--2 【セン】
それから夏が来て秋が来て冬が来て春が来てその間まるで僕だけが同じ日々を繰り返す呪いにかかっているように僕だけが何一つ変わらず毎日同じように過ごした。
周りだけが季節に一喜一憂している様子を変わらない日々から下らない映画を見るように眺めていたらいつの間にかクラス替えが行われていた。
だが悲しい事に着いた習慣は中々にやめられないもので放課後即帰宅の道すがらに笑っていた。クラス替えが行われても同じ日々を繰り返していた。
誰かがこの状況を打破してくれるだとか突然僕がヒーローになってみんなの目が変わるだとか先生が強烈でクラスを大きく変えてゆくだとか…そんなものは一切ない。そんなものは教室で眠たい時に起こる妄想の中だけだとこの1年間で何度も思った。
今年も例年通り6月にもなるとだいぶクラス内で仲のいい人や仲のいい人同士で集まるグループができていた。
机を寄せ合い昼食を楽しく食べる彼らを見るのが嫌になり弁当から学食にしてもらった。母親は何も言わず毎週月曜日に朝食と共に5日分のお金を置いてくれていた。
梅雨の時期、長く降る雨でいつもは外であそんでいるはずの運動部達といつもの通りゲームで遊ぶ人達が仲良く席を寄せスマホゲームを楽しむ姿に僕はにわかがと教室の端から馬鹿にしていた。
あれから時が少し進み梅雨が終わり夏が来て憂鬱な学校生活を1ヶ月ほど行かずにすむ夏休みが始まった。
僕は部屋から出かけず何処にも行かなかった。窓の外から聞こえる小学生の楽しそうな声も一生懸命相手を探す蝉の声もたまにチカチカとカーテンの隙間から溢れる花火もお祭りもお化け屋敷もプールも遊園地も僕は関係のない、あんなもの馬鹿がやるものだと部屋でゲームをやり続けた。
そんな生活をしているとあっという間に夏休みは終わり始業式のためだけに学校に集められたクラスメイトたちは皆楽しそうに夏の思い出を語り合い夏休みがまだ続くかのようにはしゃぎあっていた。もちろん僕以外である。
そのまま朝のホームルームが始まり皆席についた時、先生に続いてもう一人教室に入った。
「門前 先、もんまえ せんって言います。訳あって休学していて今学期から入る事になりました。よろしくお願いします」
クラスメイトは皆整った顔立ち、軽めのセミロング、細身小柄なスタイル、色白の彼女『門前せん』に好印象だったのはその場の空気でわかった。
初めは澄ました顔でつまらなそうに彼女を見る僕だったが彼女が自己紹介をしながらクラスを見渡した時、目があった時、僕は思い出した。それからはこの場にいた誰よりも彼女に興味があった。
すぐに話しかけに行こうとした僕はクラスメイトに阻まれた。門前せんの周りはさっさと集まったクラスメイトが取り囲み始業式が始まるまで彼女の周りは人で取り囲まれていた、その後も彼女の周りは人が居続けた。どうやら彼女は話も上手いし人柄も良いみたいで1ヶ月もするとすっかりクラスに溶け込んでいた。
その間僕はずっと彼女と話す機会を伺い続けていたが1ヶ月経っても彼女が一人になる気配はなかったし、友達と楽しそうに話す中に入って僕の思いを伝える事はしなかった。尊敬する人にも痛い奴だと見られるのは嫌だったからかもっと野心的な感情がその時にあったのかは分からないがとりあえず一人になる時を僕は待ち続けた。
『世界で活躍する女子高校生プロゲーマー【セン】』と題して組まれた特集をネット記事で読んだ事があった。ネットで使う自身の名前ハンドルネームは自由なのでまさかこの名前が本名だと当時は微塵も思っていなかった。
正直言ってそのゲームタイトル自体日本では知られておらず海外のチームに所属する彼女を滑り込みのような感じで世界大会にいったのだろうなと僕は馬鹿にしていた。
その大会は各国から上位2チームしか出れない大会で強豪チームに食らいついたスーパーエリートな事に気がつくのはずっと先のことだった。
インタビューなどなくただ彼女に対する感想を書いた記事はお粗末で選手紹介の写真は暗い雰囲気とカメラを睨むような眼光に怖いなという印象が強かった。背丈も他選手に合わせられ拡大された写真からは今の教室で笑う門前せんとは到底思えなかったがやはり面影はあったし髪型なんかも当時と同じままだった。
つまり列記としたプロだ。【セン】というプロゲーマーが目の前にいる。教室に入ってきた彼女がセンだと分かった時の興奮はアイドルを生で見れた時のオタクそのものだった。立ち上がってサインをもらいに行きたかった。
だが彼女がプロゲーマーなのだと知る人間は僕を除いて誰一人としていない様子で当たり前のように部活に励み、友達とカラオケを楽しみ遅く帰り勉学に励む何処にでもいる女子高生を演じる彼女が僕にはよくわからなかった。
プロゲーマーは朝から晩までゲームをして強くなるために練習を続けるストイックな職業ではないのか、プロゲーマーとはみんなが凄いと羨む待望の職業なのでは無いのか、少なくとも世界大会に出れる強さならば誇る事はできるのでは無いのか。
僕はその日からセンと同じゲームを始めた。遊び方も僕が長く遊んでいたものに似ている為すんなりと始めれた。
いつか彼女に追いついてやろうと追い抜いてやろうと野心的な気持ちで始めた。彼女を負かしたら何か変わるのでは無いか、プロと対等なのでは無いかという気持ちが無かったとは言い切れない。もしかしたら彼女が強い人を見つけたと僕をプロチームに推薦してくれるのではないかなんて妄想を重ねていた。
それからも彼女の周りには人が居た。
彼女がプロゲーマーだという事はいまだに聞こえてこない。
そして僕のあだ名であるプロゲーマーはクラス外まで浸透しているのを一人学食を食べる僕の背中の方から聞こえてきた談笑で知った。
最近、どんどんゲームに当てる時間が増えており授業中頻繁に寝ている僕を見る教師達の目は厳しくなっていた。
それに伴い生徒指導室へ行くことも増えた。内容は説教というより経過観察、クラスメイトとの関わり方を助言するような内容で、責める気のないであろう先生の話ですら僕にはしんどかった。
教師達に目をつけられてからは大変で少しでも目を瞑れば注意が飛んでくる。当てられる回数も増えた。掃除の時は適当にするなとやり直しをさせられた。皆適当にやっているのにとぶつくさ言うとまた叱られた。髪の毛の長さで事細かに言われ未だに反省を見せない僕はあやうくバリカンで丸刈りにされる所だった。
それから季節はまた少し進み秋が深まりだし紅葉がわかりやすく色づいた頃、次の科目は音楽となっており歌ってよしピアノを触ってよし暖房の温度自由の天国と呼ばれる音楽室にいち早く着きたいのか皆せかせかと急いで準備をし足早に向かった。
僕は歌う仲間もいなければ弾ける曲もなく暖房の当たる位置はよく騒ぐ人たちが占拠するためゆっくりと授業に使うものを準備していた時だった。
彼女が【セン】が一人小走りで授業に使うものを忘れたのか戻ってきた。
友達は先に音楽室に向かったのか周りに誰もいないこのチャンスを逃すものかと僕は授業の準備を止めてセンに話しかけた。
僕が「あの」と声をかけると彼女は大粒の目をパチクリさせ周りをキョロキョロと見渡し「私?」と答えた。彼女と僕の他にもまだ数人ほど残っているクラスメイトがいたが他のクラスメイトに僕は一切の興味関心が無かった。
「プロゲーマーのセンさんですよね、世界大会行けるなんて凄いです、前々から話したくて」
それから続けようとした言葉が出なくなるほどには彼女の雰囲気は変わっていた。教室が秋を飛び越え冬の直中にいるように感じた。
初めて話せて嬉しい気持ちが一発で吹き飛んだ。緩んだ頬が一発で引き締まった。戦慄するという言葉の本当の意味を知った。それはどんなホラーゲームの敵役よりも怖く鋭く冷たいものだと感じた。
たじろぐ僕を置いて彼女は何も言わずに自身の机から教科書を取り出して教室を出ようと歩を進めた。焦った僕は手を伸ばしていた。
「なんでプロゲーマーの事を話さない!自慢できる。みんなが尊敬する。めちゃくちゃかっこいいじゃねぇか!なんで黙ったままなんだよ、センさん!」
思わず掴んだ肩に力が入り僕より頭ひとつ小さな彼女は最も容易く足を止めることとなった。彼女は尚、何も言わない。彼女の小さな背中が震えているのを見て恐怖が伝染したのか僕の手は力なく垂れ下がり、勢いよく飛び出た言葉に続く言葉が出ずそれ以上は何も言えなくなった。何か言いたいはずなのにこれ以上の言葉を紡ぐ事が出来なかった。何も言わず彼女はさっさと駆けて行った。
周りの人がコソコソと噂をしながら教室から出ていく中、睨まれた僕はチャイムが鳴ってもそこから動けずにいた。
彼女の睨んだ目にあった溢れそうな小さい雫を思い出し声を荒げてしまった事を反省しながら僕は音楽の授業を教室に残り昼寝をしてサボった。
皆が帰ってきた教室は早速噂が広まっていた。彼女がプロゲーマーの事でなく、僕が彼女に近づいて何やら脅していた事が広まっていた。
完全な間違いだとは否定できないが悪意に歪められた情報を聞いても僕はまだクラスメイトに興味関心が湧かなかったし興味の湧かない相手に弁解する意欲も湧かなかった。
その放課後は予想通り生徒指導室にいた。
いつもの担任の先生に今日は珍しく生徒指導の先生まで一緒にいた。
どうやら彼女の事は職員室にまで流れていたみたいだ。誰かがチクったのか彼女自身が相談したのかは分からなかったけれど2対1の状況で慣れた気がした狭い部屋が今日は拷問部屋のような牢獄のような恐ろしく冷たい部屋に見えた。
先生達に事の全てを話した。
この時先生はすごく本気で怒っていたし、先生達は彼女がプロゲーマーな事を知っていた。
せんはプロゲーマーという事をクラスメイトに隠していたらしい。考えれば当たり前のことだけれど僕はプロゲーマーを隠すことの意味がわからなかった。
生徒指導の先生は僕のあだ名がプロゲーマーのことも知っていたし授業中プロゲーマーに語ったことまで知っていると言った。その後
「彼女は世界に羽ばたいたプロゲーマーという称号どうすれば良いか凄く悩んでいたそうだ。悩んで悩んで悩んで結局学校では隠し通す事にしたそうだ。変に目立つよりもその選択が賢い事だと先生達も進めた。全力で学校側はサポートするとご両親に誓った。門前は高校終了前にはプロライセンスは切れてるし別にクラスメイトに嘘はついてないですよねって悲しそうに言ってたんだぞ!それを…お前はあろう事かクラスで騒ぎ立てて、彼女の気持ちにもなってみろ!いつも相手がコンピュータだから人の気持ちもわからんのだろ。おい!今回の事は流石に度が超えてるんじゃ無いか、ゆうぎ」
涙は出なかった。それは諦めの境地と言える場所にいる気がした。何も持たず無限の砂漠に飛んだような何も出来ないではないかと空っぽのような諦めがきていた。ただ彼女の隠していた事が広まらない様祈った。祈る以上のできる事を僕は知らなかった。
それから担任の先生と生徒指導の先生で彼女の家にいって話してくるから絶対明日から彼女の『あの話題』を出さない事と言われた。
それからも長々と注意をされたがほぼ右から左に流れて行った。
家に帰って僕はいつも通りセンがやっているゲームをした。したくてしているわけではない。体が勝手に動くのだ。パソコンが起きるまでの間モニターに映る自分の顔を見て蒼白で活力がなくクマが出来ていて本当に救えないなと笑った。
メッセージで謝れば良いものを僕は彼女に連絡を取ることすら怖がった。
翌日から彼女と仲のいい人達が明らかに嫌悪感を隠さず向けてきた。
宥める彼女にまだぐちぐち言っている彼女の友達を机にうつ伏せたまま横目で見ていた僕はわかりやすく悪い奴が出来たなぁと何処か他人げに笑っていた。
先生達の努力か彼女の努力か結局どちらの努力でもあるのだろうけど彼女がプロゲーマーという事は広まっていなかった。
その事だけが僕が今日学校へ行って良かったと思えた事だった。




