あちらへの帰り道
私は夜の帰り道を急いでいた。
テクテクと歩きながら、夜空にお月様が浮かんでいるのを見る。もう、今は真夏ではあるけど。カバンの中にあるスマホの画面を確認したら、時刻は午後七時半を過ぎていた。
(……ヤバい、急がないと!)
速足で駅に急ぐ。電車に乗り遅れたら、また一時間は待たないといけない。私の勤め先があるこの小崎町はかなりの田舎だ。まあ、勤め先もとい会社自体はそれなりに大きい所だが。そんなことを考えていたら、いつの間にか踏み切りにたどり着いていた。
「……あれ、おかしいな。ここには踏み切りはなかったはずよね?」
つい、一人で呟いていた。呆然としていたら、いきなりカンカンと警報音が鳴る。後ろに不意に人の気配がした。振り向くと、初老とおぼしき男性が立っている。
「お姉さん、こんな所で何をしている!」
「え、あの。私は!」
「こちらにいちゃいかん、早く踏み切りから離れなさい」
私は言われたように踏み切りから後ろ向きに離れた。男性はため息をつく。
「……何で、生きた人間がこんな場所に。お姉さん、踏み切りから少し離れた所に川がある。たどり着いたら真っ先に飛び込んでくれ」
「え、何でですか?」
「今は説明する時間がない、急いでくれんか」
私は渋々頷く。男性にお辞儀をしてから、踏み切りに背を向けた。言われるがままに踏み切りから離れて、川がある場所を目指す。少し離れた所に確かに川があった。
「ここに飛び込むんだったわね」
また、呟きながら川辺に近づく。テクテクと土手沿いにあった階段を降りる。外灯が等間隔にあるから、足元は明るい。階段を降りきり、意を決して川に入った。ひんやりと冷たさが足先から伝わる。我慢しながら、ザブンと頭まで浸かりこんだ。グイッと足首を何かが掴む。水の中は真っ暗で足首を掴むモノの正体は分からない。反射で藻掻きながらも川底に引きずり込まれていく。
川底に足先がついたと思ったら、眩しい光が視界に入る。意識もブラックアウトしたのだった。
パチリと瞼を開いたら、空に先程見たお月様が浮かんでいるのが分かった。どうやら、戻って来れたらしい。けど、あれは何だったのか。考えてみても答えは出ない。仕方ないので駅に急いだ。
数日後、会社の同僚の女性と二人で帰宅していた。彼女は入社当時からの同期だ。割と気が合い、休日にもプライベートで会うくらいには仲が良い友人で。名前は相川さんと言う。
「……相川さん、私ね。三日くらい前に変な夢を見たの」
「え、変な夢ね。どんな夢を見たの?」
「うん、ちょっとね……」
私はかいつまんであの不可思議な踏み切りのことを説明した。後で親切な男性が色々と教えてくれたおかげで、こっちに戻って来れた所までを言った。そうしたら、相川さんはふうむとうなる。
「……そうだったの、それは危ない目にあったわね。私が思うにね、井川さんがいた踏み切りはその。あの世に繋がっていたんじゃないかな?」
「えっ、そうなの?!」
「そのさっきに言ってたおじさんがあんたを止めてくれなかったら、本当にヤバかったよ」
相川さんは真面目な表情で告げた。そうなのかと驚きながらも、私は不思議と腑が落ちたような気がする。
「そうだったんだね、相川さん。あの、話を聞いてくれてありがとう」
「どういたしまして、けど。井川さん、今後はその道を通らないように気をつけてね」
「そうするよ」
私は頷いた。相川さんの言うとおりだ。本当に今後は気をつけないと。気持ちを引き締めながら、相川さんと家路を急いだ。
――終わり――