気づき
太陽が地平線にかかるころ、時間にすれば大体五時あたりに夕食の準備をしようと思っていたヴァイルだったが準備を始めると今さっき座ったばかりのティエルがまた立ったままになってしまいそうだったのであと一時間ほど開けて準備することにしてベッドの上で何も考えずに待機することにした。
大体一時間ほどたつとヴァイルはベッドから起き上がり、椅子に座っているティエルに話しかける。
「ティエルさん、私は夕食の準備をしますが昼食の時と同じようなクオリティーでもいいのなら一緒におつくりしますが、どうされますか」
「っ、私もて…………何でもないです。お願い、します」
「わかりました」
手伝うと言おうとしたが途中でやめてしまったティエルを気にかけずヴァイルは再びキッチンに向かい、考えてあった夕食の献立を二人分作る。
献立は決まっていたので効率よく夕食を作り昼食を食べたのと同じ机に並べる。
座る位置はやはりお互い向かい合わせになってしまうが、ヴァイルは気にしない。
「できましたよ」
ティエルはずっと机に座っていたので言わなくてもわかりそうだが念のために伝えておく。
「は、い。……ありがとうございます」
そうして、お互いに何か話すことも無く食事が始まる。
ティエルはちらちらとヴァイルをうかがっているようだが、それに気づかずヴァイルは黙々と食べ進めている。
ヴァイルとティエルが食事を終えるタイミングはほとんど同じで少しだけヴァイルが席を立つのが早かった。
席を立ったヴァイルはまず自分の分の食器をキッチンに持って行き流し台において置きティエルがいる部屋に戻り席から立ち食器を持とうとしているティエルの食器の半分を持つ。
「残りの分を持ってきてください」
「はい」
ティエルの食器の半分を流し台において後ろからついてきたティエルに場所を譲りティエルが流し台に食器を置く。
「ありがとうございます。あとは僕がしますのでゆっくりしておいてください」
「あ、あの! 私も、手伝います!」
「お気持ちだけもらっておきますね。この流し台は二人が並んで作業するには少し狭いですから」
何かてきとうな作業を振り手伝ってもらうことも考えたがそうなるとティエルは雑用係のような扱をしてしまいそうになるのでヴァイルは断った。
「そう、ですよね。すみません」
やんわりと断るが断ったことに変わりはなくティエルは手伝いを申し出た時より少し声のトーンを下げて答えキッチンから出ていった。
ヴァイルはこれからティエルに話があるので出ていったティエルがベッドに入ってしまわないようにできるだけ早く洗い物や後かたずけをすましてキッチンから出た。
キッチンから出るとティエルは食事をとった机に並んでいる椅子に座っていて、俯いている。
机のしたでティエルは膝の上に握りしめられた拳を置いて、何かに耐えているようだった。
「ティエルさん、今よろしいでしょうか?」
「……は、い……」
少し遅れて返事をしたティエルの声は少し震えていた。
うつむいていたティエルはヴァイルと会話するためにうつむいたままではいけないと思ったのか顔をあげてヴァイルと目を合わせる。
その時にヴァイルが見たティエルの瞳は綺麗な翡翠色で目尻に溜まった雫もあってか宝石のように輝いていた。
初めて見たティエルの濁り切って瞳の色が分からなくなってしまっている時とは違い、万人を魅了するような瞳がそこにはあった。
「僕たちが同じ部屋で生活していくのなら決まり、ルールを設けるべきだと思うのですがどうでしょうか」
しかしヴァイルはそんな瞳に興味を持たず淡々と伝える。
「あ……」
ヴァイルの言葉を聞いたティエルの輝かせていた翡翠色の瞳にさっと影が落ちて不気味に黒く、鈍い光を放つ。ルール、決まり、これがティエルにとってタブーな言葉だと察したヴァイルは言い方を変える。
「お互いに生活していくうえで、これをされたら困るという事柄をあげていきましょう」
「……分かり、ました」
声のトーンがさらに下がったがそれでも目が合わない程度でヴァイルからティエルは見えていたので大丈夫だと判断したヴァイルは話を続ける。
「ヨル、あの女性教員によれば僕たちに食堂は使ってほしくないようなので僕は料理を自分で作るつもりなのですが、今日のようなあクオリティーの物でもいいなら僕は毎回ティエルさんの分の食事を用意することができますよ」
「……私は、そうしてくれると、とても助かります」
「わかりました。ではいらないというときは前日か料理を始めるまでにいてください。でないと困ります」
「は、い。私は……困ることは無いので、ほかになくて大丈夫です」
若干自暴自棄になった人の発言だと思ってしまうがティエルは冷静に考えても困ることがないと判断したうえで困ることは無いと言っている。
とりあえずヴァイルは自分の中で相手の許可が無ければ緊急時以外は体には触れないというルールを作っておくが今の彼女にとって触れられて、見られて困る場所は、存在していない。本人は認めないだろうが見て欲しいとすら、思っているはずだ。
「わかりました、ではそういうことにしましょう」
ヴァイルにティエルノ考えが見抜けたわけではないが困ることは無いといった時、ティエルはヴァイルのことをしっかりと翡翠色の瞳で、捉えていた。捉えられていたヴァイルはティエルに何かあると察してすぐに会話を切り上げた。
本当ならもう少しお互いに気遣ったほうがいいことに関して決めようと思っていたのだがそんな話をする気にはなれなかった。
翡翠色の瞳の奥には何かしらの意思が込められているように感じたからだ。話を続けるとその意思を無理やり外に出してきてしまうかもしれなかった。
「もし今後一緒に生活しているうちに困ったことが出てきた場合それをちゃんと相手に伝えるようにしてあ互いに無理なく快適に暮らしていけるようにしましょう」
「そう、ですね」
まだ言葉に詰まっているように感じるが最初と比べると声は聞き取りやすくなり落ち着いているように感じられる。
やはり原因は教室にいる生徒もしくは教室そのものに原因だと判断したヴァイルだがヴァイルは教室に行かないように言いたいがそれを成立させるほどの力がないので諦める。
原因を取り除く方法も原因自体もわからないのでヴァイルはお節介をすることを諦めることにした。
ヴァイルの中には人並みの良心と呼べなくもない物を持っていて、たいていの場合は放っておくがティエルのような人間の状態が明らかに悪いと多少の手助けをしようとは思うだろう。
しかしそれは多少で彼の目を見れば分かることだがやる気があるとは思えずヴァイルも自分自身にやる気と言われるものが存在しているとは思わないため、諦めやすい。
それに加えてティエルの瞳の奥にある何らかの意思があることに気づいたからかこそお節介をやめることにした。




