぶーーっ、なんだその赤ん坊をあやすような言い方は。なんかすごく納得がいかないぞ。
「まぁ、いきなり元魔王をぶつけるわけにもいかないし、ケイディは魔素とか魔法とかぜんぜんわからないし、これでいいんじゃない?」
賢者、消去法でみたいな感じで無理やり話をまとめたわね。
いいわ、あとで小一時間、問い詰めてやるっ。