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今、すごく叫びたい  作者: 島波春樹
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--1 すごく叫びたい。

暗くなったモニターの前で僕は伸びをした。ヘッドホンを外すと耳が蒸れている。伸びた前髪が目にかかり鬱陶しいので机の上におきっぱなしのヘアゴムで髪を後ろに括る。後頭部に生えた短い尻尾をちょっと振って遊んでみると1ヶ月ほど前まで振れば外れていたヘアゴムと結われた髪は本当に尻尾のように左右に跳ねながら揺れていた。僕は少し笑った。

数秒後こんな事をしている場合ではないと立ち上がり机の上にあるエナジードリンクの缶を部屋の片隅にある床に直置きのゴミ袋に入れた。7割ほど缶が溜まっているので今週の土曜は早起きしなきゃなと思いながら今週も忘れそうだと思い直しポケットに入れてあるスマホを取り出して目覚ましをセットしておく、同じ曜日、同じ時間に前もってセットしてある目覚ましを見てこれで大丈夫だと前の週も言った気がする。

扉を開けて部屋を出るとキッチンがありすぐ前には玄関がある。部屋は暖房が効いていたがキッチン前は12月の寒さを忘れていた体にしっかりと刻み込んでくれた。身震いしながら僕は顔を洗う。温水を待たずに顔を洗った僕は一発で目が覚めた。別に眠かったわけではないけれど覚めている目がさらに覚めた気がした。

部屋に戻りベットに横になってスマホを確認するとメッセージが来ている。

「明日は絶対一杯叫ぶから」

に続き良い笑顔の芝犬スタンプ

明日が楽しみすぎてウズウズした彼女が暇つぶしに連絡をよこしたんだろうと僕は予想した。それから少し考えて返事を送った。

「明日、いっぱい叫べたらいいね」

それから風呂に入りベットに倒れ込んだ僕は夏から出しっぱなしのタオルケットと最近ようやく出した毛布と布団の上で新作の動画を確認する。何本か見終えた頃には夜中の1時を越えており慌てて布団にくるまり目を閉じて寝ようと頑張った。

明日は特別な日になる。そんな思いがずっと頭にあるせいか中々に寝付けない。ベットの中で右を向き、左を向き、丸まってみたり、布団を抱いてみたりする。何も考えないようにしたり、逆に色々な事を考えたりしたが後一歩の眠気が中々来なかった。

仕方がないので僕は考え事をしていた。その日は彼女からの連絡のせいか若い若い高校生の頃を思い出していた。





今、僕のスマホが没収された。すごく叫びたい。


5時限目の教室はみんなが眠たそうにしていた。あるものは肘をついて、あるものは伏せて寝ていた。こっくりこっくりと舟を漕いでいる生徒もいれば眠たそうに欠伸をする生徒もいる。

そんな教室で僕はスマホを触っていた。特に理由があったわけでない。なんとなしに暇な時間があったので(いや授業中だから暇というのは間違いではあるのだけれど)調べ事でもしようと思い立っただけの事だったが間の悪いことにそれは予想よりもすぐに見つかってしまった。いや元々見つかるつもりはなかったのだけれど。

いつの間にか背後にまで回ってきていた教師の存在にようやく気がついた僕は気まずそうにおずおずと振り返る。腕を組んだ険しい表情の教師が僕のスマホを見つめていた。どれくらい気配を殺してそこにいたのだろうか表情からは何万年とそこにいたような雰囲気があった。実際スマホを触り出してからの時間を考えればそこまで長くないはずだけれど僕は慌てて電源を切ってスマホを差し出した。


「教科書見ずにお前は何見とった」


教師は仏頂面で不機嫌を体現したまま僕を見つめる。どうやらその問いに応えなければ状況は進まないようで僕は考えた。

その時の僕はこの数ヶ月誰からも注目されなかった反動か誰かからの質問に少し浮かれていたのだと思う。興味を持ってくれた。自分のことを語れる。自分の凄さを語れる。そう思った。

実に単純で単細胞な脳組織だと思う。幸せなことで何よりだ。

「ゲームの最新情報記事です」

僕はこの時仏頂面の教師から少しばかりの好感的な反応が返ってくると期待していた。

「へー授業中も見るほど熱中してるのか、だが学校ではダメだぞー」

くらいの反応だと思った。いや、僕はこのだいぶ緩い予想よりもまださらに好感的な反応が返ってくるはずだと思っていた。少なくとも叱られはしても貶されたり批判されたりはないだろうと謎の自信があった。


教師は勿論そんな反応は取らなかった。当たり前と言えば当たり前だ。

「お前、勉強すら出来ないのにゲームだけはしっかりやろうとするんだな大人になって後悔するぞ」

僅かな怒りと諦めを含んだ先生の言葉に僕は黙ってしまった。

黙って奥歯を噛み締めた。顔が歪んだ。目元に怒りが現れた。

馬鹿にして、ゲームだから何だ。俺は頑張っている。毎日何時間もゲームに向き合って夢に向かって努力してる。お前みたいにダラダラ公務員で時間を潰してるだけじゃねぇんだ。夢を諦めたやつが何を偉そうに言ってやがる。頑張ってる奴を馬鹿にするな。

喉の奥まで出かけた言葉が暴れていた。激しい怒りの炎は爆発寸前まで僕を追い込んだ。危うく怒鳴り叫び感情のままに先生の批判をしだすところだった。

だが僕は怒りを直接ぶつける代わりにあくまで冷静を装って言葉を投げた。

「プロ目指してるんで」


教室がざわついているのを感じる。

それを僕は尊敬の眼差しや注目の眼差しだと思った。

プロゲーマー、今話題の動画投稿者に並ぶほど人気も注目度も高い職業だ。キラキラした世界で活躍するアイドルのような存在を目指す。みんなが驚きざわつくのも無理はない。

言い切った僕は満足げに周りを見渡した。実際みんなの表情は思っていたものと違った。かけ離れていた。

あざ笑うような奇妙なものを見るような嘲笑と冷めているようなひいているようなへの字口があった。

「プロゲーマーって何、ゲーム中毒みたいなもんでしょ」

「ゲームって遊びじゃないの?」

「プロゲーマーって…何百万人に1人とかだろ。なれるわけない」

喋ったこともないクラスメイト達はみんな仲良くなったもの同士コソコソと僕をチラ見しつつ笑っていた。

理解ができなかった。何で、そんな対応になるんだよ。

「そうか、まー先生もプロゲーマーをよく知らないがとりあえず授業だけは受けろ。どうしても嫌なら出席はつけんが保健室で休んでて良いぞ」

よく知らない?プロゲーマーを…?

まだ混乱する僕はまだ何か口から飛び出しそうになっていたけれど先生はこれ以上話を続ける様子がなく授業を休んでも良いと譲歩してくれている。口を開けたまま言葉が出なくなった僕をクラスメイトはまだヒソヒソと笑っていた。

騒がしさを残したまま授業は再開し手持ち無沙汰になった僕に一日中クラスメイトの冷たい視線が鋭く突き刺さった。



その日の放課後、初めて生徒指導室に入った。

トイレの個室1.5倍ほどの大きさの部屋に小さな窓、向かい合った二人掛けの皮で作られたソファ、ガラス板の机とその上に置かれるティシュの箱と僕のスマホ。皮のソファに落ち着いた緑色のセーターをきた小柄な担任の先生が背筋を伸ばして座っていた。

呼び出された理由は今日のスマホを授業中に触っていた件だったが内容はクラスでプロゲーマーを語った事についてが主だった話となった。

先生はゲーマーなんてよく分からない不安定な職業よりもう少し安定した現実的な職業を探しなさいと言った。曖昧に返事をしながら素直じゃない僕はずっと先生の粗探しをしていた。

プロゲーマーはフリーターみたいなものではないかと言う先生に全然違うと食ってかかった。担任の先生は素直に非を認めて謝った。僕の毒気が少し抜かれた気がした。

先生はもう一つ提案と称してクラスメイトの人ともう少し仲良くしてみると変わるかもしれないと言った。

僕は正直に無理だと思うと答えた。先生は諦めずに話しかけやすそうな子を何人か紹介してくれた。

懇切丁寧に教えてくれる先生に僕は考えるのをやめ、ただ時間が流れていくのを待ち説教は1時間ほどで終わった。


解放され家に帰った僕はいつものようにゲームに没頭した。今日のことが頭にチラついたがゲームをし続けるうちに自然と溶けるように忘れていた。脳が蕩けていったのかもしれない、僕はその日も4時までゲームをしていた。勝てるかではない、ただやる。何となくやり続ける。僕はゲームを続けた。


翌日はやはり体がだるかった。もうだるいのが当たり前となりつつあったけれどそれでも慣れることはなく体を引きずるように駅へ急いだ。遅刻寸前で入るのが当たり前となっている僕は今日も予鈴3分前に教室に着いた。教室へ入ると少なくない数の視線が向いてなぜ注目されるのか一瞬理解に苦しんだ。そういえば昨日僕はこの教室で語ったのだと思い出した。思い出したけれど無視すれば良いだけだとたかを括った気になっている僕は教室を横切った。

教室の滑らかで無機質な少し汚れた床と母親が買ってきた靴の先を見ながら足速に窓際の席を目指す。そんな時、本来聴こえるはずのない単語がするりと風に乗ったのかクラスメイトが集まったざわめく朝の教室を抜けて僕の耳に届いた。

一つの視線が友達と話している。

「プロゲーマーが来たぞ」

ニュアンス的にどうやら良い意味は込められていないそのあだ名は僕に少なくないショックを受けた。僕がプロゲーマーという言葉を使ったせいで悪口のように使われている事に気がついた時授業中泣きそうになるくらいには落ち込んだ。

落ち込んだ僕はそのまま伏せて寝ていた。ただ眠かっただけかもしれない。


中学時代、僕の周りには何故だかパソコンを持つ友達が多かったから自然とパソコンを持っているもの同士で仲良くなった。クラスでもそれなりに話す友達がいた。

僕と数人の友達は電話をしながら一緒にゲームを楽しんだ。パソコンを持っていない他の同級生達もそれぞれ仲のいい人たち同士で家に集まりゲームをしたり、ゲームをしない人達は外で遊んだりしていたはずだった。

高校に上がった僕は頭の悪い高校といえどパソコンゲームを楽しむ人はいると思っていた。中学から大きく変わる所などなくみんなゲームで遊び僕はいつも通り友達同士で遊べると思っていた。

だが違った。

みんな部活をしバイトをし遊ぶとなれば友達同士カラオケや映画に買い物へ行った。

フードコートで部活帰り夜遅くまで遊ぶのが普通でみんなゲームという名前の遊びなんて忘れていた。

皆が前々から知っていたかのように誰に習うでもなく、さも当たり前のように高校生になったらこうすんだよねって遊び始める物だから混乱を極めた。ついていけなかった。

夜に一人コンビニへ行った僕の横を通り過ぎていった集団に中学の友達がいた。楽しそうに騒ぎながらチェーン店のイタリアンから出てきた彼らを僕は馬鹿な奴らだと笑った。無駄に時間を過ごしやがって中学ではあれだけゲームを本気でしていたじゃないか、そう呟きながらコンビニに入った。

僕は高校一年生の初夏にはゲーマーというタグが付いていた。

部活もせず授業が終わると即帰宅。休み時間も特に誰かに話しかけることなどせず教室で一人スマホ片手にずっと調べ事をしている僕の頭から生えるゲーマーのタグはいつ着いたのか分からないけれどいつの間にかそこにあった。

こっそりついていたそいつは引っ張った所で簡単にはどうやら取れない仕組みな事を知って僕は憂鬱な日々がさらに憂鬱になった。

だが次第にこのゲーマーというタグも相応しくなかったようでまた少しずつタグの名前が変わった。

『一人でいる暗いよく分からない変な奴』


ゲーマーと呼ばれる人達は皆汚い画質の中小さなスマホを横持ちにして教室の隅で騒いでいる。そこに混じって遊べば僕のタグはゲーマーのままだったのだろうけど僕は頑なにどんなスマホゲームをも入れる事を拒んだ。

あんなの小さな画面で遊ぶなんて下らない。幼稚な時間潰しだと本気で思っていた。全然ゲームをわかっちゃいない。にわかがやる時間の無駄で馬鹿のやる事だと拒否した。それを隠さずにわかりやすく嫌悪感を向けていた。その結果が【一人でいる暗いよく分からない変な奴】なのだから誰に聞いても自業自得だろう。

それがプロゲーマーというあだ名になり変な奴がお高く止まったゲーマーにでもなったのだろう。お高く止まって何が悪い馬鹿どもが、僕は伏せたまま口元を歪めて笑った。

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