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ざまぁ代行 貴方の無念、晴らします!  作者: りっち
カチュア
31/45

10

 ルリナたちを警備隊に引き渡した後、そのまま真っ直ぐにチロルの屋敷に戻ってきた私たち。


 徒歩で帰らずに済んだのいいんだけど、ルリナたちに襲われている時、馬車の存在を完全に忘れてたのはなんでだったのかなぁ?



「待たせたわね。これから今日までの経緯を説明させてもらうわ。アン。みんなの分のお茶をお願い」


「畏まりました」



 チロルは約束通り、私やエリカ、そして学園に何が起こったのかを説明してくれるみたい。



 アンさんがお茶の準備を済ませるのをソワソワしながら待つ私。


 そんな私を尻尾でなでなでしてくれるエル。



 焦っても仕方ないって? それは分かってるんだけどさぁ~っ。



「さて、まずは結果から話しましょうか」



 全員にお茶が行き渡ったのを確認したチロルは、お茶請けに用意された焼き菓子を頬張りながら説明を始めてくれる。


 全て終わった後とは言え、緊張感無いな~?



「ランペイジ学園は長きに渡って、貴女達が体験してきた『聖女』という犯罪を隠蔽し続けてきた。今回それが暴かれたことによってランペイジ家の者は逮捕され、ランペイジ家は貴族籍を抹消されることになったの」


「き、貴族籍を、抹消……」


「学園長は現行犯であり主犯のため、酌量の余地なし。なので公開処刑されることになったわ。まだ刑は執行されてないけどね」


「…………処刑、かぁ」



 確かに学園長のことは許せないし、処刑が重過ぎる処分だとは思わないけど……。


 見知った人の命が失われるって、理屈抜きに嫌な気持ちになってしまうものなんだなぁ……。



「現当主は入り婿だったおかげで、学園の犯罪への関与はあまりしていなかったみたい。おかげで死罪は免れたわ。当主夫人と共に、獄中で生涯を過ごす事になったけどね」


「あ、当主夫妻は処刑を免れたんだね……」


「そして孫のルリナは、貴女達も目にした通りってワケね。これが学園側の顛末よ」



 事も無げに説明を終えたチロルは、焼き菓子の咀嚼を再開した。


 けど私はとても、焼き菓子もお茶も楽しめるような心境じゃないよ……。



「ねぇチロル……。貴女は……、貴女は今回いったいなにをしたの……?」


「ん~?」



 学園が行なっていた聖女という風習は明らかな犯罪だった。


 だからこそ、それが発覚すればランペイジ学園が破滅するのはおかしくないと思う。



 でも、長年に渡って隠し続けてきたものが、こうもあっさりと暴けるものなの……?



「だって学園の聖女って、今までずっと続いてきたことなんでしょう? なんで今回あっさり露見してしまったの? こんな簡単に崩壊することが、どうして今まで明るみに出なかったの……?」


「ん~っと……。まずは、どうして聖女が長年明るみに出なかったか、から説明していくわね。」



 アンさんが淹れてくれたお茶を飲んでひと息吐いたチロルは、私の質問に対する説明を開始する。



「実は聖女という伝統って、学園が創設された時から始まっているらしいのよね。その時は今ほど大規模じゃなかったみたいだけど」


「が、学園の創設時からあんなことが……!?」


「特定の平民を迫害する事で貴族の選民思想を促進させるため、学園創設の時から始まったシステムらしいの。これはもう確認のしようもないけれど、聖女システムを行なうためにランペイジ学園は創設されたのかもしれないわねぇ」



 ランペイジ学園で自然に生まれたルールではなくて、聖女という教育システムを実行するために学園という場所を用意した……?


 あんな……あんなことの為に、いったいどれだけのお金と手間をかけたっていうのよ……!?



「つまり学園が創設された時点で、聖女というルールが犯罪行為だという自覚があったわけなのよ。だからランペイジ学園は、とにかく色々な要素が隠蔽に特化した作りをされているみたいでねぇ」


「隠蔽に特化、って……?」


「歴代の学園長は必ずランペイジ家の直系が務め、職員も訳アリの者ばかり集められていたみたい。例えば、ランペイジ家に莫大な借金をした平民の家だったり、ね」


「それって、その家ってつまりっ……!!」


「……そう。歴代聖女役の生徒の家よ」



 苦々しく吐き捨てるチロルの様子に、彼女の言葉に一切の嘘、偽りが無いのだと実感してしまう。



 けど……いくらなんでも嘘でしょ……!?


 自分たちが陥れた相手を、自分たちが一方的に押し付けた借金で縛り付けて、今度は加害者に加担させるだなんて……!



「まったく、吐き気がするわ。よくそんなことが出来るものよね? でもねカチュア。更に悪辣なのはここからなの」


「ま、だ……。なにかある、の……!?」


「聖女システムの犠牲になった家は学園に逆らうことが出来ず、言いなりになるしかないわ。でも学園に雇われたことで聖女システムに、真相に気付いていくのよ。自分の子供は嵌められたんだって」



 それはそうだろうな……。


 学園の中に入ればその異常性はひと目で分かるし、1歩引いた視点で物事を見れば、自分たちが背負わされた借金も、自分たちの娘に何が起こっていたのかも一目瞭然だよ……!



「でも気付いたところで、もうどうにも出来ないの。だって自分も、娘を追い込んだのと同じ事をしてしまっているんだものね。それで良心の呵責に耐え切れなくなって、心を壊してしまったり、命を捨ててしまう人も多いの」


「い、命を捨ててって……」


「でも学園は気にしないわけよ。数ヶ月に1度、複数の従順な平民を雇い入れることが出来るわけだからね」



 学園が紡いできた悪意の歴史に、怒りを通り越して寒気すら覚えてしまう……。


 なんて、なんて最低で最悪な事を考え付くの……?



 ジャンクロウで襲ってきた父さんの姿が思い出される。


 そして正気に戻った父さんが、必死になって私に謝っていた姿を思い出す。



 自分達は安全な場所に居て、一方的に聖女役の生徒を迫害し、娘を傷つけられた家族に追い討ちで借金を背負わせ、その借金を理由に加害者に参加させる……?


 こ、これって本当に、人間のやることなの……?



「良心の呵責に耐え切れずに潰れてしまう人は、まだ救いがあるんだけどね……」


「……え? なんで潰れる事が救いに?」


「娘を迫害したシステムだと理解したうえで、逆に加害者としての優越感に飲まれてしまった人なんかも居たのよ」


「……っ!? そんな……そんなっ……!?」



 娘を、自分を……! 家族を陥れたシステムだと理解した上で、なんでそれに乗ってしまえるの……!?


 加害者としての優越感って……。そんなものになんの魅力があるって言うのよ!?



「平民として虐げられてきた自分が、ある日突然虐げる側に回れた事で、積極的に学園に協力するようになってしまった。……なんて醜悪で、滑稽な話なんだろうと思うわ」


「醜悪で……滑稽……」


「……もしかしたら、娘が壊された時点で正気を失ってしまったのかもしれない。けれど、人間の悪意が凝縮されたようなシステムよねぇ?」



 やれやれと肩を竦めて見せるチロル。


 けれど私は想像を遥かに超えた人の悪意に触れて、慄き硬直することしかできなかった……。



 私が体験した聖女役という所業は、私なんかが思っていたよりも遥かに悪辣でおぞましいものだった……。



 もしもチロルが居なかったら、私を迫害した張本人に父さん達は騙されて、今度はエリカの迫害に加担し……。


 そして自分の娘に何があったか、気付いてしまうんだろう……。



 そして……。



「カチュア。()()はもう有り得ないことなんだから、それ以上考えなくてもいいのよ」


「あっ……」



 暗い想像に陥りかけた思考が、チロルの優しい声で現実に引き戻される。



 戻った視界の先で、エルが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


 心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよエルー。



「周囲の貴族や警備隊にまで根回しをして、生徒も職員も徹底的に選別して続けていた聖女システムなんだけどさ。莫大な借金を負わされても、絶対に学園に屈しない人たちだって居たわけなのよ」


「警備隊にまで……って、屈しなかった人たち?」


「絶望に心砕かれない人が居るのも当然よね。人は弱くて醜いものだけど、それでも屈しない強さを持っている人も、美しい信念を抱く人も、数え切れないほど沢山居るんだもの……」



 先ほどまでの吐き捨てるような様子と違い、なんだかチロルは少し嬉しそうだ。


 まるで母さんが私を諭してくれるときのような、慈しみの混じった口調でチロルは続ける。



「今回ランペイジ学園を追い詰めてくれたのは、自分の娘を心から信じ、絶対に見捨てなかった、そういう強くて美しい人たちだったのよ。カチュア。貴女のご家族のようにね」


「……え?」


「彼らは絶対に家族を信じたの。学園からの嘘にも、提示された物的証拠にも折れず、絶対に自分の娘が、姉が、妹がこんなことをするはずないって、学園に疑念を持ち続けていたの」



 うっとりと語るチロルに、少しだけバツが悪いものを感じてしまう。



 うちの家族はそんなに素敵な家族なんかじゃなかった。


 チロルが居なければきっと父さんは私を手にかけてしまっていたし、私のことを信じ抜く勇気も、父さん達とまた笑い合う強さも持ち合わせていなかった……。



「きぃきぃ」


「……エル。うん、そうだね、ありがとう」



 だけどそうはならなかった。父さん達も私も今は笑い合えている。


 所詮は結果論でしかないけれど、私の家族だって捨てたものじゃないよね、エルっ。



「信じられるカチュア? 自分の娘を信じるだけならまだ理解できるんだけどさぁ。何世代も前のご先祖様のことすら決して疑わずに、家族の潔白を信じて戦い続けていた人たちが居たのよ?」


「……それは、凄いね。何世代も前って、きっと本人には会ったこともない筈なのに」


「本当に凄いと思うわ……。人の意志が、悪意への怒りが、そして家族への愛が決して途切れることなく連綿と繋がって、今回のランペイジ学園の崩壊を導いたのですもの……」



 感じ入るように少し震えが感じられる声から、チロルが心から興奮しているのが伝わってくる。



 学園に虐げられた人たちの想いが、学園の崩壊を導いた……。


 時間はかかってしまったけれど、折れない心が学園の真実を暴いてみせたんだ……。



「だけど彼らは平民で、莫大な借金を負わされていてお金の余裕も無く、場合によっては犯罪者のような扱いを受け、苦しい毎日を送っていたの。だから決して諦めてはいなかったけれど、学園の犯罪を暴くためには力が足りなかった……」


「え? 力が足りなかったって、でも現に学園は……」


「だからその力を、()()()()()()()()()()()()()()



 突然チロルの声色が変わる。


 まるでこれから先を語るのが楽しくて仕方が無いような、そんな声色に。



「私はまず聖女システムの全容を掴んで、物的証拠も集めることにしたの。カチュア。貴女に学園の教材をあげたことがあったでしょ? あれも調査の一環で手に入れたものなのよ」



 学園で使われている教材に怪しいところは特に無かったそうで、せっかくだからと私に譲ってくれたそうだ。


 聖女システムを除けば、一応真っ当な教育を施す気はあったらしい。



 ……それが余計に、学園関係者の狂気を感じさせるけど。



「だいたいあの学園って、システムが完成されているせいで、全体的に油断しすぎなのよね。聖女システムが人の悪意に則ったシステムだっていうのに、人の悪意を甘く見すぎよ」


「人の悪意……? 聖女システムですら最低だと思ったのに……。その先が、あるの……?」



 私の問いかけに、にやぁっと口角を上げるチロル。


 まるで『よくぞ聞いてくれました』と、顔に書いてあるみたい。



「学園長は平民を見下して、そして貴族を信用しきっていたんだけどさ。私に言わせれば、貴族のほうがよっぽど信用に値しないわけよ。貴族の悪意は、平民なんて比じゃないの」


「それはなんとなく分かるかも……。私を迫害してきた生徒も殆どが貴族家の子供達だったし……」


「学園の教材はまだしも、試験用紙の細工なんてどうやって調査したと思う? なんとね、ランペイジ家とあまり仲が良くない貴族家の人が、証拠の1つとして私に提供してくれたのよ?」


「なっ……!?」



 貴族の為に平民を生贄にするシステムの秘密を、貴族家の人が、チロルに売った……!?


 そんなことしたら、自分たちにだって危険が及ぶんじゃ……!?



「私がランペイジ学園に興味を持っていると匂わせただけでね。あの学園は止めた方がいいですわ、こんな事をしているのですわって、色んな貴族からあらゆる情報と物的証拠が集まってくるんですもの。笑っちゃうわぁ」


「なんでそんなことを!? そんなものを持っているって事は、自分たちも学園に関わっていたんじゃないの!?」


「カチュア、貴族っていうのはね、家の繁栄のためなら、親であろうが子であろうが、兄弟であろうが配偶者であろうが、迷わず殺せる人たちなのよ」



 私には、チロルがさも当然のように語った貴族の在り方が良く理解できなかった。


 家のためなら家族も迷わず殺せるなんて、そんなことありえるの……?



「そんな人たちに自分の家の最大の弱みを晒し続けているんだもの。いつ潰されても不思議ではなかったのよ。ま、それは分かっていたから、ランペイジ家はあまり目立ったことはしてこなかったんでしょうけど」


「味方だと思っていた人たちが、実は味方でもなんでもなかった、ってこと……?」


「貴族も商人も実利で動くものなのよ。利害が一致すれば味方に、乖離すれば敵になるの。結局のところランペイジ学園は、貴族教育を重視しておきながら、貴族が持つ悪意を甘く見すぎたのねぇ」



 チロルは呆れたように吐き捨てながら、いつの間にかテーブルの上に乗っていたエルの頭を撫でている。


 エルもされるがままに撫でられながら、チロルの話に興味深く耳を傾けているように見えた。



「そうやって勝手に集まってきた情報と証拠を、長い間燻り続けていた火種にくべてあげたのよ。被害者家族という名の、怒りの火種にね」


「燻り続けていた、怒りの火種……」


「何も出来ずに燻っていた彼らは、事の真相を知ったわ。そして彼らの中で燻っていた炎は一気に燃え上がった」



 かつて娘が、家族が理不尽な仕打ちを受け、けれど無力で何もできなかった人たちが、チロルの手で家族の無実と諸悪の根源の存在を知った……。


 その時の怒りの炎はきっと、あの晩に私の中で渦巻いた感情よりもずっと強いものだったんだろうな……。



「彼らには絶対に短絡的な行動に出ないことを約束させて、ただランペイジ学園の聖女システムの事実だけを、なるべく広範囲に拡散して欲しいとお願いしたわ」


「え? 拡散って……言い触らすだけってこと?」


「そう。彼らがやったことは捜査でも糾弾でもない。ランペイジ学園がこんなことをしているぞーって噂をばら撒いただけなの」


「え、えぇ……? な、なんでそれで貴族家が潰れちゃうの……?」


「ふ、ふふ……。ふふふっ、あーっはははははっ!」



 私の問いかけに、狂気じみた嗤い声で答えるチロル。


 これは事態の把握が出来ていない私を馬鹿にしているんじゃなくって、そんな私に全てを話したくて仕方ないといった意味合いの笑いに思えた。



「ここからが本当に笑えるのよ!? 聖女役の選定条件はカチュアにも教えたと思うけど、被害者家族はここノルドに住んでいない人たちでしょ。だから学園側は、各地で悪評が広まっている事に気付くのが遅れちゃうわけよっ!」



 ついに椅子から立ち上がり、おかしくておかしくて堪らない様子で饒舌に捲し立てるチロル。


 そんなチロルの大声に、エルが少し迷惑そうに顔を顰めていた。



「学園長は私の関与を疑って、娘に私の監視を命じてきたんだけど、私は全く何もしなかったのよね! ただ普段通りに仕事して、その仕事振りをランペイジ家に監視させ続けただけなのよっ!」


「ほ、本当にチロルは何もしていなかったんだ……?」


「ほんっとバッカみたい! 学園長はチロル・クラートという平民に脅威を感じていたくせに、私以外の平民を全く警戒していないんだもの! 貴族と平民なんて生まれた家の違いでしかないのに、平民たちが貴族である自分を脅かせるはずがないと、何の根拠もなく信じきっていたのよっ!?」



 くだらない、馬鹿みたいと大声で笑い続けるチロル。


 誰よりも優しいと感じていたチロルが、学園の滅亡を心から楽しんでいるように見えて、なんだか私は少し背筋が寒くなる。



「ふぅ……。ごめんなさいね。あまりにも滑稽で堪え切れなくて」



 気が済むまで暫く叫び続けたあと、少し気恥ずかしそうに息を整えながら続きを話してくれた。


 そんな彼女の姿は、私の知っている穏やかで優しい彼女の姿そのものだった。



「いくら平民とは言っても、学園が聖女を選んだ数と同じだけ被害者の家族があるの。そこに私がちょっとだけ彼らの活動資金を用意してあげたから、みんなもう大張り切りで聖女のことを吹聴して回ってくれたわ。王国中の至る所でね?」


「やっぱり支援してるんじゃない……。チロル本人が何も行動していなかったってだけで……」


「ふっふーん。細かいことは気にしなーい。そして如何に平民の声だとしても、その声が大きければ必ず貴族の耳にも入るの。有力な貴族ほど、市井の噂なんかにも敏感なものだから」



 貴族の人たちは、平民の声なんて聞く耳を持っていないものとばかり思っていた。


 けれどチロルが言うには、大きな貴族家ほど平民たちの動向をつぶさに観察しているものらしい。



 平民では貴族を相手取る事など、決して出来ない……。


 でも仮に、貴族を敵に回してしまったら……?



 学園は確か、徹底して貴族と対立するのを避けていたんだっけ……?



「さっきも言ったけど、貴族というのは足の引っ張り合いが大好きな生き物でね? たとえ平民が広めている噂であっても、利用できるものは利用する生き物なの」


「ランペイジ伯爵家の足を引っ張る為に、学園の悪事を利用した……?」


「そうよー? 貴族の皆さんは学園で嫌な思いなんてしてないはずなのにねー?」



 首を傾げながらエルをわちゃわちゃ撫で回すチロル。


 正義感、義憤に駆られた平民達と違って、他家を貶める為に学園の秘密を暴いたなんて……。



「学園長が全くなにもしていない私に注目している間に、聖女システムの噂はかき消せないほどの声になってしまった。こうなったらもうお終いだったの」


「お終い……。もう悪事を隠すことは出来なくなったってこと?」


「そうそう。個人レベルの不祥事なら揉み消してくれていた協力者の皆さんも、自分の家にも危険が及びそうだと判断すれば、当然のように学園を見捨てて保身に走ったわけ。これで学園の不祥事を隠蔽する事は出来なくなったわ」



 隠蔽が行なわれなくなれば、学園は悪事の証拠だらけなのだ。


 だから伯爵家なんかよりもずっと偉い人たちの耳に届いた学園の悪事は、瞬く間に暴かれ、そして処断されてしまったってことかぁ。



「え、でもさ。これって私が学園を追放されてから今日までの、たった1ヶ月くらいの間に起こった出来事なんだよ、ね……?」



 話を聞いて1度は納得しそうになったけど、いくらなんでも事態が急展開過ぎない……?



 確かにチロルは忙しそうにしていたけれど……。


 私が聖女について説明を受けてから、まだ2週間程度しか経っていないのよ……?



「ランペイジ家が滅亡するのが早すぎるように思えるんだけど……。チロル、何かしたんじゃないの……?」


「いいわよカチュア。良く気付いたわね。実はまだ話していない最後の要因があるの」



 良く出来ましたとばかりにニッコリと微笑んだチロルは、まるで採点をする教師のような口調で説明を始める。



「ねぇカチュア。さっきから私は何もしていないって言ってるけど、実は1つだけいつもと違う事をしていたの。それはランペイジ家の当主夫人を、私に四六時中同行させていたこと。ふふ、これがランペイジ家の滅亡を早める最大の要因になっちゃったのよねぇ」


「え? なんでランペイジ家の当主夫人をチロルに同行させることが、ランペイジ家の滅亡に繋がるわけ……?」


「前にカチュアには話したと思うんだけど、チロル・クラートの名前って重過ぎるのよ。私でも制御出来ないくらいに、ね?」



 そこでチロルは少し自嘲するかのような、乾いた笑みを浮かべた。



 自分自身ですら制御出来ない、自分の名前の持つ重みかぁ……。


 私なんかには想像することも出来ないなぁ。



「これも前に言ったかもしれないけど、私は基本的にどの勢力にも属さない、中立の立場を取っているわ。私の元で働いてくれている人は、今のところみんな平民なの。下手に貴族を採用して、権力争いに巻き込まれたくないからね」


「う、うん。それは知ってるよ。イーグルハート商会が平民しか雇用しないのも有名な話だし……」


「そんな私が、連日ずっとランペイジ伯爵夫人を連れて歩いていたのよ? 周りの人が注目しないわけがないじゃないの」


「あっ……!」


「そして注目されたランペイジ家は貴族たちに調べられ、市井に広がった不穏な噂に気付かれてしまったの」



 何もしていないようにしか見えないチロルへの監視を強めれば強めるほど、知らず知らずのうちにランペイジ伯爵家の立場は追い込まれていったってことなの……!?


 チロルを黒幕と疑って監視をしたことが、逆に自分たちへの注目を集める結果になってしまったなんて……!



「既に隠蔽の協力者という鎧を剥ぎ取られた学園は、貴族の悪意の刃から身を守る術が無かったの。あっさりとランペイジ学園の悪評は王の耳まで届き、調査をすれば不審な点がいくらでも出てくる。そして物証の塊だった学園も差し押さえられて、ランペイジ学園は滅亡してしまったというわけね」


「そんな……ことが……」



 本当になんでもないことのようにチロルは言うけれど……。



 恐ろしい……。


 心から恐ろしいと思う……。



 今聞いた話の通りなら、私に聖女の事を説明した日の後は、チロル自身はほとんど何もしていない。


 それなのにチロルはこんな短期間であっさりと、1つの貴族を滅亡させてみせたんだ……!



「貴族と比べて、平民の力は凄く弱く見えるものだと思う。でもたとえ気にならないほど弱くても、その力は決してゼロではないの」


「平民は脆弱であっても、無力ではないってこと?」


「そうよー。ランペイジ学園が滅亡した1番の要因は、私以外の平民を全く脅威として捉えていなかった事ねっ」



 平民は無力ではなく、時として貴族家をも打ち倒す脅威ともなり得る。


 そう語るチロルの言葉に、なんだか私の胸の奥に熱が宿ったような気がした。



 誰よりも貴族然としていて、けれど誰よりも平民を重用するチロルだからこそ、この言葉には重みが宿るんだ。


 

「なんだっけ? 『私の細かい対応が信用の裏付けになっていると知れて興味深い』とか、支払いをした時に学園長が言っていたわよね? ふふ。興味深いなら真似してみれば良かったのにね? 虐げられた人から生まれる怨嗟の念というのは、意外と侮れないものなんだから、ねぇ?」



 そう語ったチロルの瞳が、一瞬だけ黒く輝いたような気がした。



 伯爵家をあっさりと滅亡させてしまったチロル。


 私と一緒にお風呂に入っては、未だにからかってくるチロル。


 

 どっちがチロル・クラートの本当の顔なんだろう……。

 カチュア編のざまぁネタばらしは如何だったでしょうか?

 チロルが動かずにランペイジ家を追い込んだ流れは、個人的には気に入っています。


 基本的にネタばらし中は、当事者以外は口を挟まない暗黙の了解があり、シルビアやアンも同席はしておりますが、説明が始まって以降は一切口を挟んでおりません。

 唯一の例外はエルで、エルだけは自由に動き回っています。


 神と、それに仕える聖女という存在があるからこそ生み出されたシステムなのですけれど、理解が進むほどに最低のシステム過ぎて自分でびっくりしました。

 貴族家は常に利益を得る側だったため、このような歪な風習が継続されたのだと思います。


 余談ですが私は、微弱で脆弱で貧弱で最弱でも決して無力ではない、という解釈だけで生きているところがあります。こう思わないとやってられません?

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