第19話 スライムの子
「この子の口はどこ?」っていう私の質問に、元魔王の辺見くんはため息を1つついて、半分乾いたクラゲを丁寧にひっくり返した。
あ、この子、うつ伏せに倒れていたんだ。スライムの顔があるよ。
私、スライムの口にジュースをそっと垂らした。
そうしたら、口が開いたんで、とぽとぽと流し込んだ。
……すごいな。
干からびて半ば干物みたいみたいになっていたのが、ジュースを注ぐにつれてぐいぐいと膨らんでくる。不謹慎だけど、ちょっとおもしろい。
私の水筒が完全に空になるころ、スライムの子はぱんぱんに膨らんで、身体の表面はつやつやしていた。
そして、まん丸な目が開いて、ひとこと。「あー、死ぬかと思った」だって。
この子を取り囲んでいたみんなから、笑い声が漏れた。
「あんたね、ありがとうぐらい言いなさいよ」
私の言葉に、スライムの子はぱよんぱよんってその身を揺らして、「ありがとうございます!」って叫んだ。元魔王に向けて、よ。
「なんでよ?
助けてあげたのは私じゃん」
「あなた、ぼくを殺そうとしましたよね?
それに、後頭部に水を注がれても生き返れませんでしたから。ぼくを優しく起こしてくださったのは、魔王様ですよ」
「……アンタ、子供のくせに魔王を知っているの?」
私の質問に、スライムの子は丸い目を瞬かせた。
「ぼくのことを『余の民』なんて言うのは、魔王様しかいませんよ。そして、この辺りの魔族で、魔王様を知らない者はいません。魔王様のおかげで、ぼくも生まれてこれたと聞いています」
「ふーん。それはご飯的な意味で?」
これは、私、元魔王のやった政策を聞いていたからだ。
「はい。食べものがたくさんある幸せを、ぼくの両親はよく話してくれました」
……なるほど。
元魔王ってば、現役魔王時代には本当に善政を敷いていたんだね。やったことが語り継がれ、こんな子供にまで慕われているだなんて。
「それよりさ、アンタ、どこの子?」
そう聞いたのは橙香だ。
「村なり町なりが近いなら、送ってあげるから。親御さんだって心配しているでしょ?
こんなところで干からびていただなんて、知っているはずがないんだから」
と、さらに言葉を続けけど、スライムの子は身体を左右に振った。
「村に大人のスライムはいません」
「なんで?」
「この国を攻めてくる魔族と戦うため、揃って魔王城に行っちゃいました」
ああ、あのスライム部隊は、この子の親御さんたちだったんだ。どおりで教育費の話なんかしていたわけだ。
「大人の数人ぐらいは、村に残しておいた方が良かったんじゃない?」
賢者の問いに、スライムの子は下を向いた。
「魔王様が怖いから、全員で行くって。で、半分死んじゃっても、村の将来が安堵されるならその方が見返りが大きいからって」
「……封建制だねぇ」
……歴史の時間にやったよね、ソレ。御恩と奉公だっけ?
「こういうこと、村では初めてじゃないから、ぼくたちはお留守番していたんです。だけど……」
そこで、宇尾くんが口を挟んだ。
「まさか、村になんか事件があったのかな?
で、大人にそのことについて知らせるために、お前は村から出たのかい?」
その問いに、スライムの子はぴょんぴょんと跳ねた。
ああ、図星なんだ。