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ざまぁ代行 貴方の無念、晴らします!  作者: りっち
チロル・クラート
18/45

ボーナストラック

※シルビア編のボーナストラックで貰った休暇を終えたシルビア視点です。

「おかえりなさい2人とも。しっかり休めましたか?」


「きぃきぃ」



 休暇を終えてチロルのお屋敷に戻ってきた私とマリーを、アンさんが優しげに出迎えてくれる。


 その足元にはエルも居て、すんすんと鼻を鳴らして私達の様子を窺っている。



「ただいま帰りましたアンさん。エル。今日からまたよろしくお願いしますっ」


「シル共々、よろしくお願い致します」


「ふふ。よろしくおねがいしますね2人とも」


「きぃきぃ!」



 挨拶し合う私たちに、エルも挨拶してくれているみたい。


 ただいまエルー。またよろしくねー?



「さ、荷物を置いていらっしゃい。移動で疲れているでしょう? 仕事への復帰は明日からで構いませんから、今日は1日ゆっくりお休みなさいね」


「い、いやいやいやっ!? 私たち、たった今休暇から帰ってきたところなんですけど!?」


「働けって言われるならまだしも、休暇明けに休めって言われるとは……。お給金だってスカーレット男爵家よりもずっと多いのに、待遇が良すぎて逆に不安になりますよ……?」


「元々来客のあるお屋敷でもありませんからね。極論を言えば、私たちやお嬢様さえ不満無く暮らしていければ、仕事なんて無いようなものですから」



 流石にこれは極論ですけどね、と笑って、私とマリーを屋敷に招き入れるアンさん。


 私達の帰りを歓迎してくれているみたいで凄く嬉しいんだけど……。それでもやっぱり気になっちゃうのはチロルのことだった。



「チロルは元気にしてますか? 休暇前に会えなかったので少し気になってて……」


「んー? お嬢様はいつも通りですよ。でも今は、ちょっとだけお疲れのご様子ですかねぇ」


「疲れてるんですか? やっぱり私達が休暇を取ったせいで人手が足りなかった、とか?」


「いえいえ。2人の休暇は何も問題ありませんよ。というかお嬢様も昨日まで休暇を取って、ご実家に帰省されていたんですよ」


「チロルが実家に……。クラート家に帰ってたんですか? でもなんでそれで疲れてるんでしょう?」



 昨日まで休暇を取って実家で羽を休めていたマリーは、アンさんの説明に疑問を抱いたみたいだ。


 私は実家に帰っても心休まる気がしないけれど、マリーの実家で過ごした日々は、本当に心温まる時間だったもんなぁ。



「お嬢様のご家族はなんと言いますか……。とてもバイタリティに溢れ、愛情が深い方々なんですけどねぇ。ちょっと深すぎると言いますか、重すぎると言いますか……」



 アンさんが使用人部屋にまでついてきてくれたので、会話しながら荷物を置いて侍女服に着替える。


 愛情が重すぎるとか深すぎるとか、いったいどういう意味だろう?



 なんだか疲れたように語るアンさんの肩の上で、エルまで肩を落として疲れた様子を見せてるの?



「クラート家の皆様について私の口からお伝えするのは止めておきましょう。シルもマリーもこの屋敷に正式に雇用されたわけですから、来月にでもクラート家に連れて行ってもらえるはずですから」


「えっ!? わ、私たちがクラート家に!? ど、どうして……!?」


「チロル様のご家族はとても心配性でして、1人離れて暮らすお嬢様の事をいつも心配なさっておいでなのです。なのでこの屋敷でお嬢様と同居する者は、例外なくクラート家に顔を見せに行かねばならないのですよね……」


「ア、アンさん……? ど、どうしてそんな遠い目をされてるんですか……?」



 さ、さっきからクラート家の事を口にする度に、アンさんが疲れ切った目をするのが物凄く気になるよ!?


 チロルが疲れ気味だって話だったけど、どう見てもアンさんの方が疲れきってないかなっ!?



「まぁまぁ。クラート家の皆様とは近いうちに直接お会いすることになるのです。この話はこれで終わりにしましょう」


「ご、強引に話を切り上げられると、余計に気になっちゃうんですけどっ!?」


「2人とも着替えは済みましたね? それではお茶にしましょう。お嬢様も居間でダラーっとされておりますし、お相手して差し上げてください」



 話を切り上げて、そそくさと使用人部屋を出ていくアンさん。


 そのアンさんの態度が気になって問い詰めようとした私の視界に入ったのは、そっとしてやって欲しいとでも言いたげに静かに首を振るエルの姿だった。



 え、え~……? チロルのご家族のことも気になるけど、アンさんとエルの態度も気になりすぎるよ~。


 っていうかエルって頭良すぎない……?



「チロルのご家族とアンさんたちに、いったいなにがあったんだろうね……?」


「それも気になるんだけど、私たちって侍女服に着替えたのに、上司であるアンさんの淹れたお茶を飲みながら、雇用主のチロルと会話するの? なにか間違ってないかなぁ……?」



 マリーと顔を見合わせて、2人で溜め息を吐いてしまう。


 おかしいなぁ。仕事なんてしてないのに、なんだかドッと疲れを感じるよぅ。



 何か間違っているかと聞かれたら、きっとこのお屋敷の中が色々間違っているような気がしちゃうけど……?




 マリーと一緒に居間に向かうと、テーブルに突っ伏しているチロルの姿と、そのチロルを小さいおててでびしびし叩くエルの姿が目に入った。


 エルに頭を叩かれたチロルは、突っ伏したままで右手だけを軽く挙げて見せた。



「おかえり~2人とも~……。休暇は楽しんできたかしら~……?」


「た、ただいまー……? でもチロル、挨拶するときは顔を上げたほうが良くないかなぁ……?」


「ごめんねー。行儀が悪いのは分かってるんだけど、頭を上げるのも億劫なの~……」


「え、ええ? いったいなにをどうしたらそんなに疲れ果てちゃうわけぇ……?」



 ぐったりとして顔を上げてくれないチロルに困惑していると、アンさんがお茶を持って居間にやってくる。


 そしてチロルを完全に無視してお茶の準備を済ませたのはいいけど……、あれ?



「アンさん。カップ多すぎませんか?」



 アンさんがテーブルに並べたカップは5つ。


 チロルと私とマリーで3つでしょ? 他に誰がお茶を飲むの?



 アンさん自身もお茶を飲むにしても、それでもカップが1つ余るような……。まさかエルがカップを使ってお茶を飲むとか?


 いえいえ、そんなまさか……。



「大丈夫。これで合ってますよ。今日は私もご一緒させていただくつもりですからね」


「ええっと……。アンさんがご一緒されてもまだ1つ多くないですか? ま、まさかエル用のカップなんです……?」


「きいきいっ!」



 あ、エルがそんなわけないだろって感じで両手をパタパタ振っている。可愛い~。



 ……じゃなくて! エルのカップじゃないなら人数が合わなんだってばっ。



 私がエルの仕草に見蕩れている間に5人分のお茶を淹れたアンさんは、チロルの向かい側に座りながら私たちに語りかけてくる。



「2人が休暇に入る前に言った事を覚えておりますか?」


「休暇の前に言った事、ですか?」



 なんだっけ? 休暇に入る前って、チロルが急なお仕事で見送りに来てくれなくなっちゃって、だけどアンさんのおかげで気持ちよく送り出してもらえて……。


 そんな風に記憶を掘り返す私の横で、マリーが「あっ……!」っと声を上げた。



「もしかして、チロルの護衛の方を紹介してくれるってお話ですか……?」


「……あーっ! そうだそうだ! 確かにそう言ってたよーっ! 確かクリアさん、だっけ?」


「ちょっとシル! 口調口調! ここはもう私の家じゃないんだよっ!?」


「あっ……! す、済みません! つい……!」



 休暇の間は砕けた口調で過ごしていたせいで、思わずそのままの口調が出てしまった。


 だけど私を窘めたマリーも慌てたせいで、私と同じような口調になってしまってたので、2人で一緒にアンさんに頭を下げる。



 ……今更だけど、雇用主はチロルのはずなのに、頭を下げる相手はアンさんでいいのかなぁ?



「ふふふ。頭を上げてください2人とも。このお屋敷の中ではそんなことを咎める人は居ませんよ。流石にお屋敷の外では慎んでもらわないと困りますけどね?」



 くすくすとおかしそうに肩を揺らすアンさんと、この間ずっとテーブルに突っ伏したままのチロル。


 そのチロルの頭の上にはエルが乗って、やれやれと小さく首を振っている。



「そうです。2人とクリアの顔合わせも兼ねて5人分のお茶を用意したんですよ。だから2人とも、お茶が冷める前にどうぞ席に着きなさい」


「あ……はい。分かりました……」



 私とマリーが空いている席に座ると、それを見たエルはチロルの頭から下りて、私とマリーの手が届く場所まで駆け寄ってきてくれた。


 ふふ。撫でていいのー? ありがとねエルーっ。



「ほらお嬢様。2人も席に着きましたし、エルも頭から下りてくれたでしょう? お茶が冷める前にクリアを呼んでくださいませ」


「はいはーい。了解ですよー」



 アンさんの言葉でようやく顔を上げたチロル。


 言動は疲れきっているけど、久しぶりに見たチロルの顔に疲れは感じられなかった。



「クー。出てらっしゃい。シルとマリーに挨拶して?」


「…………」



 パンパンと手を叩きながらクリアさん? を呼ぶチロル。


 だけど部屋には私たち意外誰もいなくて、当然チロルの呼びかけに応える人は誰も現れなかった。



 チロルの言動を不思議に思っていると、盛大に溜め息を吐いたアンさんが、それじゃダメでしょうとチロルを糾弾する。



「お嬢様? それじゃクリアが出てこない事は百も承知でしょう? ちゃんと呼び出してください。お茶が冷めてしまいますから」


「は~……。あれはあれで結構恥ずかしいんだけどねぇ……?」


「お気持ちは分かりますけど、2人もこのお屋敷で暮らす同居人になったわけですから。クリアと面識が無いままというわけにもいかないでしょう?」


「だよね~。まぁ仕方無いか。いつものことだし」


「「……???」」



 アンさんとチロルの会話が全然理解できなくて、私とマリーは首を傾げる事とエルを撫で続けることしか出来ない。


 私とマリーに2人がかりで撫でられ続けているエルは、これで気が落ち着くなら好きにしろとでも言いたげな、少し呆れた表情を浮かべながらなすがままにされてくれて……。



 って、エルって表情豊か過ぎない……? 可愛いけど。



「シル。マリー」



 エルの豊かな表情に目を奪われていると、チロルに名前を呼ばれた。


 先ほどまでの疲れたような口調ではなく、なんとなく面倒臭そうな声色の気がする。



「えっと、何かなチロル?」


「今から私の護衛を2人に紹介するんだけど……。びっくりしないように気をつけてね? びっくりしちゃうと思うけどさ」 


「えぇ……、びっくりってどういうこと? 護衛の人、すっごく強面だったりするの……?」


「ううん。外見はまったく問題ないんだけど……。まぁ見てて。すぐに分かるわ」



 困惑する私とマリーの言葉を遮り、チロルは少し椅子を引いた。


 立ち上がるのかと思ったけれど、チロルはそのまま椅子に座ったままで、先ほどのようにパンパンと手を叩く。



「クー。2人にご挨拶しなさい。その間私の膝の上に座ってていいから」


「んっ!」


「「……えっ!?」



 チロルが言葉を言い終えた瞬間、小さな女の子がチロルの膝の上に突然現れた!?



「えええっ!? いつの間に!? どこから、どうやって……!?」」



 私もマリーもずっとチロルに注目していたはずなのに、この女の子がいつ現れたのか全然わからなかった……!


 突如姿を現した女の子は、まるで始めからチロルの膝の上に居たかのようにチロルの膝で寛いでいる……。



 っていうか女の子、なんだよね? アンさんと同室だって言ってたし……。


 だけどチロルの膝に座って機嫌良さそうにお茶を啜っている子は、小柄なチロルよりも更に小っちゃくて、真っ白な髪も柔らかそうなショートヘアで、男の子と言われたら男の子に見えなくもないんだけど……。



 極めつけは服装で、まるで執事が着るような真っ黒なフォーマルスーツを着込んでいて、よくよく見ても性別がハッキリ分からないなぁ……?



「ほらクー。シルとマリーに挨拶なさい。2人もこの家に住むんですからね?」


「待って。今お茶を飲むので忙しい。挨拶はお茶を飲んでから」


「貴女いつまでも私の膝の上を占拠する気なのね? まぁクーは軽いから、ずっと乗っててもらっても負担ではないけどさぁ」


「ならずっと乗ってていいっ?」


「それじゃ私がになにも出来ないでしょっ。なんで護衛に釘付けにされなきゃいけないのよ、もう」



 護衛の少女? とチロルのやり取りを見ているけれど……。2人の関係がよく分からないの?


 少女がチロルの事を大好きなのは伝わってくるけど、その割には全然チロルの言う事を聞く気が無さそうだし、護衛対象の膝の上を占拠する護衛って何……?



「ま、クーがまともに挨拶をしてくれるとは思ってなかったからね。私の方から紹介させてもらうわ」



 膝の上の少女を背後から抱いて、お茶を飲む少女の頭をよしよしと撫でながら、チロルが少女の事を紹介してくれる。



「この娘はクリア。私専属の護衛よ」


「んっ」



 クリアと呼ばれた護衛の少女は、チロルの紹介に合わせて軽く会釈してみせた。


 よ、よろしくってことでいいのかなぁ?



「今までは私が乗る馬車の御者を務めたり、あまり外に出られないアンに代わって買い出しを担当したりしてくれてたの。クーもこの家の住人だから仲良くしてあげてね?」


「お嬢様。その紹介の仕方だと、クリアが全然お嬢様の護衛を務めていない様に聞こえてしまいますよ?」



 アンさんのツッコミを入れた事を考えると、この娘がチロルの護衛なのは間違いないみたい。


 だけどこんなに小さい子が、本当に護衛なんて務まるのかなぁ?



「えっと、私はシルビア……じゃなかった、シルです。よろしくお願いします、クリアさん」


「マリーです。よろしくお願いします」


「あー。クーには私と同じように砕けた口調で接していいわよ? 2人の方が年上なんだしね」


「やっぱり年下なんだ? チロルよりも小さいなとは思ってたけど……」


「あ、でもクーって呼んでいいのは私だけだから、2人はちゃんとクリアって呼んであげてね。私以外にクーって呼ばれるとヘソ曲げちゃうんだ」


「んっ!」



 チロルの言葉を肯定するように、少しだけ鼻息を荒くするクリアさん……、クリアちゃん? でいいのかな?



「えっと、クリアちゃんって呼べばいいの? って言うかクリアちゃんって女の子でいいんだよね?」


「あははっ。ごめんね分かりにくい格好させちゃって。クーは12歳の女の子で間違いないわよ。だからちゃん呼びでも構わないわよね? クー」


「んっ」



 チロルの言葉にこくんと頷くクリアちゃん。


 私たちにどう呼ばれるかなんて興味無さそうだな~……。



「ただ護衛っていう役割の関係上、クーには男装をさせてるの。スカートだと咄嗟に動けないこともあるからね」


「ちなみにクリアは私やエルよりもお嬢様との付き合いが長いんですよ。なので私以上にお嬢様の言う事を聞かないと思ってくださいね?」


「ア~ン~? 私の言う事を聞いてない自覚があるなら、直したほうがいいんじゃないかしら~?」



 雇い主であるはずのチロルからの至極真っ当な要求に対して、涼しい顔でお茶を飲んで完全に無視を決め込むアンさん。


 うん。このアンさんよりチロルの言う事を聞かないなんて、本当に護衛として役に立つのかな?



 クリアちゃんを通して改めてチロルとアンさんの関係性に疑問を抱いていると、会話が途切れるのを待っていたかのように、マリーが恐る恐る口を開く。



「えっと、クリアちゃんのことは分かったつもりだけど……。さっき突然チロルの膝の上に現れたのはなんだったのかな?」


「あーっ……! っとと」



 思わず大声を上げそうになった自分の口を慌てて押さえる。


 けどそうだよ! マリーの言う通り、クリアちゃんが現れた時のあれはいったいなんだったの!?



「護衛の仕事にも関わってくることだから、2人にも詳しくは説明してあげられないんだけど……」


「「うんうんっ」」


「分かりやすく言うと、クーは自分の意思で存在感を薄くすることが出来るの。人の注意を自分から外すことが出来るんだ」


「え、えーっと???」



 チロルの説明がいまいち理解できない。


 自分の意思で存在感を薄くする? 人の注意を外す? 逸らす、じゃなくて?



「そうねぇ……。さっきクーが現れた時、2人は凄くびっくりしたでしょ? あれはどうしてびっくりしたのかしら?」


「へ? あ、あんなのびっくりするに決まってるじゃないっ。突然チロルの膝の上にクリアちゃんが現れたんだからっ……」


「うんうん。だけどねシル。クーはあの時いきなり現れたんじゃなくて、私が椅子を引いた時からずっと私の膝の上に座ってたのよ?」


「えっ!? いやいやそんなはずないでしょ? クリアちゃんが現れたのは、チロルがパンパンって手を叩いて呼んでからだったよっ?」



 チロルが椅子を引いたときは間違いなく誰もいなかった。



 だってあの時私は、チロルが立ち上がると思った覚えがあるもの。


 立ち上がると思ったのに立ち上がらなかったチロルを見て、不思議に思った記憶があるんだ。



 流石にあの時クリアちゃんが座っていたなら、そんな疑問を抱くはずがないよ?



「つまりそれがクーの能力なの。存在感を薄めて自分を認識させないの」


「の、能力なのって言われても……! そこにいるのに見えないなんて、そんなのまるで魔法じゃないっ」


「ええ。魔法だと思ってくれて構わないわ」


「え、えぇ……? 魔法だなんて、そんなものあるはずないでしょ~……?」


「どうかしらー? この世界は広いし、シルヴェスタ王国煮は神様だっていっぱい居るじゃない。神様が居るなら魔法があったって不思議じゃないと思わない?」



 う、う~ん。確かにチロルの言う通り、神様が居るなら魔法があったって不思議じゃないかもしれないけどぉ……。


 でもイタズラっぽい表情のチロルを見る限り、からかわれているのか冗談を言われているかのどっちかだよねぇ……?



「魔法の有無については議論を控えるわね? シルやマリーの夢を壊すようなことはしたくないし?」


「え、え~……? 魔法があるって言い出したのはチロルの癖に~っ」


「魔法でも才能でも構わないけど、クーにはそういうことが出来るとだけ覚えておいて貰えばいいの」


「んっ」



 膝に抱いたクリアちゃんを撫でながら、優しげな口調で語りかけて来るチロル。


 そのチロルの様子に、チロルもまたクリアちゃんの事をとても大切に思っているのだということが伝わってくる。



「原理を説明されても理解できないと思うし、クー以外の人間が同じ事を再現することも出来ないからね。なら魔法だとでも思っておけばいいのよ」


「クリアちゃんだけにしか再現できない特殊能力……」


「クーのこの能力があって困ることも無いし、なにより護衛としてはかなり有用な能力だからね。魔法でも何でも使えるモノは使わせてもらっちゃうわっ」


「きぃきぃ」



 使える物は何でも使うと豪語するチロルの前で、エルがチロルのまねをして、2本足で立ち上がって胸を張っている。


 え、なにこのエル? チロルのドヤ顔を真似てるの?



「はぁぁぁっ……! 最高っ! さいっこうですお嬢様!」


「ア、アンさん……? きゅ、急にどうなさったんで……」


「可愛いお嬢様と可愛いエルと可愛いクリア。最早三種の神器と言っても過言ではありません! 3人揃えば世界の至宝! さいっこうですわーっ! 可愛いの暴力ですわーーーっ!」


「ア、アンさん!? アンさーーーん!?」



 急に可愛い可愛いと全力で叫びだすアンさん。


 その様子を見て呆れたように肩を竦めるチロルとエル。そして我関せずとお茶を嗜むクリアちゃん。



「は、はは……。何がなんだか分からないけど、帰って来たって感じがするなぁ……」


「だねぇ……。何から何まで常識外れで、だけどいつもみんなが笑ってる私達の働くお屋敷。ようやく帰ってきた気がするねー……」



 マリーと2人で顔を合わせて、思わず2人で笑い合う。


 豹変して可愛いと叫び続けるアンさんも、魔法のような能力を持つクリアちゃんも、そんな2人と一緒に居るチロルとエルのことも、まだまだ分からない事だらけ。



 だけどこのワケの分からない騒々しさこそ私たちの職場なんだよね。


 ワケが分からないうちに、いつの間にかみんなが笑っている、本当に素敵なお屋敷なの。



 マリーのお家でゆっくり休んだし、明日からしっかり働かなくっちゃっ。


 この騒々しくってワケが分からなくって、だけど笑い声が絶えないお屋敷の維持に、私たちも貢献していきたいもんねっ。

※ひと口メモ


 チロルとの付き合いの長さは、クリア、エル、アンの順に長いです。


 この3人の中でクリアだけが数年単位の付き合いがあり、エルとアンはチロルと知り合ってまだそんなに時間が経っていなかったりします。


 年齢はアンが最も年長で、それゆえにチロルやシルビアたちに対して保護者意識のようなものを抱いているのかもしれません。


 アンがチロルにデレデレな理由は、チロルの容姿が原因ではありません。

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