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ざまぁ代行 貴方の無念、晴らします!  作者: りっち
アシュレイ・ウィスタリア
43/45

07

「ディアナ殿下のご厚意により、特別に入場を許可する! だが今回のことは特例中の特例であると心得て欲しい!」


「勿論分かっております。警備の皆様にお手数をおかけして申し訳ありません。対応していただき誠にありがとうございました」



 疲れたように頭を振る警備の者に丁寧に感謝を述べつつも、時間が時間なのでと止まらずに馬車は入城していく。



 第1王女のディアナ様のご配慮により城門こそ開けてもらえたものの、今が夜更けであることは変わりなく、流石に城内に立ち入る事は許されなかった。


 なので城門を入って直ぐの場所に、態々私たちに会う為にディアナ様が自ら足を運んでくれるそうだ。



「ではここで待て。直ぐにディアナ殿下がお見えになる。それまで妙な動きは慎むように」



 誘導された場所で馬車を止め、ディアナ様の到着を待つ。


 しかしチロルは大人しく待つ気など毛頭無いようで、誘導してくれた警備の者に普通に声をかけ始めた。



「済みませんショーンさん。こちらと向こうの馬車の中に犯罪者を複数名拘束してあるのですが……。可能であればお城の皆さんに引き取ってもらえませんか?」


「これからディアナ殿下がお見えになるというのに、馬車の中に犯罪者が居るというのかっ……!? なぜ城に罪人など連れて来たのだっ……!?」


「これがディアナ様からのご依頼だからですよ。ですが馬車には私と侍女4名しかおりません。万が一を考えると、お城の方に引き渡したいのですが……」


「くぅ~っ……! 相変わらずチロルは厄介事ばかり持ち込みおってぇ~……! ディアナ殿下がお見えになれば護衛として騎士団の者も現れると思うが……! くぅぅ~っ……!」


「まぁまぁ落ち着いてくださいショーンさん。あまり興奮されるとまたキャメル先生に怒られてしまいますよ?」


「誰のせいだと思って……と言ってやりたいところだが、この場合はチロルのせいとも言い切れんのかぁ~……! くぅぅ~……!」



 新月の闇夜でも分かるくらいに顔を真っ赤にしている初老の兵士と、そんな彼を煽っているのか宥めているのか良く分からない態度のチロル。


 だがあの気安い接し方を見るに、それなりに親しい間柄のようだな。



「くぅ……人手は足りんが仕方ない……! ディアナ殿下がお見えになる前に検分させてもらうぞ! 万が一を考えれば、確かにワシらが監視しておくべきだろうしな……!」


「お手数ですが宜しくお願いします。しっかりと拘束したつもりですがそちらの確認もお願いします。何分素人の小娘の手でやったことですから、綻びがあってはいけません」


「どの口が言っておるんだ! 素人の小娘とやらは夜更けに押しかけてきて王女殿下に取り次いだりはせんわっ! っとと、こんなことしてる場合じゃない、何人か手を貸してくれぇ!」



 慌てて馬車の中を検分し、中に転がっている連中の拘束状態を厳しくチェックする警備兵。


 流石に連中を引き取るには人手も時間も足りないと判断したようで、しっかりと拘束されているかを確認した上で、両方の馬車に1人ずつ見張りの兵士を立てることで妥協するようだ。



「……しかしチロルよ。この人数の成人男性をどうやって拘束したのだ? 見たところ外傷も無く、争った形跡すら無いのだが……?」


「企業秘密ということで納得してください。今回の件はディアナ様からのご依頼ということもあって、何処まで情報提供していいのか判断しかねますので……」


「くぅぅ……! 気にはなるが仕方ないか……! ワシのようないち警備兵に機密情報を知られるわけにもいかんだろうしなぁ……」


「この埋め合わせは後日改めて。それよりショーンさん、ディアナ様がお見えになったようですよ」


「む、いかんいかんっ! ではなチロル!」



 見張りの兵士を1人残し、遠目にこちらに向かっているディアナ様を出迎えに行くショーン殿。


 他の警備兵に指示を出していたようだし、立場ある者なのだろうか?



 改めて考えてみると、意外と騎士団と警備隊の者は交流が無かった気がする。


 両者が担う役割が違うので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。



 ディアナ様の到着まではまだ少し距離がありそうなので、その間にチロルに少し話を聞いてみる。



「ショーン殿、だったか。随分親しげな様子だったが、知り合いなのか?」


「あ、はい。私が城に出入りするようになった頃からの知人……いえ、友人ですかね? 今宵は非常識な訪問でしたから慌てぎみだったようですが、普段はとても優しいお方なんです」


「かなりご年配の方のように思えたのだが、知人ではなく友人か。顔が広いのだなチロルは」


「そりゃあ城に出入りさせていただける程度にはしっかりと商人してますからね。友人知人は多いほうだと自負しておりますよ?」


「はっ、確かにな。魔法使いの友人など初めて聞いたぞ。まだまだ色んな知り合いがいそうだな?」


「そうですねぇ。色恋に現を抜かして嵌められた、元王国騎士のお姉さんなんかとも友達ですよ?」


「……ふんっ! それはそれは情けない友人も居たものだなっ」



 予想していなかったチロルの返しに、思わずそっぽを向けてしまう。


 急に友人などと言いおって……! どんな顔をすればいいのか分からなくなるじゃないかっ……!



 だけど幸か不幸か、チロルに顔を見せるより早くディアナ様が到着した。


 その場で跪こうとする私たちを、右手を翳して制止するディアナ様。



「今は特殊な状況です。礼節よりも安全を優先しましょう。チロル、馬車の積荷を報告なさい」


「はい。小型の馬車の方には私の私邸を襲撃してきた襲撃犯が11名、大型の馬車には襲撃犯が所属していたと思われる犯罪組織の構成員が18名拘束してあります。先ほど警備の方に拘束状態を確認していただきました」


「聞きましたね? 私の護衛に最小限の者だけを残し、拘束されている者を引き取りなさい」


「はっ! いくぞ。5人ずつ各馬車を検分しろ。トリスとウェインはディアナ殿下の下に残れ」



 素早く指示を出す声に、思わずドクンと胸が鳴る。


 この声……! 暗くて顔が見えなかったが、今夜のディアナ様の護衛を務めているのは第1騎士団……。よりにもよってブルーノ団長か……!



「チロル。騎士達が馬車の検分をしている間に今回の事を聞かせてくれる? 私が貴女にお願いをしたのは、確か昨日だったはずなのだけど?」


「いや、流石に私もこんなにスピード解決するとは思ってませんでしたからね? 色々な偶然が重なった結果と言いますか……」


「偶然、ね……。そこの貴女、アシュレイさんだったかしら?」


「……は? ははっ、ひゃぃっ……!?」



 チロルとディアナ様の会話に耳を傾けていると、不意打ちのようにディアナ様に名前を呼ばれてテンパってしまう。


 くっ……! これでは王女殿下の前で気を抜いていたのがバレバレではないか……!



「貴女は先日、ウィリス帝国の劇団員を一方的に連行したとして騎士団を除名処分になった女性、でしたよね?」


「……っ。その、通りです……!」


「貴女が除名を受けた日に偶然チロルと出会い、そして協力関係になったと報告を受けています。ですがこれは本当に偶然だったのですか? これ以前にチロルと貴女は面識があったのでは?」


「……は? いえ、私がチロルに会ったのは昨日が初めてで、全くの初対面でした。我が剣と王国の名に誓って証言します」


「むむむ……。嘘を吐いているようにはとても……。でも流石に出来すぎじゃないかしら……?」



 私の返答を聞いたディアナ様は、腕を組んでなにやらブツブツと呟いている。


 騎士団を除名された私の言うことなど信じられないと言われるかと身構えてしまったのだが、どうやらディアナ様は私よりもチロルの事を気にかけておられるようだ。



「貴女の除名処分が昨日まで先送りにされたのは、劇団員と名乗る被害者の言っている事の真偽を調査したから、ですよね? そこに貴女の意思の介入する余地は無かった?」


「そ、それはそうですよ……! 私の処分決定に私の意思が介入できるわけが……!」


「そうよねぇ……。その調査だって両国から人員を派遣して組織された、専門の調査団が担当したわけだし……。う~ん……」


「あのーディアナ様? 人に無茶な依頼を振っておいて、いざ解決したとなったら徹底的に訝しがるのは流石にどうかと思いますよ?」



 頭からチロルを疑ってかかるディアナ様の態度に、恐る恐るチロルが苦言を呈してくる。


 確かに依頼をされたらしいチロルとしては、解決したらしたで文句を言われては堪ったものではないだろう。



「そんな事言われても信じられないじゃないっ? 貴方に話してからまだ1日しか経ってないのよっ? なのにあっさり解決されたら、今まで解決できなかった国側の立場が無いでしょうっ」


「今回のスピード解決に至ったのは、アシュレイさんと偶然知り合えたのが大きかったんですよ。私が独自に調査していたら流石にもっと時間が掛かっていましたってば」


「だからさっ。その偶然って部分が信じられないんだってばーっ。なんでチロルに話した途端、そんな偶然が起きちゃうのよーっ」


「そこに疑問を持たれても答えようがありませんよぉ……? 本当に偶然としか言い様がないんですから……」


「う~でもでもっ! いくらなんでも昨日の今日って……」


「なっ!? メ、メル……!? なんでお前が拘束されて……!」



 ディアナ様の声を遮り、ブルーノ団長の叫び声が響き渡る。


 ついに、遂にこの時が来てしまったのか……。団長の前で、メルセデスを断罪する瞬間が……。



「メル! メル! いったい何があったんだ!? 説明してくれ……!」


「に、兄さん……? 何がって、僕にも何があったのか分からないんだ……」



 なっ……! あの男、この期に及んで本当に言い逃れする気か!?


 貴様はチロルの屋敷を襲撃した実行犯の1人だというのに……!



「確か僕は……。そう、休みを申請して……。そして家に向かう途中で……。ダメだ、思いだせない……」


「家に戻る最中に誰かに嵌められたってのか!? くそっ、待ってろ……! 今解いて……」


「ふっ……ざけるなぁーーっ!!」



 チロルの屋敷を襲撃し、私はおろかチロルやアン殿にも危害を及ぼそうとした男を……!


 屋敷を襲撃した現行犯として捕えた者を、なにをあっさり逃がそうとしているのですか、団長!!



「その男は犯罪者ですよ!? 一般市民の屋敷を襲った実行犯として城に連行してきたのです!! それをあっさり逃がそうなどと、貴方は本当に騎士なのですか、ブルーノ団長っ!!」


「なっ!? お前はアシュレイ……アシュレイ・ウィスタリアか!?」


「ア、アシュレイさん……? いったいなにを言って……」


「いい加減にしろぉっ!! 貴様は今夜、ここに居るチロルの屋敷を複数人で襲撃してきたのではないかぁっ!! それをこの期に及んでしらばっくれようなどと……! 貴様、それでも王国騎士かぁ!!」


「アシュレイ……まさか、まさかお前がメルを……!?」


「なんでそうなるのです!? 貴方の目には他にも拘束された男の姿が見えないのですか!? 身分を隠すように薄汚れた服を身に纏ったメルセデスの姿は見えていないのですか!? 答えろぉっ! ブルーノ・グレイ!!」



 私が激昂すればするほど、戸惑った素振りを見せるメルセデスに怒りが募る。


 私が叫べば叫ぶほど、メルセデスを己の背に庇いながら私に向けて怒りの眼差しを向けてくるブルーノ団長に嫌気が差す。



 確かに団長にとってその男は愛する家族なのだろう……。


 しかし王国騎士たる者が、騎士団長ともあろう者が、被害者の声に耳を傾けずしてどうするというのだっ!!



「はいはい落ち着いてアシュレイさん。ここは私に話をさせてください」


「チロル……! しかしだなっ……!」


「黙ってくださいアシュレイさん」


「なっ……」



 いつも通り飄々とした態度で介入してくるチロルに、思わず感情をぶつけてしまう。


 しかしそんな私の激情を真っ向から受け止めたうえで、静かに黙れと命じて来るチロルに、私は二の句が継げなくなってしまう。



「先ほど申し上げましたよね? 今の貴女の社会的立場というものを。そんな貴女が発言すればするほど、事態は絡まり複雑化していくんです」



 チロルの闇色の瞳に見詰められ、私の全身を冷たい汗が流れていく。



 私の潔白を証明する方法など無いと、今の私がメルセデスを悪だと訴えても、それは誰の心にも響かない。


 先ほどそう言っただろう? なのに何故理解しないと、チロルの瞳が私を責め立ててくるようだ。



 私が息を飲んで固まったのを見たチロルは、小さく息を吐いて団長に向き直る。



「ブルーノ・グレイ第1騎士団長殿ですね? 私はチロル・クラート。本日貴方の弟君であるメルセデス・グレイを犯罪者として連行してきたのは私です」


「……アンタが噂に名高いチロル・クラート嬢か。だが、メルが犯罪者だと……?」


「本日、メルセデス・グレイを含む11名の武装した集団に屋敷を襲撃されましてね。返り討ちにして連行してきたんですよ。だというのに、被害者である私の話も聞かずに犯人の縄を解こうとするなど正気ですか?」


「……っ」



 先ほどの私とは正反対に、感情の乗らない淡々とした口調で団長を激しく糾弾するチロル。


 その冷静な口調に、団長も自分の取った行動の非に気付いたようだ。



 そんな2人のやり取りを、ディアナ様は口を挟まず眺めている。



「まず、私に起こった事実だけをお話しましょう。昨日、偶然知り合ったアシュレイさんを家にお招きし、行くアテのない彼女に宿を提供しました。するとアシュレイさんを亡き者にしようと、先ほど賊を率いたメルセデス・グレイが屋敷を襲撃してきましてね。返り討ちにして城に連行して来た次第です」


「なんでメルがアシュレイを狙うんだ? 逆だろ? メルを逆恨みしたその女がメルを襲撃したんだろうがっ!?」


「逆ですよ? 除名処分に追い込んだ女性騎士を誘拐し、違法奴隷として売り捌いていた事実が発覚する事を恐れたその男は、アシュレイさんから私、そして私からディアナ様に自分の名前が伝わる事を恐れて口封じにいらしたんです」


「……おいアンタ。流石に言って良いことと悪い事があるだろ。メルが誘拐? 奴隷売買? いったい何の話を……。誰かと間違えてんじゃねぇのか?」



 チロルに怒りを滲ませながらも、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる団長。


 第三者であるチロルが冷静に説明しても、団長がメルセデスを疑う様子は欠片もなかった。



 そんな団長に対して、チロルもまた馬鹿馬鹿しいと息を吐く。



「アシュレイさんに除名された騎士のリストを見せてしまったのは失敗でしたねぇ?」


「……あ? いったい何のことだ?」


「ウィリス帝国の劇団員に暴力を振るったとして、処分が下るまでの詰め所に謹慎させたアシュレイさんに、騎士団の資料整理をお願いしたんですよね? それを命じたのは副団長のメルセデス・グレイ……。その男です」


「いったい何の話をしている? 関係ない話で煙に巻こうってんじゃ……」


「質問は最後に受け付けてあげますよ。だからまずは私の話を黙って聞きなさい。盲いた者の戯言などにかかずらっているほど暇ではありませんから」



 私にもチロルがどうして資料整理の話を持ち出してきたのかは分からない。


 けれどなんとなく、私が資料整理を命じられた事を団長は把握していないのだと直感した。



 最早団長と話す気はないと、団長の後ろで未だへたり込んでいるメルセデスに語りかけるチロル。



「こう見えて、実はアシュレイさんって地頭は悪くないんですよ? 貴方には未熟で無能な単細胞に見えたかもしれませんが、正しい騎士であろうと文武両道を目指したアシュレイさんのこと、見縊ってしまったようですね?」


「…………」


「……アシュレイさんに聞いた話と実際の資料。両者を比較させていただいたら、資料の内容が全然違っていたんですよねぇ」



 なっ……!? どういうことだ!?


 確かチロルは、過去の資料が改竄された痕跡はないって……!



「おかげでピンと来たんですよね。アシュレイさんに出鱈目な資料を見せたんだって。どうしてそんな資料を見せたのか。それは実際の資料に見せたくない情報があるからに他なりません」


「…………」


「アシュレイさんの資料と実際の資料で相違があった部分は、除名された騎士の情報です。名前も性別も出身地も、入団、退団の時期も全て間違っていたそうです。ただ1つ、除名処分を受けたという情報だけを除いて」


「はっ! なんだそりゃ? そんなのその女の記憶が間違ってるだけだろ? 何を根拠にそんなことを言ってんだ?」


「……質問は最後に、と言ったはずですけどねぇ。まぁいいでしょう」



 黙して語らないメルセデスに変わって、団長がチロルに食って掛かる。


 先ほどからメルセデスが何も口にしないのは、団長が勝手に庇ってくれることを見越しての態度なのか……!



 そんな団長に呆れた眼差しを向けながら、チロルははっきりと口にする。



「私はアシュレイさんを信じているんですよ。貴方がその男を信じているように、ね」


「……ふざけるな。俺は根拠を聞いたんだ。何を根拠にこんな女を信じると……」


「逆に問いましょう。貴方はどうしてその男を信じているのですか? 家族だから? 弟だから? 長年連れ添って良く知っているから?」


「……何が言いたい?」


「私がアシュレイさんを信じたのは、自分が打ちのめされている時でも私を気遣おうとした彼女に誠意を感じたからです」



 団長と対峙している為に私に背を向けているチロルが、一体どんな表情でこんなことを口にしてくれたのかは分からない……。


 だけどチロルの口調は柔らかく、まるで私に背中越しに微笑みかけてくれているように思えた。


 

「嘘を吐けない彼女の性格を好ましいと思ったからです。優しさゆえに決断を鈍らせた彼女の弱さを愛おしいと思ったからですよ。……人を信じる根拠なんて、案外そんなものでしょう?」


「……ちっ。話にならねぇ」


「それはこちらのセリフですけど? 話を戻しますよ」



 どこか私を馬鹿にしたような態度に思えたチロルが、こんなにも私の味方でいてくれていたなんて……。



 逆に私は、チロルが私を信じてくれたほどにチロルを信じてあげられていただろうか……。


 チロルが信じてくれたくらいに、私自身の事を信じてあげられていたのだろうか……。



「多くの女性騎士がメルセデスによって除名に追い込まれている。メルセデスは女性の敵だと思いこんだ女性達は、メルセデスに敵意を募らせます。そこに本性を現したメルセデスが登場し、嫌悪感を募らせた女性達はつい手を出して、加害者となります」


「出鱈目だ。アシュレイの言い分を一方的に信じただけの作り話じゃ……」


「除名処分を受けた女性騎士は、打ちのめされて騎士団を去ります。しかし不祥事を起こした手前、実家を頼ることも出来ない。そうやって孤独に追い込んだ女性騎士を誘拐し、違法に売り払っていたんですよ、その男はね?」


「いい加減作り話は止めろ……! こっちにだって我慢の限界ってもんが……」


「ですが今回のアシュレイさんのように、偶発的に犯人の魔の手を逃れる女性がいないとも限りません。そこで活きてくるのが嘘の資料でしてね? 暴力事件の加害者である女性騎士が、出鱈目な事を吹聴しながらメルセデスを貶めようとしていると、もしもの保険と次の機会への仕込みを兼ねたトラップだったんです」



 もしもの時……。それは今回の私のように、女性騎士の誘拐に失敗して、メルセデスの事を通報された場合のことで……。


 次への仕込みというのは、痴情の縺れで起きたトラブルの前例を作ることで、以後に騒がれた場合も怪しまれなくなるということか……!?



『たまにあるんだよなぁ、こういうこと』



 そう言ってメルセデスを励ましていた団長の姿を思い出す。



 全て……! 全て団長の性格を把握した上での仕込だったというのか、この男……!!



「さて。私にも我慢の限界というものがあります。王国騎士団長ともあろう者がこうも犯罪者を庇う姿は見るに耐えません」


「だからよぉ!? メルは犯罪者なんかじゃねぇって……」


「ですから用意したんですよ。揺るぎない物証というものをね?」



 チロルが右手を差し出すと、いつの間にか隣に寄り添っていたアン殿が何かの書類をチロルに渡す。


 あれは……。何らかの資料……?



「貴方も王国騎士として奴隷商人を取り締まった事はあるかと思いますが、こちらは違法奴隷売買の記録です。まぁ売り先は記録してありますが、誰が売ったかを記録していない辺りは周到ですね?」


「……それがメルがやった証拠だってのか? そんなモン、なんの証拠にも……」


「ですが、売り先が分かれば捜査出来ますよね? 捜査すれば売り払われた本人に確認が取れますよね? 除名された、元王国騎士の女性達に」


「……なんだと?」


「あのですねぇ……。アシュレイさんに見せた資料は出鱈目でしたけど、それとは別にその男が女性騎士を除名に追い込んでいるのは事実として起こってるんですよ。騎士団の記録と照らし合わせれば被害者の身元は直ぐに判明します。それでその男の関与が発覚するでしょうね?」


「そんな……そんなのなんの証拠にもならねぇって言ってんだよ!! メルを逆恨みした女どもが、メルを貶めようとしてるだけだろうがぁっ!!」


「強情ですねぇ? 未だ何も語らず兄の背に隠れている卑怯者を、良くもまぁそこまで妄信できるものです」



 ……団長に冷たい眼差しを送るチロルだが、正直言って私にも団長の態度は異常に思えてくる。



 私が団長を庇ってメルセデスを見逃したように。団長がメルセデスを庇って現実から目を逸らしているように。


 仲間を、家族を信じすぎて、いつの間にか王国騎士団から自浄作用というものが失われてしまっていたのかもしれない。



「ま、貴方の言う事も一理あるんですよ。公的にはメルセデスを逆恨みして除名処分を受けている女性達ですからね。その証言にどこまでの信用性が得られるかというと、少し不安ではあります」


「そら見たことかぁ!! 何の根拠も証拠も無く出鱈目抜かしやがってぇ……! 絶対にタダじゃ済まさ……」


「団長さん。貴方何人もの犯罪者を捕えてきておきながら、犯罪者がどうして罪に手を染めるかご存知ないんですか? お金ですよ? 犯罪者の目的、違法奴隷商人の目的なんてお金に決まってるじゃないですかぁ」



 激昂して声を荒げたはずの団長が、静かな口調で団長に語りかけるチロルを見て、怯えたように後ずさる。


 私に背を向けている今のチロルは、いったいどんな表情を浮かべているのだろう……。



「その男は本当に狡猾で周到で、何処までも危険を回避する事に長けているようです。でもね? お金は手元に残したい。自分で使いたいのが犯罪者なんですよ? お金欲しさに犯罪に手を染めているのに、発覚を恐れてお金に手をつけないのでは本末転倒ですからねぇ」


「な……にが、言いたい……?」


「犯罪はどれ程隠蔽しても、お金は使えば分かるんですよぉ!? この男が表向きどれほどの収入を得ていて、だけどそれでは絶対に賄えないお金の流れは隠し切れないんですよぉ! 騎士として、犯罪者としては優秀だったようですが、商人としての才能は無いようですねぇ!? お金の流れを意識できなかったのですからっ!!」



 まるで人を陥れることが楽しくて仕方が無い、悪魔のような声でチロルが嗤う。


 そのチロルの雰囲気に気圧されて、団長はおろかディアナ様すら息を飲んでしまっている。



「違法奴隷売買の記録、メルセデスの周囲のお金の流れ。この2つを調べたら、きっと一致しちゃうでしょうねぇ!? さぁ次はどうやって言い訳するんです!? そのお金はお兄ちゃんが出してあげたんですか!? そのお金は天から降って湧いたものですか!? さぁ早く教えてくださいよっ!! さぁさぁさぁっ!!」


「で……でたらめ、だ……。そんな事実、あるわけがねぇ……」


「今度は現実逃避ですか!? いいですねいいですねぇっ!! ですがここまで状況証拠が揃ってしまったら、容疑者として捜査される事は免れませんよっ!?」


「……っ」



 捜査は免れない。


 チロルのその言葉が響いた瞬間、初めてメルセデスが怯えるように肩をビクつかせた。



「いやぁ何も出てこない事を祈りますよ!! まさか第1騎士団長殿が、弟可愛さに重犯罪者を頑なに庇ったなんて、ノルドに住まう1市民として、シルヴェスタ王国に住まうか弱き住民の1人として、ぜーったいに信じたくありませんからねぇ!?」


「そんなわけ……そんな、そんなわけ……」


「声が小さいですよ団長殿!! そんなか細い声じゃ愛しい弟を守る言い訳は聞こえないじゃないですか!! 信じているんでしょう弟を!! 犯罪者でない根拠がおありなんでしょう!? ならもっと自信を持って、大声で主張なさればいいじゃないですかぁっ!!」


「……チロル。そこまでにしておきなさい。些か羽目を外しすぎです」



 心から楽しげに団長を糾弾するチロルを、震えた声でディアナ様が静かに制止する。


 普段とは別人のような様子のチロルだったが、ディアナ様に声をかけられた途端に、まるで何かが切り替わったのようにピタリと動きを止めてしまった。



「……お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」



 謝罪の言葉を口にしながらこちらを振り返ったチロルは、もう普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。


 そして手に持っていた資料をディアナ様の護衛をしているウェインさんに渡し、静かに頭を下げて懇願するチロル。



「違法奴隷売買の容疑者として、私の家を襲撃してきた実行犯として……。メルセデス・グレイの捜査と処罰をお願いしても宜しいでしょうか? ディアナ第1王女殿下」


「チロル・クラート。貴女の願い、しかと聞き届けました。メルセデス・グレイの調査と違法奴隷売買の捜査、その結果を持って適正な措置を取る事を、自身の名に懸けて約束しましょう」



 まるで1枚の絵画のように美しいディアナ様とチロルのやり取りの後ろでは、地面に座り込んだ団長とその背に隠れたメルセデスが、同じような絶望の表情を浮かべているのが見えた。



 何も悪くない団長の姿に少し疼くものを感じたけれど、だからって同情するわけにはいかない。


 私も過去の被害女性達も、今の団長よりもずっと深い絶望の底に叩き落されたのですから……。

※こっそり設定公開。


 重犯罪者であるメルセデスをざまぁする話だったはずですが、いつの間にか兄であり保護者でもあるブルーノ第1騎士団長をやっつける話になってしまいました。

 市民を守るための騎士団のトップが市民の安全を脅かす犯罪者を庇うという、市民からしたらふざけるなと叫びたくなるような状況だと思います。そのような状況を作り出してしまったブルーノになんの責任も無いのはおかしいと、私自身もどこかで思ってしまったのかもしれません。


 チロルとブルーノが舌戦を繰り広げている時にメルセデスが口を開かないのは、自分に対するブルーノの信頼感は絶対である事を知っている為で、実直で真面目な騎士として市民からの信頼も厚いブルーノの社会的信用が自分以上であると知っているからです。

 下手に口を開いて自分に対するブルーノの認識に齟齬が出てしまうことを恐れたメルセデスは、自分は誰かに襲撃を受けて何かに巻き込まれたという態度を取る事にしました。10年に1人の天才剣士と名高いメルセデスに奇襲出来る者などそうそう居ないはずなのですが、傷ついた弟の姿を見て動転しているブルーノは一切疑いを持ちませんでした。


 『虎の威を狩る狐』なんて言葉がある通り、力ある者の影に隠れて暗躍するものは実社会においても非情に厄介だと思っていて、本人を直接断罪しても予想外の方向から事態を覆されてしまう、などという事も多々あると思っています。

 今回のお話でも、犯罪者はメルセデスであり、ブルーノは徹頭徹尾真面目な騎士団長でしかありませんでした。だからこそブルーノが信頼しているメルセデスは、『あのブルーノの弟なのだから』『あのブルーノが信頼している男に限って』という、社会的信用が底上げされた状態で人々の疑いの目を躱し続けました。


 本編に入れられなかった裏設定ですが、メルセデスが未だに独身なのは始めの婚約者であった女性騎士をメルセデスが陥れて売り飛ばしてしまった為、その妹を新たな婚約者として迎えたもののまだ年齢的に結婚できる年齢ではなかったため、というのがあります。

 始めの婚約者とはブルーノとメルセデスの幼馴染で、実はブルーノと相思相愛の仲でした。ですが弟の気持ちを知ったブルーノが身を引いた形でメルセデスが婚約者として宛がわれる事になりました。この事がメルセデスの犯罪行為とどう結びついていったのかはメルセデス自身にしか分かりませんが、メルセデスの人生を大きく狂わせたことは間違いありません。

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