#16 ライバル
☆桜森ルナ
朝だ。わたしは重たい体を起こしてポカンと周りを見渡す。黒と灰色のスポンジみたいな壁が音を吸い込んでいて、時間の流れが止まったみたいな部屋だ。
こたつテーブルに目をやると、昨日と同じ位置に紀子が座っていた。
パーカー付きのジャージ姿で背筋を伸ばし、アニメの原画を描いている。テーブルの上のスタンドライトが柔らかく光っていて、紀子のほほが白く照らされているの。
「あ、桜森さん」
わたしに気づいた紀子が顔をあげる。力のある瞳は見ていると落ち着きを与えてくれる。
「紀子、今日もやきう部の練習行ってもいい?」
わたしがそう言うと、紀子は手を止めてこたつの上の原画用紙をそろえたの。
「‥‥桜森さん、もう夕方です。練習はとっくに終わりました」
「え?」
わたしは口を開けたまま固まってしまった。朝だと思っていたのに、なぜ‥‥。
「わたし、ずっと寝てたの?」
わたしがそう言うと、紀子は困ったように視線を落とす。
「はい、お疲れだったんだと思います」
「そっかぁ‥‥」
わたしはシーツのしわをギュって握ったの。自分だけ取り残されたみたいで、胸がモヤモヤとする。
なぜだか、月華の顔が思い浮かんだ。あの、一切も動じない月華の横顔が、わたしの焦燥感をかりたてる。
「月華は‥‥月華は?」
「今日も遅刻してきましたけど、誰よりも走って、誰よりもこえしばの練習して、それからアルバイトに行きましたよ」
紀子は当然の出来事であるように淡々と言った。
わたしが疲れて半日寝ているあいだ、月華はきつい練習をして、アルバイトまでしている‥‥遅刻はするけど。
「ねえ、月華ってすごい?」
紀子に問いかける。
───月華はすごいのっ!
わたしは中学校でも高校でも、こえしば部の同級生にそう伝えた。
しかし、同級生たちは『月島月華』の話をすると、目をそらしめんどくさそうに決まってこう答える。
「あの子は特別だから」
‥‥‥月華は特別なんかじゃない。月華は月華だ。だから、月華はすごいの。
わたしが何度そう言い返しても、誰も月華のことを見てくれない。
だから、わたしが見るしかない。ずっと、ずっと月華を見てきたの。
「月華さんはすごいですよ! 圧倒的です。台本は一回流し読みするだけで覚えてしまうし、大声出しながら八百メートル全力疾走できるし、何気に国語得意ですし、お芝居なんか言わずもがな! 最強ですよ、最強っ! 天才! 唯一無二!」
紀子が興奮してそうまくしたてる。わたしは予想外の返事に驚いてしまったの。
「わたしなんか‥‥わたしなんか、月華さんについていくのに毎日必死です」
わたしはシーツを投げ飛ばして、ベッドから思い切り立ち上がった。
そして、紀子の瞳を正面から見つめる。
「月華に会いたい!」
そう声に出していた。胸の高鳴りは、月華と戦う前夜に似たようなもの。
紀子はゆっくりとうなずき、わたしの心を見透かしたように口にする。
「はい、月華さんに会いに松野寿司に行きましょうか。バイトしてると思います」
わたしの胸は苦しいぐらいドキドキしていたの。
「今すぐ月華に会いたい!」
☆桜森ルナ
紀子と一緒に松野寿司ののれんをくぐる。店内はひんやりとした木の香りがして、カウンターにずらりと並んだお皿が目にはいったの。
「あぁ、のりちゃんとルナちゃん。いらっしゃい、聞いてるわよ」
こあらのお母さんがそう言って、カウンターの奥へと案内してくれる。
そこにはすでにこあらがいて、わたしたちに気づくと、「んごー」と手を振った。
わたしたちはこあらの隣の席に腰を落ちつかせる。
「こあらさん、勝ちましたか?」
紀子がこあらに言った。
「‥‥‥あかん、自力優勝消えた」
スマホを眺めて険しい顔するこあらが答える。
「まだCSの可能性はありますよ。がんばりましょう」
「おーん」
カウンター越しの厨房では月華が大きなヒラメをさばいていた。
わたしは目が奪われる。包丁を握る手つきには無駄がなく、ひとつひとつの動作が舞台の所作みたいにきれいだった。
ヒラメはあっというまに五枚におろされて、月華は切れ身をさいていく。
これは、お芝居だ。わたしはなぜかそう思った。
月華はアルバイトをしている時だって、やきうをしている時だって、ずっとお芝居をしている。
月華はいつでも“月島月華”を演じている。そう気づいた瞬間、背筋がすうっと冷えたの。
───わたしはこんな風になれない
でも、近づきたい。わたしにとって月華は憧れだから。
「月華っ!」
わたしは声を張り上げる。
ヒラメをさばき終えた月華がこちらに振り向く。
「あ、まだいたんだ」
月華と目が合う。ぞっとするぐらい整った美しい顔。板前服が全然似合っていない。
「今日、泊めてっ!」
緊張でのどがカラカラしていたの。それでも言えた、なんとか言えた!
「え? 嫌だけど‥‥」
「ほえ?」
月華はまゆひとつ動かさずに平然と答えた。わたしは断られる未来を想像していなかったので、文字通り言葉をなくした。
「帰ったら虫可と電話しなきゃだし。わたし、一人じゃないと寝れないし」
「なんで!?」
わたしは声を震わせる。視界がぼやけて月華が滲んでいく。
「ルッナ、泣くんか?」
「月華さんに泣き脅しは通じませんよ」
こあらと紀子が好き勝手に口にする。
わたしは鼻をすすって、袖で涙を拭った。月華はまな板を水でゆすいでいる。本当にわたしのことなんか興味がないようだった。
チリン‥‥と、松野寿司の入り口の小さな鈴が鳴った。
わたしは思わず、鈴の音がしたほうに顔を向ける。
そこには見慣れた二人の少女が立っていた。
背筋を凛と伸ばしたポニーテールの女の子。戦巫女のように勇敢で強者のたたずまい。その鋭い眼差しがわたしをにらみつける。
───古館戦姫。常陸岩芸能高校3年、こえしば部の部長。昨年の全国こえしば高校大会の団体、個人の優勝経験者。高校こえしばの現王者にして、わたしの世話役。
戦姫のすぐ後ろ、ひっそりと寄り添うように立つもう一人の少女。頭の両側に大きな綿菓子のような団子を結っていて、表情は特別なにかあるわけでもない。とらえどころのない女の子。
───七つ墓火垂。常陸岩高校3年、こえしば部の副部長。昨年の全国こえしば大会個人3位。わたしはまだ火垂と話したことがないの。
戦姫と火垂はわたしに気づくとズカズカとこちらにやってくる。そして、カウンター席のわたしの前に立った。
「桜森、帰るぞ」
戦姫が微笑みを浮かべて優しく言った。鋭さとは裏腹に戦姫はいつでも優しい。わたしが練習をサボっても怒られたことは一度もないの。
後ろに控える火垂はクスクスと笑っている。たぶん、三葉だと思う。
「あのっ! 古館さん、七つ墓さん‥‥サインいただけませんか?」
隣の紀子が割りばしの袋を差し出し言った。戦姫と火垂は一瞥くれただけで何も答えなかった。
「嫌っ! 今日は月華んちに泊まるんだから!」
わたしはプイっとそっぽ向く。白真弓高校でやきうとこえしばをやっていくの! こっちのほうが家から近いし!
戦姫が肩で息をついて、「桜森‥‥」とわたしの名前を呼ぶけど、すぐ諦めたように首を横に振った。
「桜森を説得するのは難しいな‥‥だから、申し訳ないのだが」
戦姫が厨房の月華を見つめる。月華はしゃもじでしゃりをこねていた。
「月島月華、今からわたしとこえしばで戦ってくれないか?」
戦姫が挑むようでありながら、どこか期待を込めるように言った。
月華がしゃもじを置いて、露骨に不機嫌な顔をする。
「あー? 見てわかんない? バイトの邪魔すんじゃないわよ」
戦姫と月華がこえしばで戦うの?
わたしはその言葉の意味が理解できなかったの。
「月島、お前の手、油でテカってるぞ。そんな奴に、桜森を預けられないな」
「はあ? 喧嘩売ってんの?」
「あぁ、売ってる。だから、わたしと戦え」
「意味不明、死ね」
カウンターテーブルを挟んで、月華と戦姫がにらみ合う。わたしは状況がうまくのみ込めないの。
どうして月華と戦姫が戦うの?
先ほどまでにぎわっていた松野寿司の店内は静まり返っていたの。湯気のたつ茶碗蒸しも、氷の上の五枚におろされたヒラメも、リモコンの一時停止のように動きを失う。
月華も戦姫もめちゃくちゃ美形だ。そんな二人がにらみ合う姿は、見慣れたわたしでさえ時間を奪われた。
誰も動けない───そういう空気を打ち破ったのはこあらの一声だった。
「ええやん! おもしろそうやんけ!」
こあらは両手を叩いて立ち上がり、鼻をフンスカと鳴らした。
「はあ?! ふざけんじゃないわよ」
月華がすかさず言い返すが、口角がわずかにあがっているのをわたしは見逃さなかったの。なんでか、少し嬉しそうにみえた。
「近くに高架下がありましたよね。そこだったら、声出してもご近所迷惑にならないと思います」
紀子は落ち着いた声で言った。この展開を最初から予測していたようだったの。
松野寿司の大将が渋い声をあげる。
「喧嘩なら外でやれ。月島、今日はもういいからあがれ」
「時給は?」
月華が言った。
「おめえ‥‥つけてやるから、とっととどっか行け」
「おつしたー」
月華が白い和帽子を脱いで、カウンターから出てくる。
「で、わたしのツラ借りたいのは誰だっけ? 時給分なら相手してあげる」
× × ×
高架下は夜の商店街から少しだけ外れた場所だったの。
巨大なコンクリートの柱が間隔を揃えて並び、冷たい街灯をまとい灰青にくすんでいる。
川はすぐそこを流れている。ゆるい流れに引かれながら、どこか果てへと続いていた。
頭上に電車が通る。車輪がレールを噛む固い音が反響し、水面に吸い込まれていく。
わたしは隣にたたずむ紀子とこあらの服の裾を握った。そして、前を見る。
月光に照らされた戦姫と月華はまるでアニメのヒロインだ。存在感が違う。
戦姫は背筋を凛と伸ばし、黒髪のポニーテールを風に揺らす。肩のとりかたも、つま先の向きでさえ、一切の迷いがない。
月華は場に似つかわない割烹着姿で、だるそうに立っている。
わたしは恐かった。しかし理由を探しても喉元でつっかえて分からない。強大な何かに支配されて今すぐ『わーっ!』って叫んで、どこかに逃げたくなってしまう。
わたしがこの場に踏みとどまれたのは、紀子とこあらが平然と月華を見つめていたからだと思う。二人にとって、この状況は日常とでも言わんようだった。
「闇の先が笑っているわ‥‥やな感じ」
数歩先の七つ墓火垂が目を細めて言った。たぶん、これは死異子だ。
頭上をまた電車が通りすぎる。一定拍子のガタンゴトン。戦姫が覚悟を決めるように口にする。
「月島月華、課題アニメはどうする? 対話劇ならなんでもいいぞ」
月華は戦姫の覚悟なんてどうでもいいように答える。
「勝手にすれば? さっさと帰りたいんだけど」
戦姫がクスクスと笑みを浮かべる。
「その鼻っ柱をへし折れると思うと楽しみだよ」
「‥‥殺す」
月華の周囲の空気が黒く染めあがる。猛烈なプレッシャー。月華と対峙するということは、夜そのものを敵にするに等しい。
戦姫が前に出て、七色のオーラを放つ。サラブレットのみが許された七光り。遺伝という最強のステータス。
「聞こえるか、レン? お前の胸の鼓動が」
戦姫が声色を変えて、アキになりきって声の芝居を始める、
───課題アニメ『二つの鼓動』 監督・二瓶赤星
同じ未来を目指すことができないアキとレン。レンは自分の理想のために親友を突き放す。
昨年の冬、戦姫が全国こえしば個人大会決勝で演じた課題アニメ。北のヒーロー、千代富士高校の柊木神子に僅差の勝利をおさめた伝説的な課題アニメ。
空気が重たくなる。戦姫がアキの熱になりきっている。舌先が子音をはじき、母音をだす。遺伝一つで説明のつかない、たゆまない声の芝居。これが常勝・常陸岩高校の歴代最強と名高い部長、古館戦姫の芝居だ。
月華は目を伏せていた。一拍、二拍、三拍‥‥そして、訪れる‥‥いや、呼び起こすのは闇。
「うるさい」
月華にレンが落ちてくる。落ち葉のような、鋼のような相手を殺す演技。
「そんなもの聞きたくない」
わたしが殺されそうだ。映像も台本も見ずに唐突に始まった声の芝居は頭の中で勝手にアニメを作って、視界に映し出したの。
「月華はなんでできるの?」
戦姫が適当に演じた課題アニメをなぜ月華は迷いなく演じることができるの?
「すごいですよね、月華さん。台本もボールドのタイミングを全部丸暗記してるんですから」
紀子はさも当然のように言った。わたしはその言葉の意味が理解できないの。課題アニメを丸暗記? セリフだけじゃなくて、タイミングまで?
戦姫が月華に向かって歩みだす。そして、眉間を前に突き出す。
「聞こえるだろ、俺の胸の高鳴りが! お前だって同じはずだ!」
「同じじゃないさ。お前は熱すぎる。すぐ燃え尽きる」
呼吸ができない。戦姫と月華の声に当てられて、わたしの胸の鼓動は今まで感じたことないぐらい早まっていた。
───月華、めちゃくちゃ上手くなってる。わたしが走るのが嫌でごねているあいだに、月華は指先すら届かないぐらい先に行ってしまっているの‥‥
わたしは紀子とこあらを握っていた手を放し、戦姫と月華をあいだに割って入った。
「やめてっ! お願い、もうやめてっ! わたし、帰るからっ!」
叫んだ瞬間、視界がぼやけて涙がポロポロとこぼれたの。でも、関係ない! そんなことより、言いたいことがあるの!
「戦姫、ごめんなさい。わたし、帰るから‥‥練習、がんばるから」
涙が止まらない。ジャージの裾を握って、歯を喰いしばって、なんとか言葉をひねりだす。
「だからっ! だからっ、月華を倒すのはわたしなのっ! 余計なことしないでっ! わたしがやっけるんだからっ!」
戦姫がゆっくりとわたしに近づいてくる。そして、優しく頭に手を置いたの。
「そっか‥‥うん、そうだな。それがいい。桜森、帰るぞ」
わたしは月華をにらみつける。勝ちたい‥‥ただ、それだけの思いで!
「わたし、もーっとうまくなって月華を倒すんだから! 全国大会で待ってるの」
月華は表情ひとつ変えず、肩をすくめてみせる。
「あ、そう。勝手にすれば」
火垂がわたしと戦姫の肩に手を置いて口にする。
「決闘も恋も、夜やるもんじゃないわ。スポットライトの下でやるものよ」
「月島月華、手間かけさせたな。楽しかった」
戦姫が月華に握手を求めたが、月華は手の甲で振り払った。
「いい迷惑よ」
「これがダブルムーンか。ははっ‥‥こんな声優がまだいるなんてな。桜森、帰ったら練習するぞ」
戦姫が浮いた手でわたしの手を掴んだの。
「うんっ! あっ、こあら、紀子! 泊めてくれてありがとう! また一緒に遊ぼ!」
「おーん」
「いえいえ、おかまいなく」
二人らしい返事がかえってくる。こあらと紀子と同じ学校にいられないのは寂しいけど、わたしは月華を倒さないといけないの。
「月華、見てて。わたし、ほんとに強くなるから」
月華の視線がわたしをかすめる。
「勝手に視界に入ってくるんでしょ、ルナは」
月華の声はツンとしていたがどこか柔らかかった。戦姫がとなりで小さく笑う。火垂が「今宵の〆にふさわしい」と呟き、団子の髪を指で整える。
頭上の高架が電車の音を響かせる、ガタンゴトン。地方都市の鼓動がわたしの胸の音と重なったの。
× × ×
車の中はミントの消臭剤が混ざった匂いがしたの。
戦姫と火垂につれられて、河川敷近くのコインパーキングに泊まっていた軽ワゴンに乗りこんだ。
運転席には、ひた芸こえしば部の顧問───氷室静香先生、元売れっ子声優がハンドルを握って待っていた。
「ルナ、家出はどうだった?」
氷室先生の低くてもよく通る声が車内を満たす。
助手席に火垂、わたしのとなり後部座席に戦姫。二人とも静観を決め込んでいるようだ。
「なんで、わたしの場所わかったの?」
「昨日、白真弓商業高校の顧問の先生から『おたくのちっこいのがまぎれてる。トラブルはごめんだから、すぐに迎えに来てほしい』って学校に電話があった。琥珀の奴、昔と変わってなくて、久しぶりに大笑いしたよ」
わたしは氷室先生が大笑いする光景を思い浮かべられなかったの。
「先生、わたし‥‥全国大会にでたい。やっぱり、月華を倒したい」
わたしがそう言うと、戦姫の肩がわずかに揺れ、火垂が団子髪をちょいと整える。
「白真弓商業高校、少し調べてみたが月島月華のワンマンチームだろ? 県大会突破は厳しいんじゃないか? 岐阜県といえば、おかっぱの伊吹山がいるし」
わたしは首を大きく横にふった。
「白真弓は月華だけしゃないの! こあらと紀子もいるの!」
「‥‥誰?」
氷室先生が戦姫と火垂に目配せする。二人とも「さあ」と短く返事をした。
赤色の軽ワゴンが慎重に走り出す。川沿いのガードレールが流れていく。名残惜しさはいらないの。
「‥‥もっと、強くならなきゃ」
☆中田紀子
桜森さんたちと分かれて、わたしたちは商店街のほうへ河川敷を歩いていました。
川は鉄と草と水の匂いをまとっていました。靴底に触れるアスファルトは熱をわずかに残しています。
夜に白くにじむ自動販売機を横目で流しながら、となりを歩くこあらさんが声をかけてきます。
「なあ、ノッリ。ツッキってこえしば超つおいんか?」
わたしは鼻で呼吸をしながら夜を味わいました。
「はい、月華さんは超強いです。こあらさんも声のお芝居の良しあしがわかってきたのですね。それも成長です」
「ほうか‥‥‥ふーん‥‥‥へえー‥‥‥」
こあらさんなりの悔しさなのだと気づきましたが、わたしはあえて指摘しようとは思いません。なぜなら、みんな月華さんに憧れて、すぐ追いつけないと悟り、悔しさを誤魔化すために勝負から避けるのですから。
月華さんと戦ってなお、まだ勝負をあきらめない桜森さんもまた天才声優であることは言うまでもありません。
「わたしたちはマイペースでがんばりましょう。今夜が高校こえしばのてっぺんです。これ以上はないと思ったら気楽になりますよ」
「‥‥‥おーん」
少し前を歩く板前服姿の月華さんが前を向いたまま口にします。
「あれって、全国一位なんでしょ? あんなもんなんだ、高校って。全国大会とか余裕じゃん」
わたしとこあらさんでも、さすがに何も言い返せませんでした。
今宵、月島月華のたった二行の声の芝居は恐怖を覚えるぐらいお上手でした。
声優さんのお芝居のうまい下手を言葉で説明できる人は少ない。このことが、多くの声優志望を生み、また多くの若者に苦い挫折を与えます。
『こえしば』という小説は声のお芝居について、徹底的に言葉で理解できるように描くことを目的にしています。
目標は、将来の売れっ子声優さんが『こえしば』読んで、声優になりました、と言ってもらうことです。
物語もいよいよ中盤、あらためて本作のコンセプトを書き残しておきました。
次回から県大会編です。引き続き、声優になりたい少女たちをお楽しみください♪




