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レイヤードリチュアル  作者: 榊 謳歌


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「何を、言い出すんだよ、ゴメ子…」


 初めて聞くゴメ子の熱のない声に、肝が冷えた。


『次のピリオドで『離脱』をしないということは…おヌシ様は、氷魚を見捨てるつもりかやね』


 ゴメ子は、淡々と言葉を紡ぐ。

 平坦な声のまま、起伏もなく。


『おヌシ様は、さっき言っていたかや。アンナ姉様から『真名』を教えてもらって、あのスーツの人と帽子の子供の『真名』を特定するって…その特定を、氷魚にやってもらうって』

「言った、けど…」


『その場合…みんなの順番は、こうなるはずかや』


一位 宮本悟        零    (第一節マイナス四 第二節プラス四)

一位 宝持玲        零    (第一節マイナス四 第二節プラス四)

三位 アンナ・アルバラード マイナス二(第一節マイナス八 第二節プラス六)

四位 宝持氷魚       マイナス四(第一節マイナス四 第二節零)

四位 佐藤五月雨      マイナス四(第一節零     第二節マイナス四)

六位 ヨハン・バルト    マイナス十(第一節マイナス四 第二節マイナス六)

六位 テオ・クネリス    マイナス十(第一節マイナス四 第二節マイナス六)


『けど、これだと氷魚は三番以内には、入れないかや…氷魚に助けてもらうのに、氷魚だけ、助からないかや』


 木漏れ日を受けていても、今のゴメ子からは温もりが微塵も感じらず、その吐息すら熱を持たない。


「確かに、これだと氷魚は助からない…けど、氷魚はこの第二セットで一ポイントの魔力も獲得してないんだ」


 酷な事実を、ゴメ子に告げた。苦悶の表情を、浮べて。


「ゴメ子をぬか喜びさせたことは謝る…けど、この状況の氷魚を助けようとすれば、ボクたちまで共倒れになる。ボクたちが生き残るには、氷魚に捨て駒になってもらうしかないんだよ」


 咽の渇きを覚えながら、ボクは上擦った声で語る。身振り手振りを交え、自分の無力を誇張しながら。


『それが、嘘かやね…』


 間髪も入れず、一蹴された。


『氷魚を助ける方法は、あるはずかや…いや、違うかやね』


 ゴメ子の声は、痛いほど冷え切っていた。


『…おヌシ様は、ソレガシ様を人間にするために、氷魚を切り捨てるつもりかや』


 それは、ゴメ子による断罪だった。


「ボクだって、氷魚を見捨てたいわけじゃな…」

『それじゃあ、どうして次で『離脱』をしないのかや?』


 ゴメ子は、先回りをしてボクの言葉を塞ぐ。


『おヌシ様の言っていた通りに『真名』の特定が成功すれば…この第二セットで『離脱』をしていないのは、おヌシ様と玲姉様とアンナ姉様の三人だけになるかや』


 確かに、その場合の順位はこうなる。


宮本悟            零 未『離脱』    (第二ピリオドまで『予約』)

宝持玲            零 未『離脱』    (第二ピリオドまで『予約』)

アンナ・アルバラード マイナス二 未『離脱』    (第三ピリオドまで『予約』)

宝持氷魚       マイナス四 『離脱』済み 

佐藤五月雨      マイナス四 強制『離脱』済み

ヨハン・バルト    マイナス十 強制『離脱』予定 (第三ピリオドまで『予約』)

テオ・クネリス    マイナス十 強制『離脱』予定 (第三ピリオドまで『予約』)


『けど、アンナ姉様にもあの招き猫さんにも悪いかやが…あの姉様たちを騙せば、氷魚は、助かるはずかや』


 ゴメ子は小さく拳を握り、体を縮めて伏し目がちになる。それは、厳冬の寒さに耐える蕾を連想させた。


「それは無理だよ…アンナを裏切ったりすれば、ボクたちが危なくなる」

『アンナ姉様に気付かれないで裏切る方法なら、あるかや…おヌシ様だって、本当は気付いている、はずかや』


 ゴメ子の言葉の端々に、小刻みな嗚咽が混じり始めた。


『けど、それだとソレガシ様が人間に、なれないから…だから、おヌシ様はここで氷魚を見捨てるつもり、かや』


 ボクの胸に顔を埋め、ゴメ子は、小さな肩を震わせていた…泣いている。


『もう、人間になりたいなんて、我が侭は言わないかや…』


 ゴメ子の涙が、雨垂れのようにぽつぽつと、ボクの上着に染み込んでくる…。


『お願いかや…氷魚も助けて欲しいかやぁ。氷魚と一緒に、帰りたいかやぁ』

「ゴメ子…」

『人間になれても…氷魚と一緒にいられなかったら、イヤだかやぁ』


 こんなになるまでゴメ子を追い詰めたのは、ボクだ。こんなに小さくて無垢な子供に、背負わせなくていいはずの罪悪感を背負わせたのは、他ならぬボクだ。


「ゴメ子の言ったとおりだよ…ボクは、欲に目が眩んだ」


 白状した。これ以上、ゴメ子の口から辛い言葉を語らせたくなかった。


「ゴメ子には、不憫な思いをさせたくなくて、ゴメ子にも、人間になって欲しくて…だから、ボクは氷魚を、切り捨てようとした」


 そうすることで、ゴメ子がどれだけの痛みを負うか、考えもしないで。


「次の第三ピリオドでボクと玲が揃って『離脱』をすれば、氷魚も助かるのに…」

 アンナ・アルバラードに気付かれないまま、彼女を出し抜く方法は、確かにある。

 そのプランがうまくいけば、最終リザルトはこうなる。


1.宮本悟        零    (第三ピリオドで『離脱』)

1.宝持玲        零    (第三ピリオドで『離脱』)

3.宝持氷魚       マイナス四(第一ピリオドで『離脱』)

3.佐藤五月雨      マイナス四(強制『離脱』)

5.アンナ・アルバラード マイナス八(『破裂』・予定)

6.ヨハン・バルト    マイナス十(強制『離脱』・予定)

6.テオ・クネリス    マイナス十(強制『離脱』・予定)


 ここでアンナ・アルバラードがマイナス八点で五位になっているのは、彼女が『破裂』のペナルティに触れて第二セットで得ていた魔力の全てを失っているからだ。

 ゴメ子も言っていたが、ヨハン・バルトたちの『真名』を特定した時点で、『離脱』をしていない魔術師はボクと玲、そしてアンナの三人だけとなる。


 そして、アンナ・アルバラードは次の第三ピリオドまで『予約』で魔力の先取りをしているから、第三ピリオドではまだ動くことはできない。

 対して、ボクと玲は第二ピリオドまでの『予約』しかしていないから、次の第三ピリオドから『離脱』を選択することができる。


 となれば、ボクたち二人が次のピリオドで『離脱』をすれば、アンナ・アルバラードがこの第二セットで『離脱』をしていない最後の一人となる。


 つまり、そこでアンナ・アルバラードは『破裂』のペナルティに触れ、この儀式が終了となる…ということだ。


 アンナにボクたちの裏切りがばれた時点でこの儀式は終わっているのだから、気付いたところで後の祭りというやつでしかない。


 そして、このリザルトでの上位だけを掻い摘むと、こうなる。


第一位 宮本悟。宝持玲。 プラスマイナス零

第三位 佐藤五月雨。宝持氷魚。 マイナス四


 トップでチェッカーフラッグを受けるのはボクと玲で、その後ろに佐藤五月雨と氷魚の二人が同着で三位に潜り込み、氷魚の敗北はなくなる。


 …ただし、この結果だと、ゴメ子に本物の魂が与えられることは、ない。


 上位三位以内に、四人の魔術師が同着で入ることになるからだ。

 その場合は魂の均衡が崩れ、誰一人として本物の魂を得られず、この儀式が骨折り損の徒労に終わる。


 …だから、ボクは誘惑に駆られ、氷魚を見捨てようとした。

 氷魚を見捨てれば、ボク、玲、アンナの三人だけが勝者となれたからだ。


1.宮本悟        プラス一  『離脱』予定(第四ピリオド)

1.宝持玲        プラス一  『離脱』予定(第四ピリオド)

3.アンナ・アルバラード マイナス二 『離脱』予定(第四ピリオド)

5.宝持氷魚       マイナス四 『離脱』済み 

5.佐藤五月雨      マイナス四  強制『離脱』済み

7.ヨハン・バルト    マイナス十  強制『離脱』予定(第三ピリオド)

7.テオ・クネリス    マイナス十  強制『離脱』予定(第三ピリオド)


 ボクと玲が次の第三ピリオドで『維持』をし、その次の最終ピリオドでアンナ・アルバラードと共に『離脱』をすれば、この結果は現実のものとなる。


 けれど、ゴメ子はこの結末を望まなかった。たとえ本物の魂を得られなくても、不憫な魂のままでも、氷魚たちと一緒に帰ることを、ゴメ子は望んだ。


「…このままいけば、普段のあの日常が、帰ってくる」


 いや、いつもの面子に玲が加わることになるかもしれない。

 だから、あとは何食わぬ顔で引き金を引くだけでいい。

 …まだほんの少しだけ、後ろ髪は引かれるけれど。

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