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木彫り面のフィニートは、これだけの魔術師たちをを前にしても物怖じをしていなかった。どころか、この中の誰よりも饒舌に語り始める。
『ゼペットの秤皿の儀は、『四つのピリオド』が『一つのセット』となっている魔力加算式の儀式です。そして、皆様には『二セット』に渡りこの儀式で戦っていただくこととなります』
「合計で八ピリオドか…長丁場だな」
フィニートの説明を、ボクは反芻した。
『そして、一セット目と二セット目で得た合計魔力により、最終的に上位の三組がこの儀式の勝者となります』
この場に集められた魔術師は七組で、その中の三組が勝者になる…敗者は、四組になる。
『次に、加点の仕組みを説明させていただきますと…ピリオドごとに、皆さま方にはとある選択をしていただきます。『維持』をして一ポイントの魔力を得るか、自ら『ババ』を引いてそのセットから『離脱』をするか、という進退の選択ですね』
『当然、『離脱』をした場合、そのセットでそれ以上の魔力は加算されないことになります』
「それなら、全員が『維持』を選択して、ピリオドの最後まで加点を続けることになるのではないですか?」
三つ編み陰陽師の宝持玲も疑問を投げかけた。
『確かに、ババを引かずに『維持』だけを選択していれば魔力は加点され続けることになりますが、その場合は『破裂』のペナルティに触れる可能性が高くなりますね』
「『破裂』…?」
玲が首を傾げると、三つ編みも小さく傾く。
『ええ、そのセットで最後の一人になるまで『離脱』をしなかった強欲な魔術師さまは『破裂』というペナルティに抵触し、そのセットで得ていた魔力の全てを失います』
木彫り面の少年はそう説明していたが、セットの途中での『離脱』は、他の面々に水をあけられることにもなりかねない。
その見極めが肝要…ということか。
『ですが、この儀式におけるルールはそれだけではございません。先ほどは、ピリオドごとに『維持』で加点を選ぶか『離脱』をするかという選択をしていただくと説明させていただきましたけれど…もう一つの選択肢もございます』
「加点か撤退以外に、目からコロモが落ちるような選択肢でもありますのですか?」
アンナ・アルバラードが尋ねたように、その第三の選択肢がこの儀式の鍵となるのかもしれないが、目から落ちるのはウロコであって、コロモではない。
『それは、『予約』です』
木彫り仮面の少年は、したり顔だった…気が、した。
『ここで言う『予約』というのは、その先々のピリオドで受け取るはずだった魔力を、そのピリオドに到達するよりも前に受け取ることのできる、特殊ルールのことです』
先々のピリオドの魔力を、先に受け取る…どういうことだ?
『例えばですね。このルールを適用すれば、第一ピリオドの時点でも、第三ピリオドまでの魔力を事前に獲得できる、ということです』
…それが、事前に魔力を得る、ということか。
『当然、その場合は第三ピリオドが終了するまで、その魔術師さまは『維持』も『離脱』もできなくなりますので注意が必要です』
『…だが、そのように先を急いで何のメリットがあるというのだ?』
招き猫ガーゴイルのラッカーの問いかけは、適切だった。
仮に、第一ピリオドから第三ピリオドまでの魔力を事前に受け取ることができたとしても、儀式が第三ピリオドを終えた時には、既に他の面子がババを引いて『離脱』をしていた…というケースもあるはずだ。そうなれば、そのセットでは自分が最後の一人となるわけで、『破裂』というペナルティを受けて稼いだ魔力の全てが水の泡となる。
『ございますよ、『予約』を行うメリットならば』
フィニートは、喰い付いた、という声を出す。
『なにせ、この『予約』を使用した場合は、得られる魔力が本来の二倍になるのですから』
「…二倍?」
青い帽子のヨハン・バルトは、目深にかぶった帽子の下で小さく眉を動かした。
『例えばですけれど、第一ピリオドから第三ピリオドまでの『予約』を行った場合、通常の『維持』では三ポイントしか魔力が加算されないところを、いきなり六ポイントもの魔力を得られるのです。これは破格ですね』
フィニートは、仮面の奥で揚々と語る。
「ただし、その場合は第三ピリオドが終わるまでは『離脱』ができない、か…」
伊達男のテオ・クネリスは、悩ましげな表情を浮べていた。頭の中で、『予約』による利益とリスクを秤にかけているようだ。
『それと、ルールの説明はあと二つほどございます』
「あと二つも…」
基本的なルールは簡素だが、隣りの氷魚は既に知恵熱を発していた。
『一つ目は、一ピリオドに一度だけ…そのピリオドでどの魔術師さまがどのような選択をしたのかを、他の魔術師さまが調べることができる、というものです。これは『調査』と呼ばれております』
ここまで喋り通しだというのに、フィニートの声には疲労の色はなかった。
『ただし、その『調査』なのですが、他の魔術師さまを名指しでお調べすることはできません。魔術師さまたちがお持ちの『真名』を指名して、その『真名』の持ち主がそのピリオドでどのような選択肢を選んだのかを調べることができる、というシステムです』
「なるほど…」
その『調査』ができるのは『真名』だけだが、それでも十分だ。
その『真名』の持ち主がどのような選択をしたのかが分かるだけでも、収穫としては大きい。
…特に、ボクたちには。
『そして、『調査』では、どのピリオドまでの『予約』を行っているのか、というところまで相手方に筒抜けとなりますので、『予約』をされる魔術師さまはご注意ください』
『だとすれば、やはり目先の『予約』という釣針に、安易に釣られることはできないぞ』
眉毛の太い招き猫ガーゴイルが、主人であるアンナ・アルバラードに釘を刺す。
「分かっているのですね、ラッカー。甘い囁きに釣られるのは、宮本漆で既に懲りておりますね」
…一応あの兄貴の名誉のために言っておくと(本当は怖いから言えないけど)、あの兄貴からすれば釣った覚えすらないはずだ。
『そして、最後のルールですけれど』
その時、ホールの気圧が…微妙にズレた気が、した。
『ご自身が持つ七草の『真名』を他の方に特定されてしまった場合…そのセットで獲得していた魔力が『反転』いたしますので、ご注意ください』
『はん…てん?』
素肌ジャケットのガラティアは、やや舌足らずにその言葉を繰り返した。
『はい、マイナスに転じるので、反転です。例えば、そのセットでガラティア様たちが八点の魔力を得ていたとしても、あなた方の持つ『真名』を他の方に特定されてしまいますと、その八得点分の魔力が全てマイナスとなります…つまりはマイナス八点となってしまい、さらにはそのセットからの強制『離脱』となりますのでご注意ください』
『点数がマイナスになるケースもあるのか…しかも、強制『離脱』とは至れり尽せりだ』
携帯ゲームに興じながらも、ヨハン・バルトは口を挟む。
『ただし、他の方の『真名』を特定することにもデメリットは存在いたします。『真名』の特定自体が、この儀式における魔力の流れを捻じ曲げるものですから』
フィニートは、デメリットを当然と言ってのけた。
『もし、『真名』の特定に失敗された場合は…』
木彫り面の少年は、絵本の挿絵に描かれた悪いネコのように笑った…ように、見えた。
『その魔術師さまが逆にご自身の『真名』を晒すこととなり、そのセットで稼いだ魔力がマイナスとなってしまいます。その上で強制『離脱』ですね』
「要するに、自分が『真名』を特定された時と同じ罰を受けるってわけか…」
しかも、『真名』の特定はそのリターンが自分に返ってくるというものでもない。だとすれば、無為に危ない橋を渡る必要などないはずだ。
『質問だ』
携帯ゲームから目を離さず、帽子の少年は問いかける。
『先ほど、『真名』の特定をされれば、獲得していた魔力がマイナスになり強制『離脱』と言っていたが…その状態でも他の魔術師の『真名』の特定はできるのか?』
『はい、可能です。『真名』を特定されたとしても、その権利は失効しません』
『なら、魔力がマイナスに反転しているその状態で他の魔術師の『真名』の特定に失敗すれば…どうなる?』
そこで、携帯ゲームからは何かが爆発したような音が聞こえた。
どうやら、帽子の少年はそこでゲームオーバーになったようだ。
『さらに魔力は反転…プラスに戻るのか?』
『いえ、これはボクの説明不足でしたでしょうか…マイナスがさらにマイナスに反転されることはありません。加算されるだけです。二倍のマイナスですね。踏んだり蹴ったりですね』
フィニートは、そこで笑う。
木彫り面の、その奥で。
『それと、『真名』の特定は、そのセットで『離脱』をされた魔術師さまに対しても行えますが、一セットに一度しか行えませんので、その点はご注意ください。あと、第二セットの開始前には、また『真名』の引きなおしが行われます』
フィニートの口調は流暢で、立て板に水だった。
…だからこそ、その裏側には不気味さが滲む。
『その他の注意事項といたしましては…この儀式において、他の魔術師の方々に対する魔力行使や暴力行為の類は一切が認められておりません。不自然な力の負荷は力場を乱しかねませんし、そうなれば儀式がご破算になるだけでなく、皆様にどのような影響が出るの、こちらとしても分かりかねますので』
「要は、このババ抜けのルール内で白黒をつけろということか…」
まあ、ボクも魔術師同士のガチバトルは遠慮したいところだ。大げさでもなんでもなく、血の雨が降る。
『それでは、儀式の説明を、これにてく終了させていただきます…第一セットはこれより二十分後に行う予定ですので、それまでは有意義に時間を活用してください』
フィニートはそこで周囲を見渡し、どこか満足気に頷いた。
『それでは皆様…存分に、神様を、愚弄いたしましょう』
木彫り面の少年は、その仮面の奥で、一抹の笑みを浮かべていた。