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レイヤードリチュアル  作者: 榊 謳歌
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 洋館とは、欧米の影響を色濃く受けた外観や構造をした建造物のことだ。


 しかし、ただ欧米風を吹かしただけの建築物では、それがどれだけハイカラであろうと、洋館とは定義されない。その建物を洋館と定めるためには、とある区切りが必要となる。

 それは、年代だ。

 文明が開化した明治から昭和の冒頭までに建てられた洋風建築物でなければ、それらは洋館とは認められない。

 

 明治や昭和初期といえば、海外文化に対するある種の偏執的な貪欲さあった時代だ。そうした狂騒の時代を反映しているからこそ、現代では洋館の歴史的な価値が見い出され、重要文化財などに指定されるケースも増えつつある。


 ただ、ボクたちの目の前に現れたこの洋風建築物は、そういった瀟洒(しょうしゃ)な趣きの欠片もない、杜撰(ずさん)なあばら屋だった。館の周りを取り囲んでいた花壇は雑草の温床になっていて、赤レンガの絨毯もあちこちが欠けていてデコボコだ。さらには、せっかくの尖塔もいくつかは根元から折れてしまっている。手入れも梃入(てこい)れも行われていないのは明白だった。


「この場所で、間違いはないか…」


 右手に持った地図と照らし合わせ、ボクはため息をつく。


「…『招待状』からして味気なかったけど、まさか、パーティ会場が輪をかけて素っ気無いとは思わなかった」


 ボクたち『魔術師』を名指しで呼び出したのだから、真っ当な歓待が期待できないことは覚悟していたが、ここまでとは想定外だった。


「本当に…こんなお化け屋敷みたいな場所なの?」


 宝持氷魚(ほうじひお)は、ボクの袖を震える指先でおずおずと抓んでいた。


「いきなり怖気づいたのかよ、氷魚」


 この招待状に息巻いてここに来ると言い出したのは、氷魚だ。普段は男勝りの氷魚だが、根っこは怖がりなので、こういう状況下では年相応の女の子の顔を見せる。着用しているセーラー服も、その裾が小刻みに震えていた。


『ヒオは『おんみょーじ』とかいうヤツなのに、お化けが怖いのかや?』


 氷魚にそう問いかけたのは、『ゴメ子』だ。

 そんなゴメ子は、ボクに抱っこされていた。

 そして、ゴメ子はウサギの人形である『ウサ子』を抱っこしていた。

 親亀の上に子亀が乗って、みたいな状態だ。

 

「む…昔の陰陽師は怨霊とかも祓ってたみたいだけど、今は違うんだよ!」


 氷魚が言ったように、産業革命も過去の遺物となったこの現代社会では悪霊だの怨霊だのも廃れてしまい、それらの調伏を生業(なりわい)としていた陰陽師の活躍の場も激減した。

 ただ、現代の陰陽師は…いや、陰陽師も含めた魔術師全般に言えることだが、現在は別のトレンドで食い扶持(ぶち)を稼いでいることも多く、魔術師の全体数が激減している、ということはないようだ。


 そして、ボクこと宮本悟(みやもとさとる)も、端くれとはいえ魔術師だ。ただし、陰陽師や修験者といった土着の魔術師ではなく、この島国からは遠方に位置する西国の魔術師…『ラビ』だったけれど。


 ラビとは、ユダヤ教の魔術師であると同時にユダヤ教の律法学者でもあり、『律法魔術師』と呼ばれていた。その起源は、一世紀から六世紀にかけて『タルムード』…『モーセ』が伝えたとされる『口伝律法』という法律や掟などの編纂(へんさん)に貢献した学者たちにまで遡る。


 魔術師の起源が学者だということに違和感を覚える人間もいるかもしれないが、元々、魔術というのは占いや願掛けといった人々の生活にも密着したところから発生している。なので、学術と魔術が結びついていたとしても、何の不思議もない。

 ボクの場合は師匠筋がラビだったというだけで、ボク自身はユダヤ教徒でも学者でも何でもないのだけれど。


 それに、全てのラビが魔術などという胡乱(うろん)なものに傾倒しているわけではないし、現代の真っ当なラビは、学者や宗教家としての立ち位置を崩さない。


 だが、魔術という夢物語に首っ(たけ)になったラビも、歴史上では相当数が実在した。

 なぜなら、ユダヤ教の性格上、その魔術が(勿論、全ての宗派を一絡(ひとから)げにはできないが)ある意味では許可されていたからだ。

 

 この世界の創造主を創造主たらしめている要因は、言葉と数字という『法』によってボクたち人間を泥の中から創造したことに起因している。ユダヤ教では、この創造主の猿真似をするという冒涜は神に近づく道だと認められていた。


 そして、魔術師ラビとしてボクが創造をしたのが、『ゴーレム』のゴメ子だ。


 ゴメ子を創造したのは、今から十年ほど前だ。当然、当時のボクは『ラビ』どころかユダヤ教の知識すら持ち合わせていない、ただの純朴な子供だった。そんなボクの眼の前に、大した前触れもなく現れたのが、ボクに魔術のいろはを指南してくれた『アノ人』だ…といっても、その出遭いは胸焼けがするほどけったいなものだったけれど。


 なにせ、ボク(当時は七歳)とアノ人(女性、自称で十八歳)との出遭いは、ボクがアノ人からカツアゲを喰らうというレアでアレな場面から始まったからだ。


 ボクと出会うまで、アノ人は世界のあちこちを流浪していた根無し草だったそうだけれど、ボクの住む町で路銀(ろぎん)が尽きて空腹が限界を超えてしまった。そこで、たまたま通りがかったボクに食料なり金品なりを要求したというのが事の顛末だったけれど…だからといって、七歳のボクにたかるのはいかがなものだろうか。お巡りさんが近くにいたら、ちょっとした三面記事くらいにはなったはずだ。


 それから、てんやわんやのすったもんだがあった挙句、少しの間ではあったが、なし崩しでアノ人はうちの居候になった。


 そして、フーテンであり魔術師ラビでもあったアノ人が、ボクにゴーレムの創り方を指南してくれた…しかし、当然、ゴーレムの創造などが一筋縄でいくはずもない。たったの七歳児には、神さまの真似事すらできるはずもなかったからだ。それに、今にして思うとアノ人にはショタコンの気があったようで、ゴーレムの創造よりもボクへのセクハラに心血を注いでいた節があった。


 けど、当時のボクにも、ゴーレムを創らなければならない理由があった。その執念が実ったのか神様が根負けをしたのかは分からないが、最終的にゴメ子の創造は成功した。


 といっても、ラビであるアノ人に火のエレメントの役割りを受け持ってもらい、子供の頃の氷魚に水のエレメントを肩代わりしてもらってやっとこさ、だった。ボク一人では、ゴメ子に風のエレメントを吹き込むことが関の山だったからだ。


 ゴーレムの創造というのは、掛け値なしに奇跡以外の何物でもない。いや、何物というか賜物(たまもの)か。故に、一人の人間が生涯で創ることのできるゴーレムはたったの一人だけだと目されている。ゴメ子を創造したボクには、その理屈がよく理解できた。擬似とはいえ、魂を持った生命を創造することは己の魂を分割する行為に他ならないからだ。


「よし、このお化け屋敷に入る…入るからね、さっちゃん」


 台詞とは裏腹に氷魚の声は尻すぼみで、二の足を踏みまくっていた。しかも、普段ならボクを『悟』と呼び捨てにするところを、昔からのあだ名である『さっちゃん』と呼んでいる。


「そのためにここまで来たんだろ」


 ボクは、手に持った黒い封筒をひらひらと揺らした。

 その封筒の差出人は、『ピノッキオ機関』というそうだ。


 正確には、差出人の名は未記名だった。封蝋に鼻の長い人形が刻まれていたので、氷魚がそう判断した。


 氷魚が言うには、ピノッキオ機関というのはここ百年ほどで台頭してきた魔術師組織で、封蝋に長っ鼻の木彫り人形の印璽(いんじ)を使うことで知られているらしい。


 で、そのピノッキオ機関とこの国の魔術師組織である陰陽師たちとの間には、過去に小競り合いがあったという話だ。まあ、その小競り合いも手打ちになって久しいそうだけれど。


 そして、そのピノッキオ機関がボクと氷魚の二人にそれぞれ招待状を出してきた。


『イミテーションの疑似生命体に、本物の魂を授ける気はありませんか?』


 封蝋を解き、黒い封筒を開けると、中にはたったそれだけの簡素な文脈と日時が記された手紙と、簡略化された地図だけが入れられていた。


 …好意的に解釈するのなら、これはお呼び出しだ。


 しかも、陰陽師である宝持氷魚とラビであるこのボクを同時に呼び出している。正直、ボクは無視を決め込むつもりでいた。

 ゴーレムは確かに擬似生命体だが、外見はほとんど人間と変わらないゴメ子を、他人にイミテーション呼ばわりをされる(いわ)れはない。けど、氷魚は逆に息巻いていた。噂のピノッキオ機関が美少女(自称)陰陽師の自分を呼び出すとは何か裏がある、と。そして、氷魚は渋るボクを無理矢理ここまで連れ出して来た。


『ようこそおいでくださいました…愚か者たちが集う、泡沫(うたかた)の宴へ』


 そこで、軋んだ雑音と共に屋敷の扉が内側から開かれ、一人の少年…と思しき少年が現れた。性別が判別できなかったのは少年の声が高く、木彫りの仮面を被っていたからだ。


 当然、その木彫りの仮面の鼻は、長い。

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