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大した山場も見せ場もないまま、第三ピリオドは終了した。
けれど、計画は水面下で進んでいたし、波乱はこれから起こる。
この第三ピリオドで、ボクと玲は自主的に『離脱』をしていた。
なので、この時点で『離脱』をしていないのは、アンナ・アルバラード、ヨハン・バルト、テオ・クネリスの三人だけとなっていた。この三人は第三ピリオドまでの『予約』を行っていたから、『離脱』はまだできない。
そして、事前の計画通り、第三ピリオドが始まる前にボクはアンナ・アルバラードに接触し、アンナの『真名』が葛であることを聞きだしていた(ボクたちと組まなければ、アンナの敗北が決定すると言って)。
「アンナ・アルバラードの『真名』は葛だった…これで、ヨハン・バルトとテオ・クネリスの『真名』は、藤袴と朝顔のどちらかというところまで絞り込めた」
ここまでは、計画通りだ。
後は、ヨハン・バルトとテオ・クネリスの『真名』を特定すれば、この儀式は終わる。
ボク、氷魚、玲、佐藤五月雨の生き残りが決定して。
その特定を、先ずは氷魚に行ってもらうことになっていた。
けれど、ここで想定外の動きが、あった。
「『真名』の特定を、行いたいのだが」
白スーツの伊達男…テオ・クネリスが、こちらより先に動いた。
…いや、慌てる必要はない。その根拠にも、裏打ちがある。
あのテオ・クネリスが『真名』の特定をするというのなら、それはアンナ・アルバラードのはずだ。ボクがあの伊達男に送ったニセの指令書では、そう指示をしていた。
…いや、待てよ。
「それは、最悪の結果だ…」
アンナ・アルバラードの『真名』が特定された場合、想定していた最終リザルトは、こう変化する…。
1.宮本悟 零 『離脱』済み
1.宝持玲 零 『離脱』済み
3.宝持氷魚 マイナス四 『離脱』済み
3.佐藤五月雨 マイナス四 強制『離脱』済み
3?ヨハン・バルト マイナス四orマイナス十 強制『離脱』or『破裂』
3?テオ・クネリス マイナス四orマイナス十 強制『離脱』or『破裂』
7.アンナ・アルバラード マイナス十四 強制『離脱』
…ここでアンナの『真名』が特定された場合、ボクたち七組は、全員が揃って全滅だ。
アンナ・アルバラードの『真名』が特定されて強制『離脱』となった場合、この第二セットで『離脱』をしていないのはヨハン・バルトとテオ・クネリスの二人だけとなる。
…ということは、ヨハン・バルトとテオ・クネリスのうちの、どちらか一人の特定しかできなくなる。
残った二人のうち、どちらか一方の『真名』を特定した時点で、残った方が第二セット最後の一人となり、『破裂』のペナルティに触れるからだ。
しかし、そうなった場合は…。
「そうなった場合、三位以内に五組の魔術師が入ることになる…」
トップがボクと玲の二人、そして同着の三位に氷魚、佐藤五月雨…そして、五組目に、ヨハン・バルトかテオ・クネリスのどちらかが入ることになる。
フィニートの説明によれば、この儀式で三位以内に、過半数の五組以上の魔術師が入ってしまった場合、この儀式に参加した全員が敗北したのと同じ結果になる…つまりは、全員の疑似生命体たちが魂を失う、ということだった。
勝者が五組以上なれば、この儀式における魂のバランスが崩れるのだと、とフィニートは説明していた。
「…いや、まだだ」
そもそも、あのテオ・クネリスがアンナの『真名』特定に成功するとは限らないし、外した場合はプランに何の変更もない。そのまま、残るヨハン・バルトの『真名』を特定すればいいだけだ。
それに、仮にテオ・クネリスの特定が成功したとしても、プランを変更すればボクたちは生き残れる…。
「…テオ・クネリスがアンナ・アルバラードの『真名』特定に成功した時は、テオ・クネリスとヨハン・バルトの『真名』を、特定しなければいいんだ」
1.ヨハン・バルト プラス二 『離脱』予定(第四ピリオド)
1.テオ・クネリス プラス二 『離脱』予定(第四ピリオド)
3.宮本悟 零 『離脱』済み
3.宝持玲 零 『離脱』済み
5.宝持氷魚 マイナス四 『離脱』済み
5.佐藤五月雨 マイナス四 強制『離脱』済み
7.アンナ・アルバラード マイナス十四 強制『離脱』予定
テオ・クネリスもヨハン・バルトも、どちらも第三ピリオドまでの『予約』を行っていた。となると、あの二人は次の第四ピリオドで『離脱』を選択するはずだ。
「つまり、藪さえ突かなければ蛇は出て来ない、ということだ…」
ただし、このケースでは、氷魚を助けることは、できなくなる。
…氷魚には悪いが、それでも、ボクはひっそりと胸を撫で下ろしていた。
『おや、テオ様のその表情は…余程の自信がおありなのですね』
進行役であるフィニートの声には、喜色が混じっていた。
「ああ、自信はあるよ。いや、確信かな」
テオ・クネリスは、隣りにいるガラティアの腰を抱き寄せていた。
『ですが、ここで『真名』を外してしまわれた場合は…逆に、あなた様たちの首を絞める結果となってしまわれますよ?』
「分かっているよ。もし、この儀式でガラティアを失うようなことになれば…私は、即座に自害をするつもりだ」
テオ・クネリスは軽く天を仰ぎ見てから、不退転の決意を、吐露した。
『…それは、駄目よ』
テオ・クネリスのパートナーであるガラティアは、寄り添ったまま、さらに寄り添う。
『貴方が死ぬことなんてない…元々、私は貴方から命をもらった仮初の存在なんだから』
ガラティアという女性の声は、澄んでいた。その声にも意思にも、一点の曇りも無い。
「君の魂は仮初のものなんかじゃない。君はここにいる。これまでもずっと、ガラティアは私と一緒にその想い出を残してきた…それは、本当に生きているということと何が違うんだい?」
…想い出を残してきたことが、生きている証、か。
当然のことだが、あのテオ・クネリスも、自身の半身を捧げてあの彼女を創造したはずだ。いや、あの伊達男の年齢を鑑みれば、その絆はボクとゴメ子のそれよりも、深く熟成されている可能性もある。だとすれば、その半身を引き裂かれる痛みは、ボクよりも深いかもしれない。
「私はもう二度と、運命なんかに君を奪われるわけにはいかないんだ。君を守り切れないというのなら、僕は己の命を絶つ…それが、君の造物主たる僕のケジメだ」
何の気合も気負いもないまま、彫刻魔術師テオ・クネリスは鉄の意思を表した。
『…でも、私は、貴方の望む『彼女』の足元にも、及ばなかった』
「ああ、すまない。ガラティアはガラティアだ…けど、それでも私が守るべきレディだ」
予想はついていたけれど、やはり、あのテオ・クネリスも失ったダレカを模して彼女を創造していた。
魔術師たちの裏側には、それぞれに背景がある。いや、そこが骨抜きなら、そもそも魔術師は魔術師として成り立たない。魔術師たちにとって、恐れるべきは神様の説いた模範的なルールでも、指導者の敷いた人道的なレールでもない。魔術師とは、愛情を注ぐダレカを奪われることに恐々としている、生粋の痛がり屋だ。
ボクがゴメ子を創造したのも。
あの彫刻魔術師が、ガラティアという彼女を創造…いや、再生しようとしたのも。
あの科学者が、失った娘を取り戻すため、畑違いの魔術に宗旨替えをしたのも。
全ては、奪われることを恐れたからだ。
奪われたことを、認められなかったからだ。
勿論、それが現実からの逃避だと言われれば、反論の余地もない。けど、誰だって大切な存在との別離とは、折り合いをつけたくないはずなんだ。
『一山いくらのお涙ちょうだいはその辺りにしていただいてもよろしいでしょうか?』
無粋に中断を呼びかけたのは、勿論、木彫り仮面の少年だ。
「ああ、すまないな…それでは、特定をさせてもらうとするよ」
パートナーとの濃密な時間に水を差され、テオ・クネリスが立腹に見えた。その腹立ちを持ち越したままなのかそれとも決意を表したのか、伊達男は口元を真一文字に結んだ。
…大丈夫だ。あのテオ・クネリスが『真名』特定する魔術師は、アンナ・アルバラードだ。ボクたちに実害が飛び火してくることはない。
「私が特定する魔術師は…そちらのお嬢さんだ」
彫刻魔術師テオ・クネリスは、そこで『お嬢さん』を指差した。
宝持氷魚を、指差した。




