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レイヤードリチュアル  作者: 榊 謳歌
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見に来てくださり、ありがとうございます。

『それでは、僭越(せんえつ)ながら僕が皆様のご紹介をさせていただきますね』


 木彫り仮面のフィニートは、この場にいる魔術師たちに順繰りの視線を向け、その名を列挙していく。軽やかに、敬意の薄い声で。


『先ずは、テオ・クネリス様!』


 伊達男のテオ・クネリスは、隣りにいた素肌ジャケットの彼女を引き寄せた。


『アンナ・アルバラード様!』


 招き猫のガーゴイルを従えたアンナ・アルバラードは、真紅のドレスを軽く翻す。


『ヨハン・バルト様!』


 青い帽子の少年ヨハン・バルトは、青い帽子を被りなおした。その際、帽子の下の青い瞳が見え隠れしていた。


『佐藤五月雨様!』


 喪服めいた黒衣の佐藤五月雨は、車椅子の少女に視線を落としていた。


『宝持玲様!』


 玲は、興味がなさそうにメガネのレンズを拭いていた。


『宝持氷魚様!』


 氷魚は、やや強張った表情で拳を握りこむ。


『最後は、ロリコンの宮本悟様です』


 …なぜ、ボクだけが不当な流言を流布されたのだろうか。


『この七組の魔術師様たちにより、『ゼペットの秤皿』の儀は完成するのです』


 木彫り面のフィニートによる、耳障りな宣誓だった。


『判を押すような念押しになりますけれど、四体のお人形には、この『ゼペットの秤皿』の儀式で死んでいただきます。いえ、ただの動かない塊に戻っていただくだけですね』


 円形ホールのその隅々まで、膨張されたフィニートの言葉で圧迫されていく。


『動かない、塊…』


 ゴメ子の声はか弱く震え、猫科を思わせる丸い瞳も怯えていた。


「…ゴメ子をそんな目に遭わせるわけないだろ」



 ゴメ子を抱きしめる角度に、少しのベクトルを加えた。ゴメ子の不安が、少しでも希釈されるように。


『おやおや…もしかして皆様、尻込みをしてしまいましたか?』


 フィニートは、仮面の奥で歪に笑っていた。


「…………」


 だが、ボクたちは、誰も言葉を発しなかった。

 当然だ。

 魔術師なら、あの木彫りの仮面が口にした『ゼペットの秤皿』という儀式がどれだけ不自然な代物か、分からないはずはない。


『この『ワシ』ならば、その儀式とやらに参加してやってもよいぞ』


 それは、この場では初めて耳にした声だ。しかも、木彫り面の少年よりも、さらに一オクターブほど高音だった。けれど、その口調は時代がかっていて、幼い声音とのアンバランスさだけが異様に際立っている。そこにいたのは、携帯ゲームに興じていた、あの青い帽子を目深にかぶった少年…ヨハン・バルトだ。


『おお、さすが最年長ですね。若くして耄碌(もうろく)されたあの方たちとは貫禄が違いますね』


 あのヨハン・バルトが最年長…本来なら、世迷言だと鼻で笑うところだが。


『まあ、他の皆様がここでお帰りになられるのであれば、お止めはしません。ただ、お勧めもいたしませんけれどね。何しろ、(さい)はすでに投げられているのですから』

「…それは、どういうことだ?」


 フィニートの言葉には、聞き捨てならない語彙が混じっていた。


『あの封蝋を開いた時点で。この場所を訪れた時点で。この部屋に足を踏み入れた時点で。こうしてボクの話を耳にしている時点で。既に、皆様はこの儀式を了承したと見做(みな)されている、ということですよ』


 フィニートは、身動(みじろ)ぎするように肩を揺らしていた…木彫りの仮面のその奥で、声を出さずに笑っている。


『…たったそれだけの段階を踏んだだけで、この場の魔術師たちをその儀式に巻き込んだというのか?』


 アンナ・アルバラードの背後にいた招き猫のガーゴイルが、渋い声で不審がる。いや、ボクや他の面々も同様だ。本当に、ボクたちは既にその儀式の渦中にいるのか、と。


『たったそれだけとは心外ですね。こちらの準備も相当に周到だったのですよ。それに、そもそも魔術儀式というものはある種の契約を交わすことではないですか。にもかかわらず、魔術師なのに契約を軽んじたあなた方が総じて浅墓(あさはか)だったということです』


「確かに、儀式を行うことは世界との契約だ…けど、コレは契約じゃなくて騙し討ちだろ」


 さすがに、ボクとしてもこのままコイツが敷いたレールに乗るつもりはない。


『そうお思いならこのままお帰りになられますか?ただ、ここで帰られた場合は儀式の途中放棄となり、そちらのお嬢さんはただの土塊(つちくれ)へと戻ってしまうこととなりますが』


 フィニートは、そこでゴメ子に視線を向ける。

 それは、熱のない視線だった。


『で、その儀式とやらは、具体的に何をするのだ?』


 沈黙したボクに代わり、青い帽子のヨハン・バルトが再び問いかけた。


『さすがにヨハン様は話が早くて助かりますね。先ずはルールの説明と参りましょうか』


 足掻けば嵌まる泥沼のように、全員がフィニートに引き摺り込まれつつあった。


『先ほども申しましたが、『ゼペットの秤皿』の儀式は、三体の疑似生命体に本物の魂が宿り、四体が仮初めの魂を失う相対的な儀式となっております。ということは、三組の勝者と四組の敗者に分別(ぶんべつ)しなければならない、ということですね』


 …総数だけで見るのなら、それは割りに合わない魔術儀式だ。

 そこで、フィニートは一つの木箱を取り出した。


『それではヨハン様…先ずはこの箱の中から、封筒を一枚、引いてください』

『この中から一枚だけ、か』


 ヨハン・バルトは箱に手を伸ばし、一枚の黒い封筒を取り出す。その黒い封筒には、赤い蝋燭で封蝋がなされていた。視認はできなかったが、そこにはあの、長い鼻の木彫り人形の印璽が刻まれているはずだ。


『では、お次はどなたでしょうか』


 フィニートは催促をするが…誰も、迂闊(うかつ)に手を伸ばしたりはしなかった。その箱から封筒を引けば、完全にこの儀式に巻き込まれると、分かっているからだ。


 …けれど、ここで(きびす)を返すことも、できなかった。

 先ほど、ボクたちは既に儀式に片足を突っ込んでいると、フィニートは言っていた。だが、その言葉がブラフという可能性も高い。ただし、それがブラフなどではなかった場合、ボクたちは戦わずして敗北することになる。だから、ボクたちは進むことも戻ることもできず、ただただ、案山子のように棒立ちをしていただけだった。


「いつまで立ち往生をしているんだ…こんなもの、ただの(くじ)引きだろうに」


 魔術とは無縁の、黒衣の科学者である佐藤五月雨が箱に手を伸ばした。だが、その後でまた、沈黙が続く。魔術師たちは、一歩も動かない。


『おや、他の皆様はそのまま不戦敗ですか?それだと、あちらのお二方の勝利となってしまいますよ?当然、そうなると皆様方は大切なお人形を失うこととなりますよ?』


 フィニートの声は、相変わらず軽い。だが、圧迫感だけは増していた。


「…こういうのを、この国では()むしというのだったかな」


 三番目に動いたのは、スーツの伊達男…テオ・クネリスだ。


『我々も行こうか、アンナ』

「…ワタクシがこの国に来たのは、宮本漆に仇討ちするためだったのですけれどね」


 眉毛の太いガーゴイルに促され、アンナ・アルバラードも渋々の足取りで動く。


「玲も…か?」


 アンナ・アルバラードの後ろには、三つ編み陰陽師の宝持玲が無言で並ぶ。

 …なし崩しにだが、フィニートが語る儀式とやらが、始まろうとしていた。


「…いいのか、このままで」


 このまま、景品のようにゴメ子を賭けてしまってもいいのか?


「…いいはずが、ない」


 だが、既にこの儀式は、始まっているという。


「…………」


 陰陽師の氷魚も無言だった。ただ、その指先は、小刻みに揺れていた。氷魚とて、自分の式紙を賭けの対象にはできないはずだ。氷魚たちが扱う式紙は、元々は鬼の魂を封じ、祀ったものだ。ただし、その鬼とは、朝廷と対立していた敵対者のことだった。


 国とは戦争の勝者によって創られるものだが、そうなると、そこには勝者と対になる敗者が存在することになる。当然、その敗北者たちの魂は生半(なまなか)ではない無念や怨念を抱えていて、幾度となく死後も怨霊となってこの国に牙をいてきた。けれど、この国では、そうした怨霊を御霊として崇め、逆に守り神とする風習があった。つまりは、氷魚たちが使役する式紙は、ご先祖様から連綿と受け継がれてきた戦没者たちの魂だということだ。


「…………」


 それでも、氷魚も、緩慢とではあるが歩を進めた。ある意味では、観念したということなのかもしれなかった。対して、ボクはまだ、固まったままだ。


『おヌシ様…』


 ウサ子を抱いたままで、ゴメ子がボクにしがみ付いてきた。その感触が、その匂いが、ゴメ子という存在を不定期に刻み込む。


『…ここまできたなら、やるしかないかや』


 …ゴメ子の言葉が、ボクの背中を押した。

次も頑張りますので、よければ読んでやってください。

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