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ざまぁ代行 貴方の無念、晴らします!  作者: りっち
カチュア
30/45

09

 学園寮で私と同室だったエリカが、私に向かって深々と頭を下げている。


 けれど私には彼女が頭を下げる意味も、ここに居る理由も何1つ分からない……。



「エリカ……。どうして貴女が今ここに居るの……?」



 あまりに予想外だった人物の登場で、私の頭は更に混乱してしまう。


 とっくに混乱していた頭が、最早パンクしちゃいそうだよっ!?



「カチュアー? 落ち着いて、ちゃんと説明するからね?」


「チロル!? これはいったいどういうことなのっ!? 学園になにがあったって言うの!? エリカがここに居たわけは!? エリカが私に謝った理由は!?」


「落ち着きなさいって言ってるでしょー? そんな様子じゃいつまで経っても説明が始められないじゃないの」



 呆れた様子で肩を竦めるいつものチロルの様子に、私の混乱も急速に凪いでいく。


 今は何も知らないのだから混乱していても仕方ない。まずはチロルの説明をしっかり聞かなきゃ……!



「すぅぅぅぅ……。はぁぁぁぁ……」



 深く息を吐いて心を落ち着けていると、チロルが小さく頷くのが見えた。


 私が充分に落ち着いたと判断したチロルは、静かに説明を始めてくれた。



「まずはエリカのことだけど、やっぱりカチュアの次に聖女役に選ばれていたの」


「……そっか。チロルの予想通りだったんだね」


「カチュアの後のことだから期間的には長くないけどね。くだらない捏造行為まではされてないけど、日常的に暴力を振るわれていたみたい」


「ごめんねカチュア……。貴女に授業料未払いの疑いがかけられた後、同室だった私は貴女との接触を禁じられて、学園に監禁されていたの……」



 申し訳無さそうに、自分が置かれていた状況を語るエリカ。



 どうしてエリカは私の無実を証明してくれないの、なんて勘手に憤っていたけど……。


 エリカはエリカで、私とはまた違った地獄に置かれていたなんて……。



「貴女が私の目の前で授業料の支払いをしていたこと、私の解放も訴えていたのだけれど、私が釈放されたのは貴女が学園から除籍されたあとだったのよ……」


「監禁って……。嘘でしょ……? そこまで、そこまでしていたの? この学園は……」


「ホントよね。正気の沙汰とはとても思えないわ。しかも職員全員が関与してるんだもん。完全に狂ってる」



 忌々しげに吐き捨てるチロル。


 職員全員が関与って……。改めて聞かされると、本当に狂ってるとしか表現出来ないよ……。



「シル。マリー。どうやら予定通り()()みたいよ」


「「了解っ」」


「「えっ?」」



 学園の闇の深さに慄いていると、チロルがシルとマリーに声をかけている。


 緊張感を帯びたシルとマリーの様子に、私とエリカの困惑した声が重なった。



「カチュア、エリカ。この1ヶ月でランペイジ学園になにがあったか説明してあげたいのは山々なんだけど、まだ最後にイベントが残ってるみたいなのよ。事情の説明は、屋敷に帰るまで我慢してね?」


「え、ええ~!?」



 頭の中はパニックなのに、屋敷に戻るまで教えてもらえないなんてーっ!


 んもう! イベントっていったいなんなのっ!?



「御者を務めているクーのことは見えてないはずだから、ここに居るのはか弱い乙女が5人だけ。しかも閉鎖された学園跡地。人払いの必要もなく、彼らにとっては庭同然の場所……。うん。最高のシチュエーションよねっ」



 イタズラを仕掛けた時の兄さんのような、ニタァっと底意地の悪そうな表情を浮かべたチロルが、1人でブツブツと何かを呟いている。


 けどごめんねチロル。か弱い乙女はきっと、そんな邪悪に笑ったりしないよ?



「シルはカチュアを、マリーはエリカをお願いね。私の護衛は必要無いから」


「なんで守るべき主が開口一番に、自分の護衛は必要ないとか言ってくるかなー……。そりゃあまだまだ私たちじゃチロルには敵わないけどさー」


「むしろ2人のほうが心配よ。学生なんかに後れを取らないようにね? 貴女達に稽古をつけた私の立場が無くなっちゃうからさー」



 チロル達がなんだか物騒な事を話している……。


 そう言えば馬車の中で、何か危険なことが起こりそうな話をしてたけど……。



「私もシルと同じことを言いたいけど、実際私たちはまだまだ初心者もいいところだもんね……」


「初心者ではあるけど、2人はもう素人ではないわ。落ち着いて対処すれば大丈夫よ」


「はい。任務了解です。私は無理せず、エリカ様を守ることだけに集中しますっ」


「あーっ!? マリーズルいっ!? マリーってほんっと要領がいいんだからーっ! 私だって任務了か……」


「お久しぶりですわねっ! チロル・クラート! 私のことを忘れたとは言わせませんわよ!」



 チロルたちの会話に呆気に取られていると、シルの抗議の声を遮って若い女の声が響き渡った。


 ああもうっ! 次から次へとなんなのよーっ!?



 軽く苛立ちながら声のした方向に目を向けると、建物の影から数人の男女がこちらに向かって歩いてきているのが分かった。



「って、アンタたちは……!」



 ニタニタと気味の悪い笑いを浮かべながら姿を現したのは、ルリナ・ランペイジを筆頭に、学園の執行会役員を務めている生徒達だった。



 現れた人物は8名。


 男子が3人、女子が5人。その全てが上級生で年上だ。



 上級生って、なんでこんなに恐ろしく見えるんだろう……。


 なぜかみんなボロボロの服を着て、目が血走っているけれど……。



「御機嫌よう。確か学園長先生のお孫さんですよね? 覚えておりますよ」



 だけどこの場で最も小さくて若いはずのチロルは、血走った年上の相手にも臆することなく、普段通りの優雅な所作で挨拶を返す。



「ただランペイジ学園も、ランペイジ伯爵家も無くなってしまいましたから……。なんてお呼びすればいいのか困ってしまいますね?」


「ルリナよっ! ルリナ・ランペイジよっ! ふざけるのもいい加減になさい!」


「貴女の名前などどうでも宜しい」


「ひどっ!?」



 なんと呼べばいいのかと口にしておきながら、相手が名乗った名前をバッサリ切り捨てるチロル。


 そのあまりの容赦の無さに、何故か私がツッコミを入れてしまったじゃないのーっ!



「で、私に何か御用ですか? 元ランペイジさん」


「どうでもいい……!? どうでもいいですってぇっ!? このルリナ・ランペイジを、どうでもいいと言ったのですかっ……!?」


「おいルリナ! いい加減にさっさと話を進めろよ! ここだっていつ人が来てもおかしくねぇんだぞ!」



 今にもチロルに食って掛かりそうだったルリナを、上級生の男が怒鳴って制止する。



 この声、忘れもしない……。


 学園を追放されたあの日、私の背を思い切り蹴飛ばした相手の声だ……!



「ふんっ、いちいち言われなくても分かっておりますわ!」



 取り乱しかけていたルリナが、男の声で冷静さを取り戻したようだ。


 取り繕ったような余裕たっぷりの態度でふんぞり返りながら、右手でビシィっとチロルを指差し宣言する。



「チロル・クラート! 貴女には私たちと一緒に来てもらいますわ! 貴女に拒否権はありませんからねっ!」


「はぁ……。貴女はいつも私を引き止めようとしますね? そんなに私のことが好きなんですか?」


「はぁぁぁっ!? 誰が、誰が貴女なんか好きなものですか! 大っ嫌いですわよ、貴女なんてっ!」


「でも、本当にごめんなさい。貴女の気持ちに応えることは出来ません……。私にそっちの趣味は無いから……」



 ルリナの言葉を恐らく意図的に曲解して、全くまともに取り合わないチロル。



 ……けど、そっちの趣味は無いってほんとかなぁ?


 チロルって、妙に私と一緒にお風呂に入りたがるとこ、あるよね……?



「くだらない妄言に付き合う気はありませんっ! 痛い目を見たくなければ大人しく付いておいでなさい!」


「くだらない妄言を仰っているのはそちらでしょう? 生活に困ったから、私を誘拐してクラート家から身代金をせしめようとしているようですが、そんなこと上手くいくはずないでしょうに」


「――――っ! どっ、どうしてそのことをっ!?」



 馬鹿馬鹿しいと言いたげなチロルの言葉に、あからさまな動揺を見せるルリナ。



 チロルを誘拐して、クラート家から身代金を……!?


 普通ならチロルの言う通り上手くいくはずはないけれど、この人たちは貴族。平民とは訳が……。



「ここで手を引けば、まだ未遂のままで終わりますよ? 貴族から平民になっただけでは飽き足らず、その身を犯罪者にまで落とすおつもりなのですか?」



 って、今チロル、貴族から平民になったって言ってなかった……?


 ……貴族って、平民になったりするものなの?



「ふん、まあいいですわ! 分かっているなら話は早くてよ! さぁみんな! そこの平民女を捕らえるのです!」



 チロルの最後の通告を全く無視したルリナは、分かっているなら遠慮は要らないと、取り巻きたちに指示を出す。



 そんなルリナたちの様子を、興味無さそうにボーっと眺めているチロル。


 ……って! 流石にもうちょっと緊張感持ちなさいよーっ!?



「男はチロル・クラートを! 女はみんなで残りを捕まえますわよっ!」


「「おーーっ!!」」


「そんな……!」



 ルリナの指示で、上級生たちが一斉に動き出す。


 男子生徒がみんなチロルを狙うなんて、いくらなんでも卑怯すぎるよっ!



 いくらチロルが護身術を身につけていると言っても、多勢に無勢!


 しかも年上の男性が襲ってくるなんて、いったいどうしたらっ……!



「あー……。ごめんなさいね? 私は15の小娘で、しかも見ての通り、人よりちょっぴり小柄なちんちくりんです」



 とても年上の男性3人に狙われているとは思えないほどいつもの調子で話しながら、少しずつ剣呑な雰囲気を纏い始めるチロル。


 そんな彼女が、なんだか迫り来る上級生たちなんかよりもよほど恐ろしく感じられた。



「だから男性3名を相手にするのに、ちょーっとだけズルをさせてもらいますよ? 犯罪者に慈悲など必要ありません」



 語りながらチロルは右手で自分の両目を覆い、目隠しをするように視界を閉ざしてしまう。


 そんな様子に多少戸惑いながらも、チャンスを逃すまいと迫り来る男たち。



「なっ……!? チロル、何して……」


「親の脛を齧っている学園生如きが、私の前に立つなど10年早いんですよ。せめてもう少し育って、自身の両足で立つことを覚えてから出直してきてくださいね?」



 心配するシルの声を、ゾクリとするほど感情の篭らないチロルの冷たい声が遮った。


 そしてチロルは両目を覆っていた右手を外し、その両眼で襲い掛かってくる男生徒を睨みつける。



「『頭が高い。跪け。這い蹲りなさい』」


「「「ひっ、いぃ……!?」」」



 チロルの視線に射抜かれた男子生徒は震え上がるようにして足を止め、3人のうち2名がその場に膝をつき、ガタガタと震えながら地面に這い蹲った。


 残った1人もチロルを見ながら、汗だくになって震えている。



「『私は古の神の1柱、不浄の神の聖女を務める女ですよ? 貴方たちの作りだしてきた都合の良い聖女役と一緒にされては困りますね?』」


「「ひいぃぃ……! ひぃぃぃ……!」」


「うあ……あ、ぁ……」



 立ち尽くした1人は怯えるばかりで、這い蹲った2人は祈るように両手を硬く握り合わせている。


 そのあまりの異様な光景に、私達に襲いかかろうとしていた女生徒たちは完全に動きを止めて、怯えた表情でチロルを見ている。



「『……情けない。貴方達は聖女役の女生徒に対して、今まで散々暴力を振るってきたのでしょう? 家族に迷惑をかけたくない一心で、彼女達は殴られても蹴られても、そのように見苦しい悲鳴は上げなかったでしょうに』」


「あ……あ、ぁ……」



 まるでその場の空気が凍りついてしまったような錯覚を抱く。



 チロルの声が、あまりにも冷たかったから……。


 悲鳴を上げていた2人も黙り、シルとマリーすらチロルの雰囲気に言葉を失って、黙り込んでしまっている……。



「『貴方達、それでも男性ですか? 私のようなちんちくりんに睨まれた程度で、何を大袈裟に怖がっているのですか?』」


「…………っ」


「『まっ、残りは殿方1人だけですしね。()()()はもう必要ないでしょう』」



 先ほどのように両眼を右手で覆ったチロルは、数秒目隠ししたのちに右手を外した。


 私たちに背を向けていたから彼女の瞳を見ることは出来なかったけど……。チロルはいったいなにをしたの……?



「おいでなさいな。貴方1人程度、ちんちくりんの私が直に相手して差し上げましょう」



 両目を開放して普段通りの雰囲気に戻ったチロルが、自然体で1人残ったままの男子生徒を挑発する。


 その様子に、先ほどまでは震えるだけだった男子生徒の目に力が戻ってきたのが分かった。



「…………あ? てめぇ、何言って……」


「それとも貴方は、素手の女性1人に挑むことすら出来ないほどの臆病者ですか? 抵抗出来ない相手にしか強く出れない卑怯者ですか? これでは地面に転がって喚いている方々の方が、幾分かマシですね?」



 訝しがる相手の言葉を遮って、流れるように煽りの言葉を並べ立てるチロル。


 私には背を向けているチロルが、男子に向かって笑顔を見せているのがなぜか分かった。



「そのまま尻尾を巻いて逃げ出せば、痛い想いをせずに済みますね? ふふ。貴方のような臆病者をなんと言うか知っていますか?」



 相手に言い返す隙も与えずにひと息で男子生徒を罵倒し倒したチロルは、満面の笑みを浮かべて男子生徒を挑発する。



「かかってきなさい? この、腰抜け」


「あああああああ!! てめえええええぶっ殺してやらああああああ!!」



 最後に残った1人、私の背を蹴った男子生徒が、激昂してチロルに襲い掛かるっ!



「危ないチロルっ……! って、あれは……!」



 男子生徒がチロルに掴みかかろうとした瞬間、大きく弧を描いて男子生徒の体が宙を舞う。


 まるでジャンクロウで父さんと再会した、あの時のように……!



 そしてそのままチロルは、男子生徒を背中から地面に叩きつけてしまった!



「か、はぁっ……!」



 まるで、体中の空気を全部吐き出してしまったかのような声をあげる男子生徒。


 そのままグルンと白目を向いて、男は失神してしまった……。



「……あら? どうやら意識を失ってしまったようですね。情けない。貴女に蹴られたカチュアは、完全に意識外から背中を強打されても意識を失わなかったというのに……」


「って、えーーーっ!? チロルやりすぎ! やりすぎだからーーっ!?」



 確かに蹴られたことは未だに根に持ってるけど、だからって相手に怪我させたいわけじゃないんだってばーっ!


 っていうかチロル。なんか変なことしなくても、絶対1人で制圧できたでしょーーっ!?



「えっと。失神はしてるし微妙に呼吸障害は起きてるけど、呼吸もしてるし外傷も無いですね。これなら心配要らないでしょう」



 自分で失神させた相手を手際良く診察したチロルは、男から興味を失ったように視線を外して私たちに向き直った。



「シル、マリー。男子生徒を拘束するわよ。手伝って」


「「は、はいっ!」」



 チロルの動きに見蕩れていた2人は、突然の呼び出しに泡を食って飛び出した。


 シルもマリーもちゃんとした訓練を受けているはずなのに、それでもチロルについていくのって大変なんだなぁ……。



「拘束するのはいいけど、気を抜きすぎじゃないのチロル? コイツらが背後から襲ってくるかもしれないのに、背を向けて私たちを呼ぶなんてさっ」


「背中を思い切り叩きつけてやったからね。当分は起きないわよ。これでコイツもカチュアみたいに、当分は呼吸障害が出ることでしょ」


「いやいや。他に2人も男子生徒が居るじゃない。彼らが襲ってくることだって……」


「その心配は無いわねー。貴女たちなら向かって来れたと思うけど、なんの意思も覚悟も無いコイツらに絶望に立ち向かう勇気は無いわ」


「無いわ、じゃないでしょチロル……。自分の事を絶望って形容しないでくれる?」



 雑談しながら、男子生徒の両手両足を手際よく縛り上げていく3人。



 ……シルとマリーって、完全に私とエリカの為に居たんだなぁ。


 チロルに護衛、必要あるのかな……?



「さてと、流石に女生徒を投げ飛ばすのは気が引けるからね。え~っと、なんだっけ……」



 男子生徒を拘束し終えたチロルが、残った女子生徒のほうに向き直る。


 っていうか、なんでロープなんて用意してあるのよぉ……。完全に予定調和じゃないのーっ!



「そうそう、痛い目を見たくなければ、そのまま大人しくしていなさい。少しでも抵抗や逃走の素振りを見せたら、そこで気を失っている男みたいにして差し上げますよー」



 ルリナのセリフをそっくりそのまま返すチロル。


 言われたルリナたちは完全に戦意を喪失してしまったらしく、ただ地面にへたり込んで呆然としている。



 どうやらこれで、本当に全ての決着がついたみたいだった。






 その後マリーが警備隊を呼んできて、8人の襲撃者は拘束された。


 けれど警備隊が8人を連行して行こうとしたとき、チロルが思い出したように声をかけた。



「ああそうだ。警備隊の皆様。大変申し訳ありませんが、少しだけ待っていただけますか? 最後に1つ用事を思い出しました」


「はい? 構いませんが、あまりお時間は……」


「直ぐに終わりますよ。私、ランペイジ元学園長先生と1つの契約を交わしておりまして。彼女たちに伝えなければならないことがあるんです」



 そう言ってチロルは、改めて警備隊に拘束された襲撃者達に歩み寄っていく。


 その手に、1枚の書類を持ちながら。



「ランペイジ伯爵家の人間、学園の職員並びに学園の生徒が、カチュア本人、若しくはカチュアの家族、友人に故意に危害を加えた場合、ランペイジ学園の入学金80年分を私にお支払いしてくださるという契約。ご存知ですよね?」


「…………」


「契約を交わしたご本人は処刑されてしまうということですし……。今回襲撃してきた皆さんにこちらを払っていただくと致しましょうか。賠償金として、ね?」


「「「は、はぁっ……!?」」」



 チロルからのまさかの宣告に、黙り込んでいた襲撃者達が驚きの声をあげる。


 本来であれば、契約した学園長が居なくなった時点で契約は無効になるのだろうけれど……。



 生徒たちの中心となって聖女役を迫害し続けたコイツらが、改めてチロルと私、そしてエリカを襲ったという事実。


 そしてなにより、主犯だったランペイジ伯爵家の直系の娘であるルリナの存在が、契約の履行の可能性を臭わせる。



「期限も利子も設けませんからご心配なく。頑張って支払ってくださいね?」


「ふっ、ふふふ、ふざけないで!? そんな金額払えるわけ……」


「今さら何を言っているのです? 貴女達だって同じ事をしてきたのでしょう? 聖女役の生徒の家の経済状況を事前に調査した上で、絶対に払えない金額を相手に請求し続けてきたのでしょう?」



 穏やかな口調で、ルリナの抗議を真っ向から切り捨てるチロル。


 襲撃者達が行なってきた悪辣な所業の一旦を垣間見た警備隊の人々は、醜悪な化け物でも見るような眼差しをルリナたちに送っている。



「払えるわけがない? だからどうしました? 貴女の支払い能力なんて知ったことじゃありません。払えるか払えないかは問題ではありません。ただこの金額が貴女達に科せられる。それだけのことです」


「それだけ……!? それだけって、ふざけ……」


「偽造した借用書を利用してカチュアから大金をせしめた生徒さんにも、せしめた金額分の返済を負担して頂きますから、その分少しだけ返済額は減りますよ。良かったですね?」



 まぁ今さらお金なんて必要ありませんけど、と言いながら、チロルはルリナ達に背を向ける。


 そして私たちの方に戻ってこようとして、でも何かを思い出したみたいな顔をして、ルリナたちの方に顔だけを向けて言った。



「ああ。大事な債務者のお名前です。生涯覚えておいてさしあげますよ。ルリナさん?」



 その言葉を最後に彼女達への興味を失ったかのように、チロルは柔らかく微笑みながら私たちの居る場所に戻ってくる。


 そんなチロルの背後では、襲撃者達が力なく崩れ落ちていくのだった。

※こっそり設定公開。

 ルリナというキャラクターは、今回の最後のシチュエーションを書きたくて登場させたキャラクターだったかもしれません。


 学園のイジメの主犯格であったルリナたちは、未成年であったことを理由に身分の剥奪だけで済みました。けれどランペイジ家は潰され、他の生徒は家から身分を剥奪されたことで勘当されており、監視をするのは非常に容易でした。

 ルリナたちがイーグルハート商会の周りで目撃されるようになったことで、チロルは学園の購入取引の日時等を公開してルリナたちに情報を流しました。

 そして案の定チロルの誘拐計画を企てていると知ったチロルは、学園長と交わした契約を利用して、カチュアからお金を騙し取った生徒たちにも制裁を与えることを思いつきました。


 逮捕されたルリナたちに返済能力が無いのはチロルも分かっていることなので、賠償金の話は経済的制裁と精神攻撃がメインの嫌がらせです。

 聖女役の女生徒を迫害しておきながら、まんまと逃げおおせた生徒たちへの経済的制裁という面もあるかもしれません。カチュアの家に送られた請求書に、カチュアが借金したという生徒たちの名前と金額の内訳のリストも送られたはずなので、請求先は明確だったりします。

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