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「ボクたちが全滅、か…へそが茶を沸かす戯言だね」
ヨハン・バルトの出方を窺うため、先ずは虚勢を張った。
『そもそも、あの伊達男があの不良娘を脱落させたことを、ロリコン兄さんは不思議がっていたのではなかったか?』
これまでよりも不遜な雰囲気を、ヨハン・バルトは醸していた。
…というか、どういう意図で、その話を蒸し返している?
『ロリコン兄さんは、こう思っていたはずだ。あの伊達男は、あっちの赤いドレスの年増を狙うはずだ、と…それなのに、伊達男は不良娘の『真名』を特定した』
年増という禁句にはアンナ・アルバラードが猛反発をしていたが、そこは割愛だ。
「それは…あの箱の一件で『真名』の特定ができたのが、たまたま氷魚だったからだろ」
『確かに、そこは偶さかだ。だが、それならそれで、他の魔術師にでもその情報を売り渡せばいい。あの不良娘の『真名』を知りたがる魔術師も、他にいるかもしれないのだからな…いや、いないことを、ロリコン兄さんは最初から知っていたのだったか』
…ヨハン・バルトの口振りは、断罪者のそれに近いものがあった。
「遠回し過ぎて、何が言いたいのか要領を得ないな…」
『まだ白を切るのなら…』
ヨハン・バルトは、懐から一枚の封筒を取り出した…当然、その封筒は、黒い。
ボクがニセの印璽で作製した、あの嘘八百の『指令書』だ。
…けど、どうして秘密にしなければならないはずの指令書を、ここで取り出した?
『わしへの指令は、あの伊達男の『真名』を特定しろということらしいが…さあ、ロリコン兄さんの指令書も見せてもらおうか』
「…もう、捨てたよ」
というか、ボクと玲の分は、最初から用意していない。
『だったら、あっちの生真面目メガネはどうだ?』
ヨハン・バルトは、三つ編み陰陽師の宝持玲に矛先を変えた。
「…右に同じ、ですね」
すまし顔の玲だったけれど、ボク同様に内心で苦虫を噛み潰しているはずだ。
『二人して捨てた、か…ピノッキオ機関からの、内密の指令書だというのに』
ヨハン・バルトは、捕食者の青い瞳で玲を見据え、次にボクを見据える。いや、彫刻魔術師テオ・クネリスも、同質の視線をこちらに向けていた。
「さっきから蚊帳の外なのですが…」
そこで会話に入ってきたのは、建築魔術師アンナ・アルバラードだ。
『一言で言えば、この黒い指令書が真っ赤なニセモノだったということだ』
ヨハン・バルトは足元に封筒を落とし、それから、入念に踏み躙った。
「ニセモノ…でも、あの封筒は木彫り人形の印璽で、封蝋されてあったはずですね」
アンナ・アルバラードの声は、少しずつか細くなっていく。
『だから、機関の印璽を偽造したんだろうよ。あの抜け目のないロリコン兄さんは』
「そん、な…」
アンナ・アルバラードは、目に見えて蒼白になっていた。アンナさんは指令書の通りに佐藤五月雨の『真名』を特定し、五ポイントの魔力ボーナスが得られると信じていたからだ。
『嘘ではない。全員の指令書を出し合えば、差出人が誰なのかは炙り出せる』
ヨハン・バルトが場を仕切り、ボクと玲を除く魔術師たちが指令書を出し合う。
『ほら見ろ、素直にこの指令書に従っていた場合…わしら四人は、互いの尻尾を追いかけ合う喜劇を演じさせられたはずだ』
…ヨハン・バルトの言葉通りだ。
アンナ・アルバラードは佐藤五月雨を。
佐藤五月雨はヨハン・バルトを。
ヨハン・バルトはテオ・クネリスを。
テオ・クネリスはアンナアルバラードを。
それぞれが、それぞれの咽笛を狙うことになっていた。
『極めつけは、なんだこれは…あの不良娘への指令は、第一ピリオド終了時に『第一ピリオドで『離脱』をしたと宣言すること(虚偽でも可)』だと?片腹痛いにも程がある』
…帽子の少年が言ったように、氷魚に対する指令だけは、滑稽なほど無害にした。
でなければ、玲に対する証明にはならなかったからだ。第一セットで氷魚が玲の『真名』を特定したのは、玲の婚約を破棄させるために行ったもので、自分が助かるためのエゴではなかった、ということの。
そして、この指令を、氷魚は実行しなかった。
五ポイントという破格の魔力にも、氷魚は見向きもしなかった。
…それが、ここにきて裏目に出た。
『これで、あの二人が共犯だと証明でき…いや、この小賢しさからすると、主犯はロリコン兄さんか』
ヨハン・バルトは元より、他の魔術師たちからの視線で、針の筵だった。
「ということは、ワタクシの五ポイントは…」
真っ赤なドレスを震わせながら、アンナ・アルバラードはニセの指令書に握っていた。
『勿論、パチンと弾ける水の泡だ』
ヨハン・バルトは小さく、けれど軽快に指を鳴らした。
「騙した…のですね」
恨みがましいアンナ・アルバラードの視線とは裏腹に、真っ赤なドレスは軽快に翻る。
「漆に似ているから気を許していたのですが…飼い犬に手を踏まれるという心境ですね」
…むしろご褒美だろ、それ。
『というわけで、あの三人を脱落させる有志を募ろうと思うのだが』
目深に被った帽子の下で、ヨハン・バルトが人相の悪い笑みを浮かべていた。
「…………」
…どうやら、包囲網の成立は避けられないようだ。
ニセの印璽を使ったことが軽率だったとは思わないが、それでも結果的に墓穴を掘ったことは間違いがない。コイツらに、団結の口実を与えてしまったのだから。表層は平静を装うが、鼓動は早鐘を打ち鳴らす。
『おヌシさま…』
ゴメ子が、周囲の敵意に耐え切れず、その小さな手でボクの手を握った。
いや、縋った。
…それなのに、ボクはその手を、力強く握り返すことすら、できなかった。
「それで、具体的にはどうするのですね?」
アンナ・アルバラードは、赤い視線を青い帽子のヨハン・バルトに向ける。
『簡単だ。あの科学者の『真名』を特定した時と同じように、もう一度、わし、年増姉さん、伊達男の三人の『真名』を、持ち主が分からぬようにして出し合えばいい』
それは、この第二セットの最初に佐藤五月雨を脱落させた方法だ。
…しかも、発案したのはボクだった。
『あの氷魚という娘と科学者は既に『真名』を特定されているし、それでロリコン兄さんと三つ編みメガネの七草が二分の一にまで絞れるはずだ』
この第二セットで『真名』を特定されていないのは、ボク、玲、ヨハン・バルト、アンナ・アルバラード、テオ・クネリスの五人だった。
なので、ヨハンたち三人が『真名』を出しあえば、ボクと玲の『真名』を二分の一のところまで絞り込むことが、できる。
ボクと玲は第三ピリオドでこのセットからは『離脱』をしているが、それでも、この第二セットが終わる前に『真名』を特定されれば、魔力はマイナスに、なる…。
「…………」
鼓動は、加速度を上げて早鐘を打っていた。
「ですが…それでも、あの二人の『真名』が確実に分かるはずではないですよね?」
アンナ・アルバラードが、ヨハン・バルトに疑問を投げかけていた。
『問題はない。こちらには、切り札がいる』
ヨハン・バルトは、そこで黒衣の科学者に…佐藤五月雨に、視線を向けた。
「…………」
お鉢の回ってきた佐藤五月雨だったけれど、無言だった。
『あの科学者は、この第二セットでは既に『真名』の特定をされており、魔力値がマイナスにされている』
無言の佐藤五月雨をよそに、ヨハン・バルトは滔々と語る。
『つまりは、ここで『真名』の特定に失敗したところで、もう痛くも痒くもない、ということだ』
「なるほど、あの科学者さんにあの二人のどちらかを特定をしてもらう、ということなのですね…」
アンナ・アルバラードも、ヨハン・バルトの意図を読み取る。
『そういうことだ…そこで特定に失敗したとしても、二分の一だったロリコン兄さんたちの『真名』が、消去法で判明することになる』
…ヨハン・バルトが語ったのは、ボクが氷魚に頼んだのと同じ切り口の、玉砕戦法だった。
まさか、向こうから先に仕掛けられるとは…。
ここであの科学者が動けば、ボクたちの息の根は、止められることに、なる。




