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レイヤードリチュアル  作者: 榊 謳歌


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「ああ、腹癒せだ…お前を生み落としたピノッキオ機関に、後ろ足で砂をかけてやろうぜ」


 せめて、後腐れなくこの儀式の幕を引くために。


「そのための青写真は、ボクが描いてやるよ」

『アナタは、何を言って…』


 フィニートはボクの言葉に振り回され、やや気後れさえしていた。


「それは、こいつを見てのお楽しみだ…さあ、(いまし)めようか」


 足を肩幅ほどに開き、呼気を整える。


「我は律にして、我は法…我は裁きにして、我は戒め」


 瞳を閉じ、簡易的に暗闇を作り出し、足元に魔力の力場を形成する。力場から生まれた魔力は奔流となり、ボクの影から一枚の石版を浮上させた。


『それは、一体…それに、戒めるとは、どういうことなのですか?』


 フィニートが混乱していたことは、その声から分かった。いや、声を発していないだけで、ゴメ子や氷魚以外の面々も大なり小なり戸惑っていた。


「この石版は、十戒だ…ここに記された十の戒めに触れたものを、罰するための楔だ」

『十戒…モーセ、ですか』


 フィニートの声からも、緊張が伝わってくる。


「ああ、預言者モーセが神から与えられた、あの石版だ。ただし、モーセは最初の一枚を自ら破壊している…あまりにも、魔力的拘束力が強すぎたからだ」


 緩慢な動きで、ボクの足元から発生した石版が浮かび上がっていく。


「けど…当然これは、その一枚目だ」


 石版は、ボクの胸元の高さでその動きを止めた。


「そして、ボクが戒めるのは…この、『ゼペットの秤皿』とかいう儀式そのものだ」

『儀式自体を…戒める?』


 ボクの言葉がよほど奇矯(ききょう)に聞こえたのか、伊達男のはずのテオ・クネリスが声を裏返していた。


「この儀式を構成する術式を解体して封印…二度と執り行えないように、ご破算にしてやろうってことだよ」

「儀式の術式を解体…そのようなことが、可能なのですか?」


 三つ編み陰陽師の玲も、メガネの奥の瞳を丸くしていた。


「普通ならできない…けど、ボクは律法魔術師ラビだ。理を破った者に鉄槌を下す、審判者だ」

『理…か』


 ホムンクルスのヨハン・バルトは、ボクと石版を交互に眺めていた。


「そう、この世界を形作っているのは、様々な理だ。雨水は生物を潤し、大地は植物を育み、引力は万物をこの星につなぎ止める…これらの理があるからこそ、この世界はこの世界たりえる均衡を保っていられる」


 大袈裟でもなんでもなく、この星は奇跡の星だ。


「けど、魔術師というのはこの世界に干渉し、その理を捻じ曲げて負荷をかける存在だ。本来なら、許容されていいはずはない」


 ボクの胸元まで浮かんだ石版に、少しずつ魔力が注がれる。


「ただし、世界にかかるその負荷に対して、帳尻を合わせてくれるのが魔術儀式だ」


 つまりは緩衝材だ。


「だから、魔術師が儀式を偽ることは、最大級のご法度だ…」


 術式を偽ることも、供物を偽ることも、儀式を執り行う魔術師を偽ることも、許されることではない。


「にもかかわらず、ピノッキオ機関は偽った…本来は八人で行うはずのこの儀式を、七人で行うと偽った」


 石版に注がれる魔力が徐々に増え、その魔力が迸る。


「その責任は、取ってもらう…二度とこの儀式が行えないように、ボクはこの世界に干渉する。それが、ヤツラが犯した罪に対する罰だ」


 石版の魔力とボクの魔力が結びつき、循環を始めた。

 石版は、鈍い光を放ち始める…が、まだ魔力は足りない。


『本当に、この儀式自体を裁こうというのですか?ですが、機関が見過ごすはずはありませ…』


 フィニートが言い終える前に、どこからともなく動くマネキンの群れが現れた。間接をカチカチと鳴らし、無貌の兵士はぎこちない動きで、それでも敵意を隠そうとはしなかった。


「まあ、そう来ると思った…けど、そっちの心配はいらない」


 この状態では、ボクは身動ぎすらできない。けど、動けないなら動いてもらえばいい。


「いけるだろ…氷魚」


 と、声をかけるまでもなかった。


「木、火、土、金、水…」


 氷魚は虚空から一枚の和紙を取り出し、それを空中に放り投げる。


「木は水に生かされ、火は木より出で、土は火により変遷し、金は土に育まれ、水は金に守護せしめらるる…」


 ふわりふわりと舞いながら、和紙はその大きさを増し、端から折り畳まれていく。


「い出よ、添猫(てんびょう)…我が名は、『一握り(フレキシブル)の彦星(・フォートレス)』!」


 折り畳まれた和紙は、ネコを思わせる姿になっていた…と思った時には、既に大きなネコに姿を変え、さらには氷魚がそのネコを羽衣のように羽織る。


「そっちは任せていいか?」

「勿論だよ!」


 即答した氷魚の元に、マネキンたちは大挙して押し寄せる。だが、式紙を纏った氷魚は水を得た魚だ。


「アタシだって…ここの連中には鶏冠(とさか)にきてたんだ!」


 マネキンたちは氷魚に襲い掛かるが、氷魚は獅子奮迅でマネキンたちを寄せ付けない。


「さすがのお転婆ぶりだ」


 けど、誤算もあった。マネキンたちは、四方八方から増援を送り出してきた。しかも、ある程度の知能はあるのか、マネキンたちは氷魚の死角に回り込む。


『危ないかや!』


 血相を変えてゴメ子も叫ぶが…間に合わない。

「い出よ、掃龍(そうりゅう)…我が名は、『十二単(ディスクリート)の織姫(・カレイドスコープ)』」

 氷魚の背後からマネキンが襲いかかろうとしたその瞬間…マネキンは、丸太のようなものに吹き飛ばされていた。いや、あれは尻尾か?


 氷魚の背後を守ったのは、この陰気なホールの中でも光沢するウロコを持った、精悍な龍だった。


「玲の式紙か…」


 氷魚と背中を合わせるように、玲はそこに陣取る。


「あ、の…ありがと」


 恐る恐るではあったけれど、それでも氷魚の頬は、少しだけ嬉しそうに緩んでいた。


「…お礼を言われることは、ありません」


 つっけんどんな口調だったけれど、玲のその頬には僅かな赤味が差していた。

 …なんだかんだで、あの姉妹は息が合っていたようだ。


『だが、数が多い…無尽蔵に出てくるぞ』


 招き猫ガーゴイルのラッカーが注意を促した。


「ここは、私たちも助太刀するべきかな」

『そうですね、鬱憤もたまっていますから』


 彫刻魔術師テオ・クネリスは懐から小振りなハンマーとノミのような道具を取り出し、それを、パートナーであるガラティアに振り下ろし…た?


「…いや、寸止めなのか」


 だが、テオ・クネリスが腕を振るうたびに素肌ジャケットのガラティアは存在感を増していく…どうやら、彼女を創造した作業を再現することで、ガラティアに魔力を注ぐ儀式のようだ。


「さあ、お待たせしたね…これが、私とガラティアだけが行える彫刻魔術だ」


 テオ・クネリスの言葉が終わる前に、ガラティアは弾丸のように飛び出していた。


『アナタたちには恨みはありませんが…あの坊やの邪魔はさせられません』


 素肌ジャケットのガラティアは、残像すら残す速度でマネキンたちを蹴散らしていく…のは心強いのだが、そんな無防備な服装で大立ち回りをするものだから、かなり際どい部位が見えてしまっていた。


『おヌシ様…こっちにも来たかや!』


 ゴメ子に声で我に返ったボクの眼前には、マネキンたちが迫っていた。


「あと、もう少しなんだが…」


 儀式の行使には、まだ魔力が足りない。けど、マネキンたちからすればこちらの事情など知ったことではない。いや、コイツらは命令に従うことしかできない。そのためだけにしか、創られなかったからだ。


「仕方が、ないですね…乗りかかった屋根というやつです」


 迫るマネキンとボクの間に、真っ赤なドレスを翻して割って入ったのは、建築魔術師アンナ・アルバラードだ…ただ、船には乗りかかっても屋根に乗りかかったりはしない。


「まさか、一日に二度も覚醒させられるなんて思いませんでしたが…チャンチャンバラバラをやるためには、これしかありませんね」


 アンナさんはラッカーの背中からミネラルウォーターを注ぎ、その体内で清められた水を…聖水を飲み干す。第一セットの途中でも見た、覚醒の呼び水となるあの儀式だ。


『二度目の覚醒となると、深淵覚醒か…これで確実に七、八キロは目方が増えるな』

「うるさいですね、ラッカー!」


 コントめいたやりとりはしていたけれど、それでも深淵覚醒とやらを行ったアンナ・アルバラードは最初の覚醒時よりも纏う魔力が増大していた。


『わしも、このピノッキオ機関とやらには煮え湯を呑まされっぱなしだったな』


 重い腰を上げたように、帽子の少年…ホムンクルスのヨハン・バルトも動く。


「アナタは魔術師ではないのですから、無理に動かなくてもいいのですね!」


 参戦しようとしたヨハン・バルトを、アンナさんは止めようとした。


『魔力や武力だけが、戦力ではあるまい』


 ヨハンは、ポケットから試験管を取り出し…それをマネキンの群れに投げつけた。緩い放物線を描いた試験管は床に落ちると同時に割れ、そこから薄い白色の煙が立ち昇る。


『有象無象の疑似生命が相手なら、これで十分だ』


 ヨハン・バルトの言葉通りに、マネキンたちは動きを止めてしまった。


「あれ、それは…いったい?」


 アンナさんも目を白黒とさせていた。


『ちょっとした錬金の薬品だ。これで、あの人形連中に注がれていた魔力の流れを一時的に断ち切った。動力さえなくなれば、あの手の人形は動きを止める』

「でも、そんなこと…できたのですね?」

『ホムンクルスは、この世に生み落とされると同時にあらゆる知識を与えられている。この程度の薬の調合など、わしにとっては些事でしかない』

「そういえば、そうでしたけれど…」


 助っ人としては心強いが、アンナさんとしては肩透かしを喰っていたようだ…というか、最初からヨハン・バルトが手を貸してくれていたのなら、アンナさんは深淵覚醒などという奥の手を披露しなくても済んだはずだ。


「けど…これで、ボクも自身の儀式に没頭できる」


 虚空に浮かぶ石版にも、かなりの魔力が注がれた。


「そろそろ、この儀式そのものを戒めさせてもらおうか…我が名は、『境界の(シームレス・)天秤(ペンデュラム)』!」

 石版から放射状に魔力の波紋が広がり、このホールの全てを包み込む…そこで、石版だけを除いて、世界から全ての色が削ぎ落とされた。色がなくなるということは、存在そのものがなくなることに等しい。

 今、ボクは世界と隔絶された。

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