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第二ピリオドが終わり、第三ピリオドまでのインターバルを、ボクとゴメ子はコテージの裏で過ごしていた。木漏れ日の下を二人で並んで歩くのは、久方ぶりのことだった。
ここで、板金加工について語っておかなければならない。
板金加工とは、金属の板を切り貼りしたり曲げたり穴を開けたりして、製品なり部品なりを作る鋳造技術のことだ。
クラスメイトに山科という生徒がいるのだが、そいつの家がその板金加工の工場を経営しているらしく、宣伝を兼ねてクラスメイトに鉄を加工したアクセサリを配っていた。以前、氷魚にそのアクセサリを強奪されたことがあった。
そして、その山科の話によると、なにやら、写真などの2Dデータをパソコンにスキャンし、3Dデータに加工するとかなんとか言っていた…要するに、写真などに写っている平面の物体からでも、立体的な金属の小物を再現して作れる、ということだった。
そして、ピノッキオ機関からあの黒い封筒が届いたボクは、封蝋を開ける前に、その山科に頼んでいた。この鼻の長い人形が刻印された封蝋から、大元になっている印璽を再現できないかと。
山科は二つ返事でOKをしてくれた。氷魚が履いた靴下と引き換えに。
こうして、ボクはピノッキオ機関が使用しているのと寸分も違わない印璽を入手することができた。
そして、ボクはこのニセの印璽を既に悪用している。第二セットが始まる前に、ボクはこの印璽で封蝋したニセの手紙を、ボクと玲を除く全員のコテージに忍ばせておいた。中には、ピノッキオ機関からの『指令書』なる手紙を添えて、だ。
その内容は、氷魚宛てのものを除いて、それぞれこうなっていた。
佐藤五月雨宛は、テオ・クネリスの『真名』の特定しろ、と。
テオ・クネリス宛は、ヨハン・バルトの『真名』を特定しろ、と。
ヨハン・バルト宛は、アンナ・アルバラードの『真名』を特定しろ、と。
アンナ・アルバラード宛は、佐藤五月雨の『真名』を特定しろ、と。
つまり、数珠つなぎでそれぞれの標的を狙え、ということだ。この指令が達成できれば、儀式終了時に五ポイントの追加魔力を秘密裏に上乗せさせる…と、書き添えて。
当然、そんな虫のいいボーナスポイントが設定されているはずもない。ボクがあの連中の足を引っ張り合わせるために用意した、鼻先にぶら下げるための人参だ。他の魔術師たちも、まさかピノッキオ機関の印璽を偽造してくる不届き者がいるとは思ってはいないはずだ。
それに、ピノッキオ機関の印璽は精巧で、偽造ができないというのが魔術師たちにとっての通説らしかった。今回は、それを逆手に取らせてもらった。
そして、印璽の偽造が成功していることは、アンナ・アルバラードが第一ピリオドで佐藤五月雨の『真名』を特定したことで証明されている。
でなければ、第一ピリオドという序盤から、アンナが佐藤五月雨の『真名』を特定する理由はなかった。アンナがあそこで特定に踏み切ったのは、他の連中に佐藤五月雨の『真名』を特定されてしまった場合、ボーナスである五点分の追加魔力が獲得できなくなってしまうからだ。勿論、それは絵に描いた餅でしかないが、あそこでアンナが動いてくれたお陰で、次の段階に移行できる。
ボクは、そこでゴメ子を抱っこした。
ゴメ子の体温を、ボクの体に刻み込むように。
「この儀式でボクたちが勝ちを上げるためには…アンナと氷魚の二人が必要だ」
この第二セットでは、アンナ・アルバラードは第三ピリオドまでの『予約』を行い、六ポイントの魔力を得ているはずだ。ただし、第一セットで背負った八ポイントの魔力負債があるから、現在の彼女の魔力値はマイナス二ポイントとなっている。
ただし、アンナはボクが出した指令書の通りに佐藤五月雨の『真名』を特定している。だから、そこに五ポイントのボーナスが加わり、プラス三ポイントまで魔力を立て直した…と、本人は錯覚しているはずだ。
「…だからこそ、アンナはボクたちに手を貸すしかない」
ヨハン・バルトとテオ・クネリス…それにボク、玲、氷魚の五人が最初の第一セットをマイナス四ポイントの魔力で折り返しているからだ。
仮に、このマイナス四ポイント組が、この第二セットで第一から第四までの全てのピリオドで『予約』を行っていた場合…四ピリオド×二で八ポイントという魔力を得て、プラス四ポイントまで魔力を持ち直す計算になる。
ヨハン・バルト マイナス四(第一セット)+プラス八(第二セット)=プラス四
テオ・クネリス マイナス四(第一セット)+プラス八(第二セット)=プラス四
宮本悟 マイナス四(第一セット)+プラス八(第二セット)=プラス四
宝持玲 マイナス四(第一セット)+プラス八(第二セット)=プラス四
宝持氷魚 マイナス四(第一セット)+プラス八(第二セット)=プラス四
全ピリオドでの『予約』は、最後の一人となる『破裂』のペナルティに触れる可能性の高い綱渡りだが、アンナがこの可能性を捨て去ることはできない。最後まで二人以上の魔術師が残っていた場合、『破裂』のペナルティは適用されないからだ。となれば、プラス三点(錯覚だけれど)で儀式を終えるアンナは、鼻の差で涙を呑むことにもなりかねない。
けど、『真名』の特定は一セットに一度しか行えず、アンナは既に佐藤五月雨の『真名』を特定していて悪足掻きも打ち止めというのが現状だ。
だから、ボクはアンナ・アルバラードの耳元でこう囁くだけでいい。
ヨハン・バルトとテオ・クネリスの二人を脱落させるために、アンナの『真名』を教えてくれ、と。
ボクと玲の『真名』は尾花と撫子で、佐藤五月雨の『真名』は萩だった。そして、氷魚の『真名』も、女郎花でほぼ間違いない。
となれば、アンナ・アルバラード、ヨハン・バルト、テオ・クネリスの三人が、それぞれ、朝顔、葛、藤袴の『真名』を持っていることになる。
「つまり、現状でもヨハン・バルトたちの『真名』を三分の一にまで絞り込めている、ということだ…けど、だからといって闇雲に特定することはできない」
三分の一では、まだ特定を外す確率の方が高いからだ。
ただし、こちら側にアンナ・アルバラードを引き入れ、アンナの『真名』を聞き出すことができれば、この三分の一の確率が二分の一に…いや、氷魚の手を借りれば、一分の一にすることもできる。
たとえば、アンナの『真名』が朝顔だった場合…残るヨハン・バルトとテオ・クネリスの『真名』は藤袴か葛のどちらかということになる。これで、確率を二分の一にまで狭められる。
アンナ・アルバラード 朝顔(仮定)
ヨハン・バルト 葛(仮定)or藤袴(仮定)
テオ・クネリス 葛(仮定)or藤袴(仮定)
「ただし、確率を二分の一にまで狭めても、まだ迂闊な特定はできない…特定にしくじれば、こちらが『真名』を晒すという竹箆返しを喰らうからだ」
だが、その竹箆返しを意に介さない魔術師は、いる。
それが、宝持氷魚だ。氷魚は第二セットの最初からババを引き、このセットでは一ポイントの魔力も獲得せずに『離脱』をしている。
「…ということは、氷魚が『真名』の特定に失敗したところで、魔力がマイナスになるペナルティは受けない、ということだ」
無い袖には触れられないのだから、氷魚には一か八かも破れかぶれもない。何のリスクもなしに、あの二人の『真名』を特定できる。
そして、氷魚がそこで特定に失敗したとしても、消去法でヨハン・バルトとテオ・クネリスの『真名』は判明することになる。
「あとは、ボクと玲の二人がかりで、あのヨハン・バルトとテオ・クネリスを煮るなり焼くなり好きにすればいい」
ヨハン・バルトとテオ・クネリス、そしてアンナ・アルバラードの三人は、この第二セットでは第三ピリオドまでの『予約』で六点分の魔力を獲得していた。
なので、第一セットをマイナス四点の魔力で折り返していたヨハン・バルトとテオ・クネリスの『真名』を特定できれば、魔力値はこう変化する。
宮本悟 プラスマイナス零
宝持玲 プラスマイナス零
アンナ・アルバラード マイナス二(だが、五点が加算され、本人はプラス三だと錯覚している)
宝持氷魚 マイナス四
佐藤五月雨 マイナス四
ヨハン・バルト マイナス十
テオ・クネリス マイナス十
…この段階でボクと玲の二人がトップに返り咲き、勝ち抜けはほぼ確定する。
そして、三位の椅子には、アンナ・アルバラードが座ることになる。
「だからこそ、建築魔術師アンナ・アルバラードは、ボクたちに手を貸すしかない…」
…そして、相対的に、宝持氷魚はこの儀式で敗北する。
ただし、アンナに気付かれないまま彼女を出し抜き、氷魚を助ける方法は、実は存在した。
次の第三ピリオドで、ボクと玲が揃ってババを引いて『離脱』をするだけでいい。
…けれど、ボクが選ぶのは、『離脱』ではなかった。
「次のピリオドは、『維持』だ」
ボクが呟くと同時に、ボクに抱っこされたままだったゴメ子が、ボクを見上げた。
『おヌシ様は…』
その瞳は、普段の円らな瞳では、なかった。
やや、空疎な瞳だった。
『おヌシ様は…この儀式で、氷魚を見捨てるのかやね』
ゴメ子の声は、ひどく、冷めていた。
澄んだ井戸水よりも、ずっと。




