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レイヤードリチュアル  作者: 榊 謳歌


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「魔術師たちが揃いも揃って、随分と虚仮(こけ)にされたもんだよ…」


 息苦しいほど静まり返ったホールの中で、ボクの声だけが独り善がりに響いていた。


「…このまま儀式が終わっていた場合、ボクたちはまんまとほえ面をかかされていたはずだ」


 唐突に語りだしたボクに向けられたのは、幾つかの戸惑いで、残りは幾つかの懐疑だった。どちらにしろ、好意的な視線ではない。それでも、一人語りを止めなかった。


「本当なら、第一セットでボクの『真名』が特定されたあの時点で、気付くべきだったけど…」

「…言いたいことがあるのなら、先ずは要点を言ったらどうだ」


 独り言を続けるボクに、佐藤五月雨は怪訝な表情を浮べていた。


「とりあえず、結論から言えば…」


 そこで、一歩を踏み出した。


「この儀式は、ボクたち七組で戦っていたわけじゃない」


 乾いた足音が、ホール内で小さくこだました。


「…この儀式には、八人目の参加者がいたんだ」


 周囲の空気が、取り付く島もないほど変質した。いや、いっそ白けたと言っても過言ではなかった。


「そんなこと、あるわけがないだろう…」


 伊達男テオ・クネリスも肩をすくめて溜め息をつく。


「いや、そう考えないと辻褄が合わないんだ」


 そこで小さく息を吸い、肺の中の空気を入れ替える。

 さて、気合を入れるか。


「第一セットでは、ボクと氷魚、そして玲の三人が生き残っていたけど…最終的には、氷魚、玲、ボクと半ば芋蔓(いもづる)式に『真名』を特定されてしまった」


 氷魚はテオ・クネリスに、玲は氷魚に、そして、ボクは佐藤五月雨に。


「けど、あそこでボクの『真名』が特定されるはずは、なかったんだ…」


 あの時点でもっと違和感を感じておくべきだったけど、『真名』を特定されたショックで思考を停止してしまっていた。


「俺が貴様の『真名』を特定したあの時…まさか、そういうことか」


 そこで、佐藤五月雨も気付いたようだ。


「そういうことだよ。第一セットでボクの『真名』が特定されたのは、ボク以外の魔術師全員が『真名』を晒していたからだ…だから、消去法でボクの『真名』が浮き彫りになった」


 白けたはずの周囲の空気が、徐々に研ぎ澄まされていく。


「けど、本来それが、ありえなかったんだ…玲が『真名』を特定された時点でボクは最後の一人となり、『破裂』のペナルティに触れていたはずだからだ」


 少しずつ、ホールの空気がボク色に染まっていく。


「でも、そうはならなかった…その理由は、一つしかない」


 その中を、ボクは好き勝手に闊歩していた。


「…あの第一セットで、ボク以外に、もう一人の参加者がまだ残っていたからだ」


 ボクはそこで、ホールの奥に置かれている七つの小部屋に視線を向けた。


「そんな、ことが…あるの、ですか?」


 小刻みに瞬きを繰り返しつつ、アンナ・アルバラードは固唾を呑む。


「あるよ。そして、この儀式に八人目がいたからこそ、『真名』に使用されたのが春じゃなくて秋の七草だったんだ」


 さらに、畳み掛ける。ここからは、ボクの独壇場だ。


「諸説あるという秋の七草を儀式の『真名』に用いたのは、八人目にその八つ目の七草を『真名』として与えるためだったんだ」


 その八人目の七草は、第一セットが朝顔で、第二セットでは桔梗だった。だから、ボクたちは第一セットでは朝顔を見なかったし、第二セットでは桔梗を目にしなかった。


「…ですが、ピリオドごとの『調査』では、七つの『真名』しか調べられなかったはずなのですね」


 そこで、アンナさんが疑問を挟んだ。


「たぶん、あの次のページにでも書いてあったんだよ」


 それぐらいのイカサマならば、この機関は平気の平左でやるはずだ。


「…ですが、選択を行うあの魔道書は、七つしかなかったはずなのですね」


 もう一つ、アンナ・アルバラードが疑問を投げかけてきた。


「いや、あったよ」

「ありません、でしたね…」


 アンナさんは、ホールの隅にある七つの小部屋に視線を向けていた。


「確かに、あの小部屋の中には魔道書は七つしかなかった…けど、魔道書なら、そこにも一つあるじゃないか」


 ボクは、その場所を指差した。


「あれ、は…」


 アンナ・アルバラードは、丸い瞳を見開く。

 そこにあったのは、『見本』として置かれていた、あの魔道書だ。


「フィニートは最初の説明の時に言っていたじゃないか、『この魔道書と同じ物があの小部屋の中にある』、と…」

 言い換えれば、小部屋にあった魔道書と同じ物が、すぐ目の前に置かれていたということでもある。


「ボクたちがあの小部屋で選択をしている間に、その八人目はそこの魔道書で選択をしていたんだよ」

「けど、それが本当なら…」


 アンナ・アルバラードは、言葉を失っていた。


「ああ、その八人目は…今もボクたちの目の前にいる」


 ボクの視線の先にいたのは、木彫りの仮面を被ったあの少年だ。

 当然、その鼻は、長い。


『…………』


 木彫り面のフィニートは、その息遣いすら、凍らせているようだった。


「…そうだろ、八人目」


 もはや、フィニートには逃げ場などない。

 そこで、フィニートは虚空に視線を向け、数秒ほど眺めてから視線を元に戻した。その仮面の下の表情までは、読み取れなかったけれど。


『そうですよ…僕は、機関の命により、この儀式に参加させられていました』


 そう言ったフィニートからは、これまでの毒気が抜けていた。


「そして、ピノッキオ機関から送り出されたお前なら、ボクたち全員の『真名』も把握していたんじゃないか?」

『ええ…先ほどの第二セットで宮本様たちの『真名』をヨハン様に伝えていたのは、この僕です』


 フィニートとヨハン・バルトが裏で通じていたからこそ、ヨハン・バルトはボクの『真名』を特定できたし、ボクの出したあの指令書が偽物だということにも気が付いた。

 本当に、なにからなにまで嘘だらけの反則だらけだ。


「けど、お前があのヨハンと組んだりしなければ…この儀式を勝ち残ることも、余裕でできたはずだ」


 誰にもその存在を疑われなければ、誰にも『真名』を特定されたりはしない。

 それなのに、フィニートは必要以上に儀式に介入した…いや、肩入れを、した。あの、ホムンクルスの少年に。


『疲れただけですよ…機関の都合によって産み落とされた、操り人形の役割りに』

「操り…人形」

『信じてもらえないかもしれませんが…僕は、この儀式で生き残りたいなんて虫のいいことを考えていたわけではありません』

「…ここまで馬鹿にされた俺たちを前に、それを信じろというのは無理があるだろ」


 佐藤五月雨が、穿った視線をフィニートに向ける。


『確かにその通りですが…僕は疑似生命体としても粗悪品ですからね、人間になったところでしょうがないのですよ』

「それは、どういうことなのですね…?」


 アンナさんが、ドレスの裾を軽く震わせながら問いかける。


『…どうして僕が、ずっと仮面を被っているとお思いですか?』

「…………」


 その問いかけには、安易に答えてはいけない雰囲気があった。

 そして、その答えはフィニート自身が口にした。


『それはですね、僕の顔がまだ『創りかけ』の未完成だから、ですよ』

「未完、成…?」


 木彫り面の少年の告白に、ゴメ子も言葉を詰まらせた。


『とても、人前に顔をお出しできる状態ではありません。それなのに、僕の名前はイタリア語で『完成』を意味する『フィニート』といいます…皮肉もいいところですが、要するにこの儀式で頭数を合わせるためだけの人形として、僕は生み落とされたのです』


 その声は、渇いていた…飢えて、渇いて、悶えていた。

 本来、魔術師は全霊の愛情を注いで疑似生命体を創造する。

 それはもはや、疑似生命を創造する魔術師たちにとっては当然の不文律だ。

 …にもかかわらず、この少年は、ソレらを与えられずに生まれてきた。


『…なので、僕と同じく辛い想いをされているヨハン様だけは、生き残って欲しいと願ってしまったのです』、、


 そこで、木彫り面の少年はホムンクルスの少年に視線を向けていた。ボクたちでは汲み取りきれない感情が、そこにはあった。


『それさえ叶えば、僕はこの儀式で消えてもかまいませんでした…いえ、いっそ跡形もなく消えた方が、後腐れがなくていいのでしょうね』

「…………」


 そんなさびしいことを言うなと、に口には出来なかった。ボクだけではない。この場にいる全員が、それが気休めにもならない言葉だと理解していた。

 そして、空疎な無音が、ホールを飲み込む。

 いや、その中で、声が聞こえた。


『きえ、ていい、いのちな…ない』


 …けど、これは、誰の声だ?


『うまれ、たいのちき、えて…は、いけない』


 聞こえてきたのは少女の声だったけれど、それは、拙い声だった。抑揚もちぐはぐで、句読点の位置もおかしい。

 それでも、その声は気高かった。


「お前…なのか?」


 そこで、佐藤五月雨が、膝から崩れた。


「お前が…喋っているのか?」


 佐藤五月雨は、車椅子の少女の前で屈み込み、大粒の涙を流してその手を握っていた。


『きえ、て…いけな、いきえては、いけな、い』


 車椅子の少女は、途切れ途切れのまま、繰り返し呟いていた…。

 黄泉路に旅立ったはずの少女が、木彫り面の少年をつなぎ止める言葉を、紡いでいた…。


「雨月…雨月」


 佐藤五月雨は娘の手をとり、彼女の名を繰り返し呼んでいた。


「ありえない、はずだ…」


 予期せぬ奇跡に狼狽し、ボクたちは鳥肌を立てることしかできない。

 けど、車椅子の少女が、口を開いたということは…。

 …反魂が、成功している?

 あの科学者の妄執が、この急場で結実したのか?

 いや、完全に成功しているわけではないようだ。彼女はただ、うわ言のように言葉を繰り返すだけだ。

 …それでも、カノジョの存在は、この場の空気を根こそぎ一変させた。


『…………』


 フィニートは、ただただ車椅子の少女を眺めていた。そこにどんな感情があったのかは計り知れなかったけれど…。

 それでも、ボクはフィニートに声をかけた。

「なあ、少年…ピノッキオ機関に、せめてもの腹癒(はらい)せをしたいとは思わないか?」

『腹癒、せ…?』


 木彫り仮面の少年は、初めて年相応のキョトンとした声を漏らしていた。

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