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レイヤードリチュアル  作者: 榊 謳歌
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『皆様も雁首(がんくび)を揃えたことですし…それでは、儀式というロンドを滑稽に踊りましょう』


 木彫り面のフィニートは、その声に薄い喜色を浮べていた。


『先ずは、ホールの隅をご覧ください。あちらに、七つの箱があるのがお分かりいただけますね』


 確かに、ホールの隅には七つの箱があった。いや、箱というよりは小部屋か。


「懺悔室…いや、どことなく棺桶にも見えるね」


 伊達男のテオ・クネリスは、縁起でもない言葉でも瀟洒(しょうしゃ)に口にしていた。

『そんなに肩肘を張らないでください。アレはただの箱です。ただ、これから皆様があの中ですったもんだの悲喜を味わうというだけの話です』


 インターバルを挟んでも、フィニートの人を喰った態度は変わらない。


『…で、わしらはその棺桶の中で、何をするのだ?』


 帽子のヨハン・バルトは、もう携帯ゲーム機を手放していた。


『あの箱の中には…こちらの魔道書と同じモノが置かれてあります』


 フィニートが指を差した先には、台座に置かれた羊皮紙の本があった。その本からは微量な魔力が漏れ出ていて、魔道書という説明に偽りはないようだった。


『この儀式における『維持』や『離脱』などの『選択』は、あちらの魔道書から行っていただきます。そのための細かい指示もあの魔道書が出してくれますので、箱に入った時点ですぐに儀式を始めることができますよ』


 仮面の奥で、少年の瞳が鈍く光った…気が、した。


『それから、他の注意点といたしましては…ピリオド終了のブザーが鳴るまでに選択を終えていなかった場合、ババを引いたとされて強制『離脱』となりますのでその点にはお気をつけください。あと、中に入るとピリオド終了までは出られませんので、用足しがあるなら先に行っておいてくださいね』


「ここまできてそんなヤツいないだ…ろ?」


 ゴメ子が、ボクの服の袖を引っ張っていた。


『おトイレ…行きたいかや』

「はいはい。お兄ちゃんが連れて行ってあげようねー」


 そして、ゴメ子を連れて戻って来たボクを、他の魔術師たちは白目がちの三白眼(さんぱくがん)で眺めていた…中でも、身内であるはずの氷魚と玲のジト目が、なぜか本気だった。

 その後、ボクたちは各々の小部屋に収まった。これで、本当に儀式は始まってしまうというのに…その覚悟も、まだ仮縫いのままだったというのに。


『おヌシ様、なんかあるかや…』


 ボクと一緒に小部屋に入ったゴメ子が、台座の上に無造作に置かれた一冊の羊皮の本を…魔道書を、見つけた。


「儀式の指示は、コイツが出すとか言っていたけど…」


 突如、独りでに本のページが捲くられ始めた。捲られたページは白紙だったが、そこに赤錆めいた文字が浮かび上がる。

 一つは、『維持』。

 一つは、『離脱』。

 一つは、『予約』。


「要するに、この文字に触れろってことか…」


 氷魚たちとの事前の取り決め通り、『予約』の文字に触れた。すると、『二ピリオド』『三ピリオド』『四ピリオド』という三つの文字が浮かび上がる。次に、『二ピリオド』の文字に触れた。


 今度は、魔道書の文字が『撫子 『予約』 二ピリオド 四点』と変化した。ボクの『真名』は撫子で、選択は第二ピリオドまでの『予約』だから、これで四点獲得ということか。


「こういう手順で魔力を溜めていくのか…」


 魔術儀式において、最も重要なのがその手順となる。正しい手順を段階的に踏むことにより、魔術師は魔力を蓄積することができるからだ。そして、蓄積させた魔力により奇跡を起こすのが、魔術儀式だ。玲が式紙を扱う時に口にしていた呪文や所作なども、あれ自体が儀式と呼べるものだった。


「お次は、他の魔術師の動向が調べられる『調査』だったか…」


 一ピリオドに一度だけ、他の魔術師の動向を覗き見ることができるという説明だった…いや、直接、他の魔術師たちを調べられるわけではなく、魔術師の持つ『真名』を選択して動向を探るというものだった。


 脳内でおさらいをしていると、また魔道書のページが変化した。どうやら、他の魔術師たちも選択を終えたようだ。


「一、萩。二、尾花。三、葛。四、…」


 と、そのページの中に、七つの番号が振られた秋の七草が羅列され始めた…のだが。


「萩に尾花に葛、それから撫子に女郎花と藤袴…けど、最後の七つ目が、桔梗?」


 七番目の『真名』は、朝顔ではなく桔梗だった。玲から聞いた七草とは、萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝貌だったはずだ。


「…いや、山上憶良の歌の中での朝貌は、あの朝顔じゃなくて桔梗って説が有力なんだったか」


 だとすれば、そこは気にせずに、ボクは打ち合わせ通りに『藤袴』の動向を探ればいい。


 ボクたちの『真名』は、ボクが撫子で氷魚が女郎花、そして玲が萩となっていた。となれば、ボクたちが調べなければならない残りの『真名』は、尾花、葛、藤袴、朝貌…いや、桔梗の四つだけだ。この四つを三人で調べるのだから、次の第二ピリオドでお釣りが来ることになる。

 ただし、ボクたちがつるんでいることには、他の魔術師たちも気付いている。


 しかし、だからこそ他の魔術師たちもボクたちに『調査』をされることを前提で戦略を練っているはずで、思い切った『予約』はできない、ということだ。

 …思い切りのいい『予約』は、できない、はずだった。

 なのに、『調査』により魔道書に浮かび上がったその文字は…。


『藤袴 『予約』 四ピリオド 八点』


 四ピリオド分の『予約』…八点分の、魔力?


「…第一ピリオドから第四ピリオドまで、軒並(のきなみ)軒並(のきな)み『予約』したってのか?」


 …つまり、この『藤袴』の魔術師は最終ピリオドまでの『居残り』が既に確定しているということだ。


「嘘…だろ?」


 この儀式で負ければ、どうなるかは分かっている筈だ。


「…いや、ここでボクが狼狽する必要はない」


 ここで得た八点分の魔力を、藤袴の魔術師が最後まで保持できるはずはない。他の魔術師たちが、最終の第四ピリオドまでにはババを引いて『離脱』をしているからだ。そうなれば、この藤袴の魔術師はこのセットでの最後の一人となり、『破裂』のペナルティに抵触して全ての魔力を失い、(ほぞ)を噛むことになる。


「こんなものは、奇策なんかじゃない…浅知恵を(こじ)らせた、ただの自滅だ」


 呼気を整えているうちにピリオド終了を告げるブザーが鳴り、少し時間を置いてからボクは小部屋から出た…のだが、ホールの中は少しざわついていた。


「玲…どうかしたのか?」

「それが…」


 言いかけた玲の声を遮断したのは、痩身にして黒衣の科学者の佐藤五月雨だった。


「何度でも言ってやろう…私の七草は『尾花』だと」


 佐藤五月雨は、車椅子を軽く押しながらホールの中央へと足を進めていた。

 …自分の『真名』を、自分で吹聴しているのか?


『しかし、我々にそれを判じる術はない』


 招き猫ガーゴイルのラッカーは、懐疑の視線を向けていた。


「証拠なら、これを見ればよかろう」


 佐藤五月雨は一枚のカードを取り出した。それは、『真名』の記されたあのカードだ。


「これは…確かに、オバナですね」


 アンナ・アルバラードは、赤いドレスの裾が翻るほどの早足で近づくと、佐藤五月雨の手中にあるカードを覗き込んでいた。


『…だけど、アナタはどうして自分の『真名』を見せびらかすのですか?』


 伊達男の隣りで、素肌ジャケットのガラティアが質問を投げかける。その質問は当然だ。自身の『真名』を特定されれば、そのセットで稼いでいた魔力の全てがマイナスになるからだ…。


「貴様らの茶番に付き合う気はないのでな…最初から『離脱』とやらをしただけのことだ」


 そこで、佐藤五月雨は車椅子の少女に慈愛の視線を向けていた。


「確かに、一ポイントも魔力を得ていないのなら、『真名』を特定されたところで痛くも痒くもないだろうけど…」


 ダレカに『真名』を看破されば、それまでに獲得していた魔力が反転させられることになる。

 けど、そもそも1ポイントも魔力を獲得していなければ、『真名』を言い当てられたところで、反転させられる魔力がない。ゼロは、プラスでもなければマイナスでもないからだ。それに、こちらとしても『真名』を特定する意味がない。


「いや、その言葉自体がハッタリだという可能性も高いはずだ」


 伊達男のテオ・クネリスは、顎鬚に触れながら険しく眉を顰める。


「…『離脱』をしたと言っておいて、後でボクたちを出し抜くのか」


 ボクの言葉に、テオ・クネリスも頷いていた。


「貴様ら魔術師とやらの頭は、あまりに月並みだな」


 痩身の佐藤五月雨は、侮蔑に呆れをブレンドしたような表情で嘆息していた。


「ピリオドの終了ごとに、どの七草のプレイヤーがどんな選択をしたのか、それを調べることは可能だろうに」


 確かに、尾花の魔術師の動向を『調査』すれば、『離脱』したかどうかは明白だ…そして、その尾花を調べているのは。


「はっちゃん…ワタシ、さっき尾花の人を調べたんだけどね」


 そこで、氷魚が声をかけてきた。しかも、弱気モードで。


「…尾花の人は、本当にババを引いて『離脱』をしてたんだよ」

「ブラフじゃあ、なかったのか…」


 あの佐藤五月雨は、一ポイントの魔力も得ずに第一セットの初っ端から『離脱』したのか…。


「けど…そんなことに、何の意味があるというのですね?」


 招き猫ガーゴイルの隣りで、アンナ・アルバラードの視線も険しくなっていた。


「言ったろう。貴様らの茶番に付き合う気はない、と」


 佐藤五月雨は、気難しいへの字口だった。


『…ならば、どうしてお主はここにいるのだ?』


 そこで疑問を投げかけたのは、青い帽子のヨハン・バルトだった。


「…ちょっとした野暮用だ」


 最年少の小生意気な口調にも、佐藤五月雨は微動だにせずへの字口だ。いきなりババを引いて『離脱』をした魔術師か…いや、佐藤五月雨は、魔術師ではなく科学者という触れ込みだった。

 …けれど、それならそれで、そんな畑違いの人間がどうしてこの場所にいる?


 だが、佐藤五月雨はそれ以上の言葉を語らなかった。

 そして、気になる魔術師は、他にもいた。

 第一ピリオドから第四ピリオドまでの、全てのピリオドで『予約』を行った無軌道な『藤袴』の魔術師も、気がかりと言えば気がかりだ。


「どうして、『藤袴』の魔術師はそんなお粗末な神風を選んだんだ…」


 …いや、逆に考えれば、この二人の脱落は決定事項だということになる。

 勝者は三人。敗者は四人。


「これで、四人の敗者枠のうち、その二つが埋まったことになる…」


 こうして、『ゼペットの秤皿』というな儀式は、狼煙を上げた。

 この先の展開に筋書きがないことは予期できたけれど、まさか能書きすらいらなくなるとは、この時点では誰にも、予想すらできていなかったはずだ。

 もしも、できるヤツがいるとするならば、ソイツが神にでもなんでもなればいい。

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