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こえしば  作者: YB


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17/21

#17 バカみたいに眠らない夜

☆月島月華


 白い蛍光灯が唸る白真弓商業高校の教室は正午の熱気を含み、窓のカーテンが風でふわりと揺れる。

 このクソ熱い岐阜県で冷房がないとか、わたしの高校はマジで終わってると思う。岐阜の暑さをなめるな、知事め。

「明日は県大会だ。どうせ、初戦で敗退するだろうし、むしろ県大会出場できることが奇跡みたいなもんだけど、明日は一回戦だけがんばるように。間違っても、全国大会に行くなよ。これ、マジだからな。私の貴重な夏休みをこれ以上、削らないでくれ。セキロウの怨嗟の鬼をクリアしないと積みゲーが高くなる一方なんだ」

 顧問の月島琥珀‥‥‥わたしの残念な叔母が真剣なまなざしで身もふたもないことを言った。

「こはてぃ、ないわぁー」

 ブリーチかかった前髪を上げた二年のギャル、真田芹奈が目を細めて冷たい口調で言った。

「まぁまぁ、万年地区大会敗退のわたしたちにはこれぐらいがいいかなぁ」

 部長の優乃が、丸顔にぎこちない笑みを浮かべながら両手を小さく振る。

「マイペースでがんばりましょう、はい」

 季節外れの厚着パーカーの紀子がボソボソとこぼす。

「んごぉ‥‥‥」

 すっかり日焼けしたこあらがいつも通り言った。

 そして、なんとなくみんなの視線がわたしに集まる。わたしは鼻で笑って、肩をすくんでみせる。

 ‥‥‥あれ、何を話せばいいんだろう。わたしが勝つのは当たり前だけど。正直、このメンバーで団体戦は厳しい。

 かといって、うちの残念な叔母のように「負けてくれ」なんて言うのはおかしい。

 わたしはしばらく考える。そして「あっ!」と思いつく。

「あのさ、わたしも泊めなさいよ」

 みんなが「え!?」と同時に声をあげた。

「ルナを泊めたんでしょ? だったら、わたしも泊めなさいよ」

 わたしはこあらをにらみつける。

「は? なんでやねん!」

 こあらからエセ関西弁が返ってくる。

「遅刻しちゃうかもだし」

「いややっ!」

 なによ! そこまで、拒否しなくてもいいのに。わたしは紀子に視線を移す。

 紀子は目を泳がせるが、すぐ観念してパーカーの袖をギュッと握る。

「‥‥‥うち、来ますか? 遅刻されても困りますし」

 すると、さっきまで心底嫌そうな顔していたこあらが手を上げる。

「ええやん! わいも泊まる」

「え?」とすかさず紀子。

 わたしは腰に手をあてて、ため息をつく。

「ほんと、こあらは調子いいんだから。じゃあ、あとで紀子んち集合ね」

 紀子はうつむき、力のない笑みを浮かべる。

「‥‥母にも言っておきますよ、はい」

 窓の外では入道雲がもっさりと動いていた。わたしの胸にじんわりと熱が広がる。

「部長と芹奈はどうする?」

 二人はわたしから視線をそらし、固い笑みを浮かべ首を小さく横に振った。

   

 友達の家でお泊り‥‥ほんのちょっとだけ楽しみかも。



☆中田紀子


 インターフォンが鳴り、玄関のドアを開けるとそこには月華さんとこあらさんが登山でも行くようなリュックを背負って立っていました。

 わたしは嫌な気配を感じつつも、スリッパを並べて「どうぞ」と招き入れました。

「なーんだ、紀子んち普通の家じゃん」

 月華さんがそう言って、スリッパを履かずにズカズカと家の中に入ってきます。

「んごー」

 こあらさんもスリッパを履きませんでした。

 ‥‥‥さすが変な女の子の代表格。今回のお泊まりは並大抵の覚悟では務まりません。

「階段の突き当たりがわたしの部屋です」

 そう教えると、月華さんとこあらさんは突然走り出し、「紀子の部屋まで競争ね」「おん」とか言う始末です。

 廊下のリビングドアから母と妹がこちらをのぞき込んでいました。そして、小声で話しかけてきます。

「本物の月島さん。あんた、本当に同じ学校なんだね〜」

「サイン欲しい!」

 母と妹が好き勝手に言ってくれます。何を隠そう、我が家はみんな月島月華のファンです。わたしの家族は中学こえしば大会の帰り道なんかずっと「月島月華はすごい!」と盛り上がるぐらいです。

 ‥‥‥わたしの応援は?

 と、寂しい気持ちにもなりましたが、月華さんは本当にすごいので仕方がありません。

「大会終わったら、聞いてみますから。今日はそっとしておいてください」

 わたしは母と妹に語りかけました。

「メロン持っていくね」

「月島月華に肩たたきする!」

 二人の返事を聞き、わたしは首を大きく横に振りました。

「あまり刺激しないでください。噛まれますよ」



   ×   ×   ×



 二階に上がって、自分の部屋のドアを開けると、さっそく月華さんとこあらさんがベッドの上でプロレスをしていました。

 ええ、驚きませんし、怒りも湧きません。二人が泊まりに来るということがどういうことか。わたしの予想を範疇です。

 ギブミー桜森ルナ‥‥‥桜森さんがいてくれたら‥‥‥いや、もっと暴れるに違いありません。

 わたしは関節を取り合う二人をよそに、秘策の準備をします。普段はリビングに置いてあるニンテンドースイッチです。

 二人が泊まりに来ることが確定した瞬間、わたしは家族にメールを送り、今晩のスイッチの独占権を獲得しました。勝負事が好きな月華さんとこあらさんです。ほっとけば、わたしの部屋でやきうの試合をすることは容易に想像できます。

 わたしはスイッチを起動しました。モニターにスーパーマリオパーティーが映し出されます。

 聞こえるように咳払いをして、わたしは二人に声をかけます。

「マリオパーティーで最下位の人が腕立て伏せ百回です。ちなみに、わたしマリオパーティーめっちゃ得意です。お二人には絶対に負ける気がしません。ハンデはどうしますか?」

 わたしのベッドの上でマウント(物理)を取り合う月華さんとこあらさんがピタリと動きを止めます。

 そして、わたしのことをじっとにらみつけました。

「はあ? わたしもスーファミのマリオパーティー得意だったし」

 月華さん、そう言いますが‥‥‥マリオパーティーはスーファミにはありません。

「せや。わいもスーファミでマリオペーティーやり込んだわ」

 こあらさんもドヤってきますが、以下略。

 わたしはジョイコンを二人に差し出しました。

「一回目は練習で。二回目から罰ゲームありでやりましょう」

 ‥‥‥明日は県大会。マリオパーティーなんかやってる場合ではありません。大会前夜は早めにベッドに入って、台本とにらめっことしているはずです。でも、それどころではありません。とにかく、二人を疲れさせて、さっさと寝床につかせないことにはこの夜は越えられません。



 ───正月の親族マリオパーティー覇者のわたしにかかれば、二人を寝かせることは簡単です



 月華さんは七百回、こあらさんは四百回。腕立て伏せの累計はすでに千回を超え、時計は23時を回っていました。エアコンを効かせていますが、二人から湯気が湧き立っています。わたしの部屋は換気が良くないので、なんとも言えない空気です。

 12回目のマリオパーティー。月華さんとこあらさんは、順位などおかまいなく、わたしからメダルとスターを奪い続けてきます。ミニゲーム前なんか、わたしを倒すためにコソコソと耳打ちをする始末です。

 最初はワーワーッ! 叫びながらコントロールを振り回していた二人もさすがに口数は減りました。

 瞳を充血させて、わたしのコインの数を呪文のように唱えています。

「なあ、ノッリ。どうやったら勝てるん?」

 唐突にこあらさんが問いかけてきました。

「我が家はお年玉の支給額がマリオパーティーの順位で変わってきますから」

 わたしが答えると、こあらさんは「ちゃうわ!」と声を上げました。

「こえしばってどうやって勝つん?」

「教えてあげよっか?」

「ツッキには聞いてへん」

「はあ?」

 月華さんがクッパにコインを払って、こあらさんからスターを奪いました。

「ツッキ! 同盟は!」

 こあらさんが月華さんに殴りかかりそうな勢いです。わたしは「こえしばの勝ち方はっ!」とわざと大きな声で口にします。流血沙汰だけは勘弁してください。

「こえしばの審査基準は全部で6項目です。こあらさん、とりあえず落ち着いてください。リアル月華さんを殴ってもスターは返ってきません」

「おーーーん」

「ざまあ笑」

「月華さん、話をややこしくしないでください」

「おーん」と月華さん。

「真似すんなや!」

 なかなか尽きない二人の体力にもどかしさを覚えながら、わたしはこえしばの審査基準について説明をします。


『声が大きいか』───もちろん、ただ大きいだけではいけません。しかし、声が小さいのは論外です。息が続かなかったり、語尾で呼吸をしゃくってしまったり、叫ぶときに声が裏返ったり、のどに絡まってしまったりもいけません。アニメやゲームでセリフの掛け合いが不自然に聞こえる場合、誰かの声が小さいせいで無理やりマイクのレベルを上げているのかも知れません。

 声の大きさは練習次第でなんとでもなります。でも、高校で声のお芝居を始めた人が最初に当たるハードルかも知れません。習慣的に大きな声を出すなんて普通の人はしませんからね。


『感情を刻めているか』───これは最初に説明しましたよね。セリフの感情を探すこと、そしてセリフの感情を刻むこと。作品に対する読解力ともとれます。セリフを暗記して、タイミングに合わせてお芝居しても、それはただ元気がいい人です。声優とは呼べません。自分勝手に感情を探すのもダメです。台本には監督さんが刻んだ感情が絶対に存在しています。それを見つけ出し、声のお芝居にすることが声優の技術です。


『日本語を理解しているか』───日本のアニメやゲームは日本語でできています。セリフを正確に伝えたいなら正しい日本語が大切です。

 よく聞く話ですが、声優さんがニュースのナレーションを読み上げると、事件の内容が頭に入ってこないことがあります。これは、声優さんが事件の内容や社会に与える影響など理解せず、渡された台本を読み上げているからです。事件の意味することを想像できないと、どれだけ台本を丁寧に読み上げても、それは正しい日本語にはなりません。漢字や文法の勉強は必須です。たくさん、本を読んで辞書をひくことが一番の近道です。


『他人の芝居を聞けているか』───一人芝居や朗読はさておき‥‥‥基本的にお芝居は一人ではできません。相手が必ずいます。台本を片手に事前練習する時、相手のお芝居をなんとなく想像すると思います。しかし、これは断言できますが、自分の想像通りに相手がお芝居することなんてありえません。だから、練習通りには絶対にいきません。本番、相手の芝居を聞き、そして自分の芝居を聞かせ、そこからは探り合いです。

 でも目的は一緒のはず‥‥‥みんな、少しでも面白い作品にしたいんです。だから、恐がらずに想像以上のお芝居に飛び込んでみましょう。


『個性があるか』───こえしばという競技に声質は評価にはいりません。萌え声や低音ボイスみたいな特徴的な声質が有利ということはありません。ただ、やはり個性は見られます。特に大会で同じ審査員に何度も審査される場合、作品ごとに役を演じ分けられているか。これは厳しくチェックされます。

 プロの現場でも同じです。いつも同じ声、同じお芝居しかできない声優さんが売れ続けるのは難しいです。仕事の途切れない声優さんの『役作り』はすごいですよ。四六時中、寝てる時でさえ役作りしています。声帯作りは当然として、作品の世界観や歴史、作者が考えてもいないキャラの設定なんかを永遠に考え続けています。

 声質は個性ではありません。ただの波形です。どれだけ深く役作りできるかが個性です。


『何を作っているか理解しているか』───こえしばのように競技用のアニメは分かりやすいです。勝つための声のお芝居という明確な目的がありますからね。

 しかし、作品はアニメやゲーム、ボイスドラマ、朗読、ナレーション、吹き替え‥‥‥まあ、たくさん種類があります。声優の仕事はただ台本を読み、役を演じることではありません。作品を作る手助けをすることです。だから、自分が演じさせて頂く作品が、どういう目的で、どういう表現で、どういうコンテンツで、どういう人に向けて、作られているか理解しなくてはいけません。

 アニメの声優をやってみたいのに、アニメの作り方に興味がないなんておかしいじゃないですか。



「声の大きさ、感情の刻みかた、日本語の理解、他人の芝居が聞けるか、個性があるか、何を作っているか理解しているか。以上の6項目がこえしばの審査基準です。審査員は音響監督やアニメ監督、声優事務所の幹部、現役の声優さんや俳優さんなど。その顔ぶれで大会の格が決まります。地区大会は比較的無名の人たちでしたが、全国大会はアニメ業界のトップが揃うので、それだけでこえしば愛好家たちは大騒ぎになります。もっとも、今のわたしたちには無縁の話ですけど」

 マリオパーティーのサイコロはこあらさんの番で止まっていました。

 こあらさんは腕を組み、男梅みたいに顔を真っ赤にしています。

「‥‥‥わからん」

 月華さんがこあらさんの肩に掴みかかり、ウザ絡みをします。

「わたしが教えてあげよっか? いい? 殺せばいいのよ。そしたら、生き残ってる奴の勝ち、イエーイ! 優勝!」

「うざ、死ね!」

 こあらさんが月華さんを引き剥がしました。

「月華さん、もしかして眠いのでは? なんかテンションおかしいですよ」

 わたしは慎重に問いかけました。駄目だ、まだ笑うな、こらえるんだ‥‥‥あ、夜神月です。

 計画は順調そうに見えますが‥‥‥月華さんが上着とパンツを脱ぎ捨てて下着姿になりました。

 え、なぜに‥‥‥。

「それがね、ぜーんぜん、眠くないのよ! 今から海行かない? 砂浜を走って、イルカと並走するの!」

「岐阜県に海はありません。そろそろ、眠りましょうか」

 わたしは冷や汗を感じながら、ニンテンドースイッチとテーブルを片付け、母から支給された敷布団を広げます。

 こあらさんが「おーん」口にしてゴロンと転がります。そのまま、布団に顔を埋めて動かなくなりました。

 すると、下着姿の月華さんが「こあら〜」と言って、背中を揺さぶり始めます。

 わたしには遊園地前夜の幼児モードに突入してしまった月華さんを止める術はありません。午前中にやきうの練習して、すぐうちにやってきて、騒ぎながらゲームして、腕立て七百回したのに、月華さんに眠る気配は微塵もやってきません。

 わたしは現実逃避するようにベッドに横になり、かけ布団をかぶってまぶたを閉じました。月華さんがこのまま静かになってくれることを、かすかな期待にすがるように願いながら。

「紀子〜、もっとゲームしよ〜」

 月華さんがわたしの布団の中に入ってきて、抱きついてきました。

「月華さん、キャラブレてますよ! 潔癖症キャラはどこいったんですか!?」

「紀子は特別〜♪」

「こっわ」

「‥‥ぐぅ‥‥ぐぅ‥‥」

「あ、こあらさん眠りましたね。わたしたちも明日に備えて眠りましょう」

 月華さんはベッドから起き上がり、今度はこあらさんに抱きつきました。

「こあら、寝るんじゃないわよ! ほら、今からやきうするわよ!」

「‥‥フゴッ! やきう!?」

 そんなこんなで、全裸になった月華さんは朝までわたしたちを叩き起こし続け、けっきょく一睡もできないまま家を出ることになりました。



⭐︎月島月華


 ───まもなく、岐阜、岐阜です。JR高山本線はお乗り換えです


 ハッと目を覚ますと、朝の陽光が差し込む電車の中だった。わたしは唾液で濡れた口を隣で眠る紀子のジャージで拭き取り、周囲を見渡す。わたしたち以外、人はいない。車窓には住宅の屋根が流れている。

 反対隣ではこあらがわたしの制服によだれを垂らして眠っていた。

 突然、ピピピッと眠っている紀子の手が持つスマホが音を鳴らす。

 わたしは目を擦りながら、紀子のスマホのアラームを止めた。途端に、車輪がきしむ音とともに電車が速度を落とし、岐阜駅のホームが視界に近づいてくる。

「‥‥あっ、おりなきゃ! こあら、起きなさい!」

 こあらが「フゴッ」と鼻を鳴らして体を起こす。

 電車が完全に停車し、プシューとドアを開く。

 わたしはこあらの手を引っ張って、岐阜駅に降り立った。

「危なっ、乗り過ごすとこだった‥‥‥ちょっと、こあら。もたれかかるな」

 こあらがわたしの肩にでこをつき立ったまま眠っていた。鼻をつまんで無理やり起こしてやる。

「自分で歩きなさい」

 こあらが目をシュバシュバさせながら、ようやく自分で起立する。そして、わたしの顔と周囲を交互に見比べる。

「‥‥‥おん? ノッリは?」

「あ」





コンテンツの違いを意識できていますか? アニメとゲームと吹き替えは別種目です。ナレーションやアテレコなんかになると、もう別競技です。でも、不思議なことに上手い人は全部できてしまうんですよね。歌って踊ってまでやり始めると、さすがに別業種な気もしますけど。今は舞台挨拶やイベントステージなんかもありますし。声優以外の仕事が増えすぎて、声優の技術が評価されなくなってきてると感じます。

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