雪だるまと男
「うっはぁ、冷たっ。」
男は夜のベンチに座ると、肩を縮めて身震いした。
ここは、小さな白色灯が照らす公園。
二日前の大雪が未だ残っていて、少し離れた木の傍に、欧米風の雪だるまが佇んでいた。
(三段か、珍しいな。)
なんとなく、携帯で写真を撮ってみる。
男は手にしていた缶コーヒーを持ち上げ、雪だるまに向けて乾杯の仕草をした。
パシュッ
飲み口から白い湯気が上り、ビターな香りが鼻をくすぐる。
口に広がる熱い苦みが、喉を温めて胃に達した。
「こんばんワ。」
「えっ?」
男は視線を上げた。
どういうわけか、正面に雪だるまがある。
石の目は真っすぐに男を見つめ、小枝の口は、男に向かって陽気に笑っているように見えた。
男は目を擦り、木の傍にあったはずの雪だるまを見つけようと視線を泳がせ、そしてもう一度目の前のソレを凝視した。
「何度見ても、私は私デス。」
「あっ、イヤ…そうなんだが…。俺は幻覚を見ているのか?」
「イエイエ。私は、確かにあなたの目の前に居マス。」
「そうか…。雪だるまが俺に何の用だ。」
男は、急に冷静になって雪だるまに問い返した。
これが幻覚でないわけがない。この頃はすこぶる体調が悪いから、きっとそのせいだ。
「確かに体調は悪化していマス。検診を年明けに先送りしましたネ。」
「ん?なんで知ってる?」
「どうしてって、私はあなたをよく知っていマス。あなたは先天性の心臓病を抱えていル。それがかなり悪化していることは、もうお気づきでショウ?」
「仕事が忙しかったんだ。」
「残念デス。あれが人生の分かれ目だったというノニ。」
雪だるまが、口惜しそうに言った。しかし小枝で作られた口元は、笑ったままだ。
「その選択は、あなたの寿命を予定より少しばかり短くしまシタ。このままではあなたの心臓は衰弱し、三週間後に停止しマス。」
「そりゃどうも。俺はこの心臓のせいで、子供の頃から死と隣り合わせさ。今更余命宣告されてもな。」
「では、この世界に未練ハ?」
「未練…。」
男は少し考えた後、「ないよ。」と言った。
石の目が、男をじっと見つめる。
「残された時間は三週間デス。また、お会いしまショウ。」
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チリリ…
携帯のアラームが鳴り、男は自分のベッドで目を覚ました。
(夢…)
男はまどろみながら、天井を見た。
(身体が…重いな。)
再び、ゆっくりと目を閉じる。
手にした携帯の待ち受けは、あの雪だるま。
日付は、あの夜からちょうど三週間後だった。