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「第三ピリオドか…剣ヶ峰ってやつかな」
これで、この儀式も序盤の大詰めを迎えることになる。といっても、本当の天王山は次の第二セットとなるはずだが、それでもここでの選択はきわめて重要だ。
なので、ボク、氷魚、玲の三人はこの第三ピリオドでババを引き、『離脱』を選択する手筈になっていた。他の魔術師たちも、取り敢えずはこの辺りでババを引くのではないだろうか。
「第一ピリオドからカミカゼは選択したくはないはずだ」
そして、全員がここで『離脱』をしたとすると…。
現時点で確定、または想定される各々の魔力値はこうなる。
撫子 (ボク) 四点。 第三ピリオドで『離脱』(予定)
女郎花(氷魚) 四点。 第三ピリオドで『離脱』(予定)
萩 (玲) 四点。 第三ピリオドで『離脱』(予定)
葛 (?) 四点? 第三ピリオドで『離脱』?(想定)
桔梗 (?) 四点? 第三ピリオドで『離脱』?(想定)
尾花 (佐藤) 零点。 第一ピリオドで『離脱』(確定)
藤袴 (アンナ)マイナス八点。 真名を特定され強制『離脱』(確定)
藤袴のアンナさんが脱落し、尾花の佐藤五月雨は既に『離脱』をしているため、ボクたち以外で残っているのはテオ・クネリスと、ヨハン・バルトの二人だけだった。
当然、あの二人の『真名』は葛か桔梗ということになる。
ただし、二分の一にまで絞り込めたとしても、そう簡単に『真名』の特定はできない。特定を外した場合はこちらが『真名』を晒し、このセットで得た魔力がマイナスになるからだ。
「…アンナさんには、あのヨハン少年(?)に対する意趣返しの算段があるようだったけど」
第三ピリオドを迎えたホールの中は、寒々とした寂寥が得手勝手に闊歩していた。
『おヌシ様…』
ゴメ子も、この気配におぞ気を感じていたようで、ボクの服を掴んだその指先はか細く震えていた。楓を思わせるゴメ子のその小さな手に、ボクの手を重ねる。
『それでは、皆様お待ちかねの第三ピリオドを、始めましょうか』
軽薄にして浮薄なその声は、当然あの木彫り面の少年だ。
『この『ゼペットの秤皿』の儀も、第一セットが佳境に差し掛かってまいりましたね。皆様もワクワクが止まらないのではないでしょうか』
やはり、フィニートの台詞は癪に障る。
『では、さっそく第三ピリオドを始めま…』
「ちょおっとお待ちくださいですね」
フィニートの言葉を、赤いドレスが威勢よく遮った。
『おや、アナタは全ての魔力を反転させられた、哀れな建築魔術師さまではないですか』
「…そうですね。あのクソガキにまんまと騙された、頓馬の魔術師ですね」
あの聖水の恩恵か、刺々しい言葉は口にしていても、今のアンナさんはその表情に薄っすらとした笑みすら浮かべていた。
『で、何か御用でしょうか?』
「言わずと知れたことです。報復なのですね」
『おや、それはそれは』
フィニートはほくそ笑む…仮面の奥の、そのまた奥で。
「魔術師の『真名』を特定する権利は、一セットに一度、誰にでも与えられているのですよね」
足元を確かめるように小さく足踏みをして、アンナさんは事細かに問う。
『ええ、『真名』を特定されて強制『離脱』をさせられた後でも、その権利が失効することはございません』
フィニートの声は、どこか値踏みをするようでもあった。
ただし、とフィニートは付け加えてから続ける。
『貴女は既に『真名』を特定され、この第一セットで獲得していた魔力がマイナスへと反転させられております。その状態で『真名』の特定に失敗すれば、マイナスに落ち込んでいる魔力が、さらにマイナスされることになります』
愉悦たっぷりに、木彫り仮面の少年は告げる。
『つまり、マイナス八点がさらにマイナスに…マイナス十六点になるということですよ』
「かまいません」
臆することなく、アンナ・アルバラードは胸を張る。
「ペナルティなど、そもそも気にする必要はありませんですね。ワタクシは、あの小童の『真名』を知っているのですから」
事も無げに、建築魔術師アンナ・アルバラードは口にした。
『なるほど、それで攻めの姿勢ですか…ですが、どうしてご存知なのですか?貴女があの方に『真名』を特定された件と関係がおありなのですか?』
「あると言えば勿論ありますのですね。この儀式が始まる直前、あの小童がワタクシに同盟を持ちかけてきたのです。そして、あの小童は裏切りを封じるためにお互いの『真名』を見せ合っておこう、と提案してきたのです…ワタクシはそれに乗り、あの小童にフジバカマの『真名』を見せ、あの小童はキキョウの『真名』をワタクシに見せたのですね」
『なるほど、それで、あの方はアンナさまの『真名』が藤袴だと知っておいでだったのですね…ですが、その同盟はあっさりと反故にされた、と』
瘡蓋を抉るように、木彫り面のフィニートはアンナ・アルバラードの末路を手繰る。
「ええ、その通りですね…苦瓜を噛み潰したような気持ちなのでしたね」
ええと、正解は苦虫か…ゴーヤも苦いが普通に美味い。
『ですが、アンナさまはどうして、あの方に『真名』を特定された時すぐに特定をし返さなかったのですか?あの方の『真名』が桔梗だと知っていたのなら、あの時に道連れにできたのではないですか?』
フィニートが、当然の疑問を口にした。
「女の…いえ、絶世の美女の直感が躊躇わせたのですよ」
…クレオパトラ気取りか。
『一度は躊躇なされたのに、ここでヨハン様の『真名』を特定されるのですか?』
『ええ、あの小童の陳腐な策に、ワタクシが気付いたからですね」
『策…ですか』
木彫り面の仮面が、小首を傾げていた。
いや、ボクたち全員が耳を傾ける。
「簡単なことなのですね。あの帽子のクソガキには、ワタクシ以外にももう一人の『共犯者』がいた…ということなのです」
アンナ・アルバラードは、真っ赤なドレスを軽く翻す。
「…もう一人の共犯者?」
アンナさんの言葉に、ボクも耳を疑った。
「いや、待てよ、そういうことか…」
疑問には、思っていた。
あのヨハン・バルトという帽子の少年も、『予約』を行い魔力を獲得していた。
なら、『真名』が特定されれば、獲得していたその魔力が反転し、マイナスに転じることになる。
にもかかわらず、どうして、あの帽子の少年はアンナさんからの報復を恐れずに『真名』の特定に踏み切ったのか…と。
そこに、もう一人の共犯者がいたからだ。
『もう一人の共犯者とは…一体それは、どなた様なのでしょうか?』
木彫り仮面のフィニートは、年相応の子供のように小首を傾げていた。
「その不届き者はですね…」
ここからは、怒涛のアンナ・アルバラード劇場の幕開けだった。




